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第17話:精霊の胎動、極限のフェーズ・シフト

 神殿の瓦礫に叩きつけられたアルトの視界は、どす黒い赤に染まっていた。  全身の骨が軋み、肺からはまともに空気が吸い込めない。目の前では、自分のマナを喰らって白銀の輝きを纏った『古の貪食者エルダー・イーター』が、さらなる獲物を求めて咆哮を上げている。

(……ああ、これが『死ぬ』ってことなのかな……)

 初めての感覚だった。どこかで「自分は大丈夫だ」と思っていた万能感が、圧倒的な質量の前で粉々に砕け散る。指先がガタガタと震え、冷たい汗が止まらない。


「逃げて……アルト様!!」

 

 セラフィナの悲鳴が響く。彼女はボロボロになりながらも杖を掲げ、オーガスト王と共に、崩れゆく結界を必死に支えていた。父である王もまた、己の命を削りながら「一人の民も死なせぬ」という誇りのために、血を吐きながらマナを絞り出している。

(嫌だ……。死にたくない。僕がここで倒れたら、セラフィナも、この国の人たちも……みんな、あの化け物に喰われてしまう……!)

 守りたい。その一念が、死の恐怖を「覚悟」へと塗り替えた。


 ――その瞬間、世界が静止した。


 崩れ落ちる瓦礫も、魔物の咆哮も、すべてがスローモーションになる。  アルトの周りに、無数の小さな「光の粒」が集まり始めた。それは神聖マナではない。もっと原始的で、この世界の理そのものである**「精霊」**たちの胎動。


「……君たちは、土の中に……世界中に、いたんだね」


 アルトは無意識に呟いた。  彼の周りに集まったのは、火、水、土、風の4属性。しかも、おとぎ話にしか登場しない、世界を総べる**『上位精霊エレメンタル・ロード』**たちだった。


「……力を、貸してくれるの?」


 最初に動いたのは、灼熱を司る火の上位精霊――イフリートだった。彼はアルトの「守りたい」という熱い意志に呼応し、その巨躯をアルトの肉体へと滑り込ませた。


 ――ゴォォォォォォォンッ!!

炎華エンカ

 アルトの全身が、赤蓮の炎に包まれた。  それは魔を焼く光ではない。すべてを溶断する、原始の破壊の炎。

 アルトの肉体が燃え盛る炉のように熱くなり、泥だらけだった服が灰となって消え、代わりに炎の紋様が肌に浮かび上がる。


「ギガァァァァッ!?」


 魔物が初めて怯えの咆哮を上げた。  アルトが土を蹴る。炎を纏った一撃は、ダイヤモンド以上の硬度を誇っていた魔物の外皮を、バターのように切り裂いた。


「――っシャアアアアッ!!」


 アルトの声が、炎と共に爆ぜる。  圧倒的な攻撃力。炎を纏ったクワの柄が魔物の触手を焼き切り、その傷口からは、溜め込まれた神聖マナが霧となって噴き出した。  攻撃が効く。アルトは炎の化身となり、絶望的な体格差を、圧倒的な熱量で圧倒し始めた。

 しかし、上位精霊の力はあまりに強大だ。  攻撃力は増したが、炎の勢いが強すぎて、アルトの肉体そのものも焼き尽くそうとしていた。視界が熱で歪み、呼吸が苦しくなる。

(……熱い、熱すぎる……! このままじゃ、僕が保たない……!)

 アルトが己の放つ炎に呑まれそうになった、その時。

 イフリートとは正反対の、冷徹で清澄な気配がアルトの内に流れ込んできた。それは水を司る上位精霊――ウンディーネだった。彼女は暴走する炎を優しく包み込み、アルトの肉体を急速に冷却していく。


水鏡スイキョウ

 アルトの纏う激しい炎が、静謐な青白い光へと変貌した。  沸騰していた血が静まり、灼熱の熱気は、清涼な水流へと変わる。


「……冷たい。……静かだ」


 アルトの瞳から炎の赤みが消え、底なしの深い青へと変わった。  灼熱の「動」から、静寂の「静」へ。

 アルトは、灰となったクワの代わりに、そっと右手を差し出した。すると、周囲の水分が螺旋を描いて集まり、アルトの手に吸い込まれていく。


 ――澄み渡る水のマナが凝縮し、透き通った一振りの「クワ」を形作った。


 それは刃物よりも鋭く、流れる水のようにしなやかな、実体を持たない神具。


「ギ、ギィィァァァッ!!」


 魔物が無数の触手を同時に放った。しかし、アルトは動かない。  触手がアルトの身体を貫く――かと思った瞬間。アルトの肉体は水流のように解け、最短距離の回避で攻撃を滑らかに、かつ素早くかわした。


「……あり得ん。上位精霊を二柱同時に肉体に宿し、あまつさえマナだけで道具を具現化させるなど……。あれはもはや、人の領域を超えている……!」

 

 オーガスト王は、結界を支えながらその光景を呆然と見つめていた。  水のクワを構えたアルトの動きは、もはや予測不能。魔物の猛攻が掠めることすら許さず、アルトは水面を滑るように距離を詰めると、魔物の急所へ「水のクワ」を振り下ろした。


 ――ザァッ!!


 水流の刃が魔物の外殻を透過し、内側からその存在を洗い流すように浄化していく。

 一撃ごとに魔物の身体から「神聖マナ」が分離し、周囲の空間へと還元されていく。

 だが、魔物もまた、追い詰められたことで教国の地脈から強引にマナを吸い上げ、その巨体を不吉な赤黒い色に変質させ始めた。

 覚醒した庭師と、古の貪食者。死闘は、残り二つの属性を待つ極限の状態へと加速していく。


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