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死と再生

7 生死を分かつもの


午後十時半スケロクビル二階倉庫兼会議室

 スケロクの社員が大いに燥いでいる。

「銀次、明日は仕事だ、飲みすぎるなよ」笑う杉田。

 伊東は一言「んだな」

 管弦と願成寺は赤ら顔だ。

 逆に酒の弱い的場と御手洗、蔵前は明日のことを考えて、酒を口にしていない。黒川もそうだ。足元には喧噪感も何のそのグローリーはふせをしたまま、黒猫マギーは管弦の足元でじゃれついている。

「寺家先生はどこ?」

 蔵前はマギーを相手をしながら杉田に問いかけた。

「本間医院で本間先生の手元やってる。なんでも緊急手術だそうで、今日は本間医院で当直らしい」

「さあさあ、明日は早いぜ。お開きにしようじゃないか」と杉田は言うが「まだいいじゃん」と管弦は口をとがらせる。「まだそんな飲んじゃいないサ」


 そんな二階の喧噪感と違い一階はHAL9000だけが静かにしている。

 そのHAL9000が窓の外の黒い人影を見つけた。赤い目が光る。

 人影は四人いる。どれも挙動不審だ、HALは警戒する。

 突然、オレンジ色の炎が上がった。あっという間に火の勢いが増す。

「なにか焦げ臭い匂いがする……」

 黒川が鼻をひくつかせ最初の異変を感じた。同時にHALの抑揚のない、しかし緊迫した声が建物中に響き渡った。

『緊急緊急事務所入口より炎』

「なにぃ?」

 祖父江が立ち上がった。階段下から煙が徐々に上ってきた。

「火事だってうそでしょ?」

 悲鳴に近い願成寺の声。

『緊急避難緊急避難』

 HAL9000の異常をしらす館内放送。

「大変だあ」と的場。

 杉田が慌てて階段から下に降りると入口付近から炎が見えた――

「みんな逃げろ、火事だっ」階段を駆け上りながら杉田は叫ぶ。祝杯ムードがいっぺんに消し飛んだ。階段を降りようとしたが、火の手が見える。築五十年は経つ老朽木造建物だ。

『建物が消失するまで三十分』

 HALの声がみんなの耳に届き、祝宴が一転地獄と化しパニックに拍車がかかった。


「ダメだっ、したには降りられねえ……」祖父江が叫ぶ。

 宴会場は狂乱の巷だ。

 和道は浮き足立ち「HALは大丈夫かっ?」

「和道さん行っちゃ駄目っ」

 蔵前が必死で止めに入る。しかし振り切る和道。「HALが下にいるんだよっ」

「三十分だって?」

 杉田は腕時計を見る。下にはいけない、三階に上がるか? 救援を待つか? しかし時間がない。

「ベランダだっベランダに逃げるっ」

 杉田の頭が回転する。

「駄目だよう、ベランダからどうすんのよぅ飛び降りろってぇ?」

 御手洗が泣きそうな声をした。それでなくても二階に煙がゆっくりと漂い始め視界を悪くし咳が出始める

「とにかくベランダだっ」

 叫ぶ杉田。女子寮二階のベランダに通じるドアを願乗寺が無理やりこじ開けた。

 ばん……と扉が開き慌てて全員がベランダに走る。柵に手をかけ下を見る願成寺。

 スケロク三号車の十トントラックが手前にある。距離二メートル弱――

「天板に飛び降りよう」と杉田。

 しかし手すりに飛び乗ってジャンプしてもとてもではないが届かない距離だ。下手すると地面に落下大怪我をする。だが煙が充満し始めている。炎がここまで来るには大した時間もかからない。

 願成寺は振り向いた。

「あのトラックをもっと建物側に寄せれば天井に飛び降りられるかもよっ」

「どうやって?」と越狩。

 願成寺は踵を返すと煙で視界不良の中、部屋に走り込み住居から羽毛布団を引っ張り出してきた。

「あたしあそこまで飛ぶから……それでトラック横に寄せるんで」

 そういうと願成寺は頭からすっぽりと羽毛布団で身を包んだ。

「その巨体であそこまで? 無理でやんす」

「誰か押してっ」越狩の言葉を振り切り手すりに乗っかる願成寺。

 願成寺は震えた。届くかどうかわからない距離だ。しかし炎が見え隠れする。

『死んでも命がありますように……!』

 願成寺は祈りながら、大ジャンプ……! どっすんという鈍い音がした。慌ててトラックを見る一同。天板の上に願成寺は到着していたが、勢い余って向こう側に転がり羽毛布団とともに天板から転げ落ちた。

「サヤカっ」

 身を乗り出し凝視する杉田の背後から煙と熱が襲いかかろうとする。腕時計を見る杉田。

『時間がない――』

 突如大型トラックのエンジンが咆哮する。どうやら願成寺は乗り込めたようだ。車体の向きを変えバックから建物一階に突き当たった。派手に洗濯機を押しつぶす。軽い衝撃が建物全体に轟く。

「やったな」

「そうだこの間にっ」と管弦が叫ぶ。「みんな、クッション代わりに布団なんかあのトラック天板めがけ投げよう」

「手伝うぜっ」と祖父江。その声を聞き的場と越狩が後にする。

 女子寮だから、と言っている暇はない。炎が階段を舐める。階段横の宴会場にも火の手が迫る。ごほごどほと咳をし涙ながらに各部屋からクッションになりそうなものをかき集める。

 誰か通報したのだろう、遠くから消防自動車の切迫したサイレンが響いている。

「消防を待ったほうがぁ」震える御手洗の声。「飛びたくないよぉ」

「それじゃ遅いっ」と杉田。

 めいめいかき集めたクッション材――布団、ラグ、大きなぬいぐるみ……みんな一斉に放り出す。次々と天板に乗るが軽いものは火焔で飛ばされたりして、うまい具合にいかない。

「早くっ早くっ」運転席から飛び出た願成寺が叫ぶ。

「俺が先に飛ぶぜっ」

 祖父江は叫ぶと飛び降りた。武闘派ヤクザだった祖父江は軽く着地受け身を取った。

「スケロク二号車うごかすぜ」

「……」

 状況が掴めていない黒川は震えていた。しかし臭いと足元の熱さが襲う。

 蔵前はマギーを放り出す。大猫とはいえひらりと身を翻し、着地すると蔵前に早く来いといいたげに見つめる。ハヤブサの権太は蔵前より早く、スケロク二号車の天井に止まった。

「グローリーがいないぞつ」振り返る杉田。

 グローリーはその火の手に驚き、ベランダで腰を抜かしている。

「わっちは犬が苦手だっ」と的場が声を荒げる。元大泥棒の的場には犬は禁忌なのだ。

「どうするんでやんすか」と越狩。

 的場は震える。「犬は大嫌いだっ! 吠えられ追いかけ回され怖い思いもした……だけんどもお前は……お前は仲間だっ!」と言い放ちグローリーを抱え上げた。しかしシェパードは体重がある。

「お……重いっ」

「手伝うんでやんすっ」

 二人がかりでグローリーを押し上げ、放り出す。ギャウン……と一声吠え天板で転がり向こう側へ落下した。

 炎が唸り声を上げる。

 背後でバキバキっと音がする。炎の勢いに負け階段が崩れ落ちた。

 さらに三階の杉田の居室を炎が舐め回し始めた。

 廊下を伝い蔵前の自室が業火に包まれた。

 ベランダまでもうすぐだ。ビルの崩壊も待ったなしだ。

 恐怖におののく七人……。足がガタガタと震える。高熱と不気味な火が襲い始め体が熱い。

「次、御手洗」と命令する杉田。

「いいからそのまま、したへ落ちろっ」

 手すりに捕まって恐怖に震える御手洗を的場と越狩が強引に引き剥がし、三人係で「それッ」と押し出した。

「うわぁぁぁぁ」

 もんどり打つ御手洗。

「次だ黒川」

「飛べない。位置がわからない……」

 咳き込みながら黒川が恐怖におののく。

 バキッと折れる音がする。火の手は手の届きそうなところまで迫ってきている。一刻の猶予もない。

 突然蔵前が黒川の手を握った。

「一緒に飛びましょうっ! 手すりにのって、真下に落ちればいいのよ」

 二人が手すりに乗り「いくわよ。せーのっ」

 同時に落下する二人。だが手が離れる――「うわあ!」

 サングラスが吹っ飛んだ黒川はバランスを崩し、天板の縁に嫌というほど体を打ち付け、同じように蔵前も天板から転がり落ちた。

 慌てて駆け寄る祖父江。

「危ねえっ、こっちだ」

 強引に黒川の手を引く祖父江。苦痛に顔が歪む。

 願成寺は蔵前を引っ張る。同じように苦痛に顔が歪んでいる。

 残るは杉田、的場、越狩、和道、管弦の五人だ。

 黒煙が襲う。喉が焼け付く。

 そして―― 的場がとんだ。越狩がとんだ。伊東がとんだ。管弦もとんだ。

 元大泥棒の的場はドスンと落ち転がる。元玉乗りピエロの越狩もうまく着地し天板の上を転がった。元スリの伊東も酔っ払っていたとは思えない身のこなしだ。ナイフ使いの短めのスカートが翻り下着が見える。しかし身のこなしが軽い。布団の上に着地、もんどり打つ。

「良し、次。次だ和道だ、和道っ! 早くっ早くっ!」

 真っ黒な顔の杉田はむせながら振り向くが和道はいない――

「どこだっ和道っ」

 だが探す余裕などない。ミシミシと床が揺れる音が鳴り響き炎が背後に迫っている。

 背中が耐えきれないほど熱い。

 炎の舌先が杉田を触ろうとしている瞬間……杉田は手すりの飛び乗り落下してゆく。

 杉田を乗せたトラックがゆっくりと建屋から離れた。そうしないとトラックも危ない状態だった。

 

 業火は三十分でスケロク商事を焼き落とした。さらに隣のビルに燃え移り、後ろのビルも燃焼中だ。

 ようやく消防車数台が駆けつけ消火作業にあたった。辺りをのたうち回る消火ホース。

 警察が野次馬を静止、手早く非常線を貼る。救急車も数台集結する。

「怪我された方ー」消防員が叫ぶ。


 黒川は腰骨が砕けていた。蔵前も肋骨を数本折っている。

 杉田も左腕を骨折、背中に大やけどを負った。

 喉は焼け付くが無事なのは祖父江と的場、越狩、伊東、御手洗、願成寺 管弦。

 ただ願成寺には転がり落ちた際左顔面上部に大きな青痣が出来ていた。

 マギーも権太もグローリーも無事だった。


「和道はどこだ? どこにいる?」

 杉田は左腕の痛みとすすで真っ黒な顔にもかかわらずしわがれた声で必死になって和道を探した。

 

 しかし――


 8へ続く

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