第16話:厄災の顕現、初めての困惑
聖都ルミナリアの地下神殿が、轟音と共に崩れ落ちた。 瓦礫の中から姿を現したのは、全長数百メートルにも及ぶ、岩石とどす黒い魔素が融合した巨大な異形の魔物、『古の貪食者』だった。
「な、なんだ、あいつ……。あんなに大きな『生き物』、見たことないぞ……!」
アルトは呆然と見上げた。帝国での小競り合いや、森の魔獣とは比較にならない。山そのものが意志を持って蠢いているかのような圧倒的な質量。その一挙手一投足が地震を引き起こし、アルトの心に「これに勝てるのか?」という初めての困惑を刻みつける。
「セラフィナ、下がれ! 騎士団は民の避難を最優先せよ!」
オーガスト王は自ら最前線に立ち、教国の全魔力を注ぎ込んだ**超広域結界『聖王の盾』**を展開した。
「一人の民も、この王がいる限り壊させはせん!」
王は歯を食いしばり、建物や国民を瓦礫から守るために全神経を研ぎ澄ます。だが、魔物の放つどす黒い咆哮が、王の盾をミシミシと削っていく。
「……あいつ、また樹のマナを狙ってるんだ。僕がせっかく栄養をあげたのに……!」
アルトは、樹が苦しんでいるのを感じ、愛用の移植ゴテを手に取り、意を決して魔物へと駆け出した。これまでの経験から、自分の純粋なマナを叩きつければ、どんな魔物も浄化できると信じていた。
「――そこを動くな!」
アルトは、魔物の胴体に向けて、これまでで最大級の「神聖属性」のマナを込めた一撃を放った。爆発的な光の奔流が魔物を包み込む。誰もが、その一撃で魔物が霧散すると確信した。
――しかし。
――カァァァァァンッ!!!
澄んだ金属音が鳴り響き、アルトの放った光の奔流は、魔物の外殻に触れた瞬間、何事もなかったかのように弾け飛んだ。
「……え? 効いてない?」
アルトは目を見開いた。魔物の外殻は、以前のような黒い岩石ではない。アルトが数日かけて神樹へ注ぎ込み続けた、あの膨大な**『神聖属性のマナ』**。魔物はそれを全て喰らい、自らの細胞に取り込んでいたのだ。 今やその外殻は、アルトの攻撃を無効化する「聖なる鎧」へと変貌していた。
「な……僕の力が、逆にアイツを守ってるっていうのか……?」
アルトの得意とする神聖マナは、魔物にとって「同質の力」でしかなく、攻撃どころか栄養にすらなりかねない。この皮肉な事実に、アルトは激しい衝撃を受ける。
「くそっ、この馬鹿者が! アルト殿、貴殿が注いだ過剰なマナが、ヤツを『神聖属性に完全耐性を持つ怪物』へと進化させてしまったのだ!」
オーガスト王の怒号が響く。アルトの善意が、最悪の形で裏目に出た。
魔物が巨大な尾を、困惑し立ち尽くすアルトへ向けて叩きつける。 アルトは慌てて腰に付けてた移植ゴテを盾にするが、これまで感じたことのない「圧倒的な物理の質量」に、数百メートルも吹き飛ばされ、神殿の壁に激突した。
「……がはっ……、う、うそだろ……」
神聖属性が効かず、物理的な大きさでも圧倒される。 瓦礫の中から這い出したアルトの前に、巨大な影が迫る。 かつてない絶望的な状況。初めての「苦戦」を前に、アルトの心に「死」という冷たい感触がよぎり始める。




