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第18話:四常の覚醒、万象を耕す拳

 炎の猛攻と水の静寂。相反する二つの理を交互に使いこなし、巨大な魔物を追い詰めるアルト。しかし、数百年のマナを蓄えた『古の貪食者エルダー・イーター』もまた、執念深く傷口を強引に塞ぎ、さらなる異形へと膨れ上がる。

   無数の触手が鞭のようにしなり、教都の空を絶望の色で埋め尽くした。

(……まだだ。これだけじゃ、あいつの『芯』まで届かない)

 アルトの呼吸は荒い。火と水、正反対の属性を宿す負荷は、農夫として鍛え上げた強靭な肉体さえも、内側からボロボロに削り取っていた。

   その時、足元の地面から、重厚で温かな波動がアルトの脚を伝って駆け上がった。


「……次は、君だね。……重い。でも、すごく頼もしいよ」


金剛地核コンゴウチカク

 土の上位精霊――ノームの加護。

   アルトの皮膚は鈍い光を放つ褐色の結晶体へと変質し、その体重は一気に数十倍へと跳ね上がった。一歩踏み出すごとに石畳が砕け、大地が陥没する。もはや走ることすら叶わない。

 だが、代わりに対価として得たのは、絶対的な**「不退転」**。


「ギガァァァッ!!」


 魔物の全力の体当たりがアルトを襲う。しかし、アルトは微動だにしない。ダイヤモンド以上の硬度を誇る皮膚が火花を散らし、魔物の巨大な牙が、逆に粉々に砕け散った。

 あらゆる物理、魔法攻撃を無効化する、歩く要塞。アルトは一歩、また一歩と、地響きを立てながら魔物の懐へと迫る。  しかし、土の重圧はアルトの心臓を締め付け、限界を告げる。魂は、風の精霊が囁くような軽やかさを求めていた。


「最後だ……。力を貸して、風の王!」


嵐神疾風ランシンシップウ――最終形態】

 風の上位精霊――シルフが、土の重圧を「推進力」へと変換した。

   重く強固な身体が、嵐のような突風を纏い、目にも止まらぬ速さで戦場を駆け抜ける。

 強固(土)、冷静(水)、加速(風)、破壊(炎)。

   四つの理がアルトの中で一つに混ざり合い、彼の肉体は限界を超えた「神域」へと踏み込んだ。


「あ……あぁ……っ!!」

 

全身の血管が浮き上がり、毛穴から血が滲む。この状態を維持できるのは、あと数秒。

 アルトは魔物の巨大な腹部――マナが最も濃く渦巻く急所を見据え、深く腰を落とした。

 右拳に、燃え盛る炎、凍てつく水、重厚な土、荒れ狂う風を凝縮していく。四つの色が混ざり合い、それは世界の始まりを予感させる、まばゆい**「白銀の光」**へと昇華された。


「これで……最後だ。君を、土へ還してあげる」


 アルトが地を蹴った。

 放たれるのは、神聖属性ではなく、世界そのものを耕し直す究極の正拳。


 ――奥義:『天地開闢・万象一畝てんちかいびゃく・ばんしょういちね』!!


 ドォォォォォォォォンッ!!!

 

 衝撃波が教都の雲を吹き飛ばした。

 アルトの拳は、魔物の分厚い外皮を突き破り、その巨大な腹部に風穴を開けた。

 ただの打撃ではない。流れ込んだ四属性の理が、魔物の体内で暴走し、数百年の「横取りしたマナ」を根こそぎ浄化していく。再生能力は細胞レベルで壊死し、内側から美しい光の粒子となって、魔物が霧散していく。


「……あ……」


 空に、清浄な雨が降り注ぐ。  魔物だったものは消え去り、そこにはただ、澄み渡った教都の空だけが残った。

 アルトの拳から光が消え、四属性の精霊たちが名残惜しそうに空へと還っていく。

 直後、張り詰めていた糸が切れたように、アルトの膝が折れた。


「アルト様――っ!!」


 駆け寄るセラフィナの叫びを聞きながら、アルトは泥と血にまみれたまま、安らかな顔で崩れ落ちた。

 ――教国の王、オーガストはその光景を震えながら見つめていた。


  「……万象一畝。世界を一つのうねとして耕したというのか。あの男……本物の、庭師だったのだな」


 最強の農夫による、命懸けの「大開墾」が終わった。


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