第12話:皇帝の暴走、聖女の涙、そして男の決断
王都北門の外、泥にまみれた菜園は一瞬にして「戦場」へと変貌した。 教国の聖騎士団と、それを取り囲む帝国の近衛騎士団。互いの剣が鞘の中で鳴り、一触即発の空気が流れる。
「――そこまでだ、セラフィナ・ルミエル・オルディアン!」
馬車から飛び出した皇帝グスタフが、血管を浮き上がらせて咆哮した。その背後では、エドワードが冷や汗を流しながらも、父の狂気に同調するようにアルトを睨みつけている。
「陛下……! 道理を通さないのは、そちらの方ですわ!」
「黙れ! 貴様は国賓として招いたはずだ。だが、今の行動は明らかに帝国の内政干渉であり、重要人物の拉致に等しい! これ以上、強行手段を取るというのなら……」
グスタフは全軍に向け、忌まわしき号令をかけた。
「――『国家反逆』と見なし、聖教国ルミナリアに対し全面戦争を布告する! 貴様一人のわがままで、大陸を火の海に変える覚悟はあるのか、聖女よ!」
その言葉に、セラフィナの身体が目に見えて震えだした。 彼女が教国を動かしたのは、ひとえにアルトを救いたいという一心だった。だが、その結果として、何万、何十万という無辜の民が戦争で命を落とすことになれば、聖女としての彼女の魂は死ぬ。
「あ……。そんな……私は、ただ……」
セラフィナの瞳から光が消え、深い絶望の色が混じる。 自分の選択が、愛する教国と、そして目の前のアルトを破滅させるかもしれない。険しい表情で唇を噛み締め、彼女は決断を迫られて立ち尽くした。
その時だ。
「……お姉さん」
震える彼女の肩に、泥だらけだが温かい手が置かれた。 アルトだった。彼はいつもの呑気な表情を捨て、見たこともないほど静かで、力強い決意を瞳に宿していた。
「アルト様……。申し訳ありません。私のせいで、貴方様を……」
「謝らないで。お姉さんが僕のために怒ってくれたこと、本当に嬉しかったんだ」
アルトは一歩前へ出ると、皇帝グスタフとエドワードを、真っ直ぐに見据えた。 その瞬間、皇帝たちは気圧された。目の前にいるのはただの農夫ではない。大地を統べ、精霊を従える、圧倒的な「強者」の風格がそこにはあった。
「お姉さん、行こう」
「え……? ですが、戦争に……」
「大丈夫。僕が、そんなことはさせないから」
アルトの言葉には、不思議な説得力があった。 彼はセラフィナの手をしっかりと握ると、跪く教国の騎士たちに向かって宣言した。
「案内してください。僕は、この人の信じる国へ行きます。……文句があるなら、僕の畑を全部片付けてからにしてください」
それは、帝国という巨大な権力に対する、一人の農夫の宣戦布告だった。 アルトの決然とした態度に、セラフィナの心に再び希望の火が灯る。二人は、怒り狂う皇帝たちを背に、白銀の軍勢の中へと歩みを進めた。




