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第10話:共有される奇跡、動き出す聖教国

 北のスラム街に、かつてない活気が満ちていた。

 アルトは自分の菜園を広げるだけでなく、泥にまみれたスラムの住人たちを集め、その手に古びた鍬やシャベルを握らせていた。


「いいかい? まずは土の声を聴くんだ。魔素が溜まっている場所は、少しピリピリする。そこにこの『特製堆肥(神聖魔法を込めた枯れ草)』を混ぜて、ゆっくり耕せばいい」


 アルトは惜しげもなく、死の土地を蘇らせる技術を人々に教え込んだ。

 彼がそうしたのは、単なる親切心だけではない。

(僕一人で耕せる広さには限界がある。でも、みんなが自分の野菜を作れるようになれば、このスラム全体の食料問題は解決するはずだ)

「生産性の向上」という前世の合理的思考。それが、絶望に沈んでいた人々に「自立」という名の希望を与えた。

 数週間後、スラムのあちこちに小さな家庭菜園が誕生し、病に伏せていた者たちが自らクワを振るう光景が広がった。


「アルト兄ちゃん、見て! 僕の小松菜も芽が出たよ!」

「ハハ、筋がいいね。その調子なら、来週には収穫できるよ」


 その光景を、大神殿からお忍びで訪れていたセラフィナは、震えるような感動とともに見つめていた。  だが、同時に彼女の瞳には、冷徹な現実も映る。

 アルトの指導によって、スラムの「生産性」は爆発的に向上した。しかし、それを見逃すほど帝都の貴族たちは甘くなかった。


「……ほう、あのゴミ溜めで万能薬のような野菜が大量に穫れ始めたか」

「スラムの住人に食わせるなど宝の持ち腐れだ。すべて没収し、帝都の市場で高値で売れ。特級農務官アルトにはさらに増産を命じろ」


 柵の向こう側から、強欲な役人たちの視線が突き刺さる。

 アルトはただひたむきに、人々と泥にまみれて笑っている。その「得」をすべて王都が吸い上げ、彼自身には何の報いもないばかりか、さらに過酷な労働を強いていく。


「……もう、限界ですわ」


 セラフィナは、アルトの泥だらけの手と、それを見下す貴族たちの対比に、激しい怒りを覚えた。  彼女はすぐさま大神殿へ戻り、昨日出した「知らせ」の続報を叩きつけるように綴った。

『――追伸。帝国はアルト氏の善意を搾取し、彼が救った民からさえも食料を奪おうとしています。これは聖教の教えに対する明白な冒涜です。本国へ告ぐ。もはや外交交渉の段階は過ぎました。……聖教国最強の「聖騎士団」を、直ちに派遣されたし』

 翌朝。

 帝都ルミナス・ヴァルヘイムの皇帝グスタフの元へ、一通の親書が届けられた。

 それは親書という名の「最後通牒」。


「なっ……なんだと!? 聖教国が、一介の農夫を引き渡せと……? 拒否すれば、教国との全交易を停止し、聖女を召喚するだと!?」


 皇帝の震える声が響く。

 アルトがスラムで蒔いた種は、いつの間にか「国家間の戦争」すら引き起こしかねない、巨大な事態へと成長していた。


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