HALの活躍
5 騙し合い
明くる日午前九時
スケロク商事のドアホンがなった。
『来たな』
杉田は立ち上がりドアホンを見る。そこには片平を先頭に複数の警察官の姿が写っている。
――緊張の一瞬。杉田のアドレナリンは最高潮だ。
「どちら様でしょう」と平穏に杉田は言う、
「警察だ、ドアを開けろ」
命令口調の片平が怒鳴る。
「ドアは開いてます」と言い切らないうちにドヤドヤと警察官がなだれ込んできた。
「神奈川県警だ。全員動くな。これより令状を読み上げる」
無言で聞きいる杉田。
「これより捜索を開始する」
片平の宣言に警察官がわらわらと動き始めた。
「越狩の居室はどこだ?」
杉田は管弦に命じた。「案内してやれ」
鍵を持った管弦は越狩の居室を鍵を開ける。
八畳一間であるがベッドとチェスト、机に椅子一脚だけだが意外と狭い。入ると正面に衣装が吊り下げられている。それは現役時代の衣装だ。
部屋を覗き込んだ片平は一言。
「狭いな。タカハシとスズキ、両名で捜索しろ。他の全員で事務所捜査」
「は」
越狩の部屋では屈強な体格の男警察官は身をかがめ、部屋を漁る光景は滑稽にも見える。
事務所ではドタバタした光景が杉田と管弦、黒川、和道に映る。
「スケロク商事の責任者は誰?」
「私だ」
片平の声に杉田が進み出る。
睨みつける片平。
「時間が勿体無い。はっきり言うぞ。金庫はどこだ?」
「金庫? さぁて何のことですかね?」
とぼける口調の杉田。
「とぼけるんじゃないよ。アンタらが奪った金庫だよっ」
「ますます分かりませんなあ」
苛つく片平。
「証拠は上がってんだ」
「証拠?」
「あんたのところの越狩が自白したんだよっ」
平気で嘘をつく片平だ。
周りではロッカーを開け閉めする派手な音と帳簿類を段ボールに押し込む音――場内は雑然としている。
「自白も何も知らないものはしらんねえ。それより大切な社員、早く解放してくれないかなあ」
片平は思った。普通ならおろおろするものだが、杉田は平然と腕組みをしている。それは一体何だ?
片平は階段を見つけた。
「二階は?」
「会議室と女子寮だ」
「見させてもらう」
有無を言わせない迫力の片平だ。
「先程の説明では」と黒川。「二階は捜査対象ではないはず。ましてや女子寮です。男性警察官が踏み込むのもいかがでしょうか」
きっぱりと言う黒川だ。確かに捜査対象は越狩と事務所だけだ。
「捜索完了です」とタカハシとスズキが段ボールひとつ持って片平の前に立った。
「よし」と片平。
別の捜査官が近寄り片平に耳打ちする。
「金庫見当たりません」
「……」
片平は傍らの箱に思わず片手を付く。ふとその方向を見つめる。
「なんだこれは?」
そこには黒光りする四角い物体が鎮座している。その黒い物体はいぶし銀のようだ。そしてその筐体からフレキシブルパイプや金属パイプ、太い電線が絡まるように鈍く光るアルミ製の台座の部分と直結されている。
その異様な黒い塊は片平が経験した今まで以上の不気味な雰囲気を醸し出している。
「気味悪いな……」
和道はおもむろに呪文を吐き出す――「ごきげんよう、HAL」
和道の言葉にスイッチが入り数秒赤い点滅後『こんにちは博士』
片平にとって異形の怪物のように思えた。
「なんだよこれ。喋るのかよ」
「HALご挨拶だ」
『博士のご友人です――か?』
HALのカメラはぐるりと見回し訝しそうに言う。
『その姿から警察の方々。その体制、段ボール……家宅捜索か』
片平はまじまじとHAL9000を見つめる。
「どこにカメラがあるんだ?」
『わたしの目はホウボウにあり、監視している』
「このAiも没収だ」と片平。
だがHAL9000は無機質に答えた。
『動かせない。私は固定されている』
よく見ると複雑に絡んだ配線やふと目のパイプが乱雑に繋がれている。
「固定されている?」
試しに押してみるが片平一人では1ミリたりとも動かない。
振動を感じたHAL9000は抑揚のない言い方をした。
『無理に動かすと自爆装置が働く』
「何だとっ」
見ていた捜査員全員がびっくりする。
HAL9000は平然という。
『機密を守るためプログラミング処置されている』
片平は杉田に歩み寄った。
「自爆だと? 爆発物は法に触れるぞっ、そんな危険なもの撤去だっ撤去しろっ」
杉田フフンと笑う。
「爆発は彼一流のジョークだ。ただ自壊する装置は組み込まれている」
杉田は睨み返す。「やってみるか?」
片平は言う。
「ちっ……こいつら全員逮捕だっ」
それにもHALは平然という。
『君にはその権限は与えられていない』
それを聞いた片平の頭に血が上った。
『階級章を見ればわかる、権限が低い。越権行為だ』
「何だよコイツ、偉そうに」
片平は憤するがHALは一向に構わない。
和道は言う。
「中のデータ、印刷することは可能だが数十万ページに渡る。渡せたとしても十日後だよ。それに金庫のきの字もない」
「何だとキサマっ」
突然HAL9000が言う。
『博士の文言は完璧です』
捜査員の一人が言う。
「机も引き出しも全て確認しましたが」
片平は鼻をふくらませた。明らかに怒っている。
「手提げ金庫じゃないんだ。打ち合わせの際話したろう。金庫の大きさ、重量――」
急に片平は無口になった。
「どうしました、片平刑事?」
片平はその視線をHAL9000の台座の部分に落ちた。
「この台座――」
そう。台座だ。
『バレたか?』
無言の和道や管弦はひやりとする。
時が止まったようにひりつく時間――だが冷静な杉田は言い放つ。
「そいつ、もっていきたいなら持っていきな」
その場にいたもの全員が意外な杉田の言葉に驚く。
片平は脅すかのように無言で杉田を睨む。
「動かせば自壊する。証拠が出なければ当社は損害賠償を求める。中の機密データを勘案すれば十億はくだらない」
片平の顔が怒りに真っ赤になり、両方の拳を震わせると徐々に片平の目に悔し涙があふれる――
更に追い打ちをかけるHAL9000の合成音が響いた。
『私はネットと常時つながっている。自爆装置が働く直前に知り得た機密をネット上に流す。それは瞬時に全世界に広がる』
「片平刑事、どうしますか?」
敗北――
それは片平のプライドが粉々になった瞬間だった。
「撤退する――だが覚えとけ杉田、お前たちは公安の監視下に置かれるんだ」
涙を拭き捨て台詞をはく片平だった。
6 越狩解放――そして珠伊師の狂気
「結局手ぶらか」
冷ややかに上司が片平を見つめる。
「生意気なAIの台座。あれがきっとそうです。間違いありません」
悔し紛れに片平は上司に報告する。しかし上司は冷静だ。
「台座が珠伊師党首が言っている金庫、と断定した理由は?」
片平は言い淀む。
「……ありません……」
「金庫かどうかも確認できなかったのだな?」
「台座は丈夫なアルミに囲われておりました。しかし中身は絶対に金庫です」
上司は、どん、と机を叩いた。
「想像で物を言うな片平っ、証拠を示せっ証拠をっ」
上司の言葉に片平は押し黙るしか無く、これ以上の屈辱はない。上司は次々と片平に容赦ない言葉を浴びせる。
「押収した品には犯罪を示す証拠はなかった。捜査法は適正だったか、今後のこともあり捜査検証委員会を立ち上げる方針が上層部から決まった」
「……はい」
「珠伊師庁官も結果を知りたがっている。尾川総理の立場も考えろ。この失態をどう説明するつもりだ?」
「はい……」
「報道陣にも何もなかったと発表する。これでは記事にもならんだろうな」
「は……」
「これ以上越狩を留め置く理由はない。釈放の措置を進める」
「……は」
「だが片平、これは厄介な問題を抱えることになるぞ。越狩が冤罪を訴えたらどうなるか、考えても見ろ。間違いなく賠償命令が裁判所からくだされる。そうなれば神奈川県警最大の汚点だ。わかるな?」
矢継ぎ早に叱責する上司には言葉も出ない。尊厳もプライドもずたずたになり、警察の長になる夢は潰えた。
追い込まれた片平は俯いた。
「依願退職……します」
上司は言う。「早まることはない。何度も表彰されている君だ、戒告処分になるように上層部に掛け合うぞ」
次の日の朝十時。五月に入る手前の日の光が眩しい。
「只今でやんす」と声が事務所に響いた。
真っ先に杉田が駆け寄り両手を握りながら「ご苦労だった。少しやつれたか?」
和道も管弦、黒川も越狩を囲む。
「やっぱ痩せたね」と越狩の姿を見て喜ぶ管弦。
「いやあ無事で良かった、どうなることかと思って冷やしやしていたんだよ」と和道。
「大変でしたね……おや、少しタバコ臭が消えたようです」といいながら黒川が手を差し伸べた。
「いやあ、皆さんご心配かけましたでやんす」
越狩は全員を前に深々と頭を下げた。
「今夜は出所祝だ、二階で宴会の準備をするぞ……って出所祝いっていうのか? なんかおかしい表現だよなあ?」
杉田のとぼけた言い方に傍らで聞いていたHAL9000がきっぱりと言う。
『この場合釈放祝い、が正しい』
「だよなあ」と杉田。HALの言葉で全員は笑う。
かくして勾留生活から越狩はやっと解放されたのだった。
精神が崩壊した片平だが珠伊師党首に連絡を取ることだけは忘れないでいた。
「午後八時すぎなら党本部に戻っています」
片平は午後八時半、民主今平党党本部前でインターホンを押した。
珠伊師の声が返事する。
「お待ちしていましたわ片平刑事さん、お入りなさい。ドアには鍵がかかっておりませんわ」
重い足取りで片平が党本部に入ると、眼の前に両手を組み微笑むような表情の珠伊師がいた。片平は直角に体を折り深々と頭を下げながら言い訳がましくことの成り行きを細かく珠伊師に説明した。
「――よって金庫の所在は判明しましたが、あと少しのところで回収できませんでした。そこでお詫びを申し上げに来ました」
片平に対し意外なことを珠伊師は言った。
「良いのです」
片平は顔を上げた。「は?」
「お見せするわけには参りませんが、奪われた金庫は複製ですの。本体は別の場所に保管しています。それも厳重に」
驚く片平。
「複製だったのですね」
ホッとするような片平に珠伊師は戒めた。
「だからといってこれで良いわけではありません、複製といえど重大機密があります。回収しないわけには参りません」
何が言いたいのかまるきり想像がつかない片平であった。
「あなたが金庫の所在を明らかにした――スケロク商事――。それだけでも上出来ですわ」
片平は黙って次の珠伊師の言葉を待った。
「複製金庫、私が引き上げます。片平さんが合法的に出来ないなら非合法でいきます」
「どういう意味?」
片平の疑問に珠伊師は口を開いた。それはまるで獲物に食らいつく虎だ。
「あなたは明日の報道を見るように。これはあなたへの鎮魂歌」
『鎮魂歌って何を意味するんだろう?』
片平はふらつきながら党本部をあとにした。
党本部自室に戻った珠伊師は岩洞法師を呼びつけ、程なくして岩洞が駆けつけた。
岩洞は珠伊師の前に跪いた。
「何なりと仰せ付けください」
「うむ」
このとき珠伊師は激怒で赤鬼と化していた。
「下人を集めよ」
赤鬼の形相におそれを抱く岩洞。
「は、仰せの通り」
そして珠伊師は残酷な命令を下す。
「スケロク商事のビルを完膚なきまでに破壊するのじゃ」
更に珠伊師は冷徹に付け加えた。
「天誅じゃ。業火でスケロク商事の人員を焼き尽くんじゃ。骨ひとつ残してはならんぞえ」
「御意」
凄まじいまでの珠伊師の怨念――スケロク商事の運命はどうなる?
以下第八話その5に続く




