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ガサ入れ

3 創作劇


 翌朝神奈川県警取調室

 朝から片平は越狩を引っ張り出していた。

「越狩さん、あんたの無言劇は飽きたわよ」

 言われても無言の越狩。

 しかしいつも喚き散らし脅迫まがいの文言をはく片平ではなく、柔和な言い方に越狩は『おや?』と思った。

「昨日も話したけど、あんな重い金庫、一人で運び出すなんて無理よねえ……ねえ、玉乗りピエロさん?」


 玉乗りピエロ? 何がいいたいのか――越狩は片平の真意を測りかねた。

 

「そのまま聞いてて頂戴。これは私が考えた創作劇だから」

 片平はおもむろに話し出す。

「今まで玉乗りピエロさん単独犯と思っていたけれど、あんなに綺麗さっぱり川底から引き上げる芸当は玉乗りピエロさんじゃ到底無理よね」


 あれから一晩かけて片平は捜索差押、つまりガサ入れの調書をでっち上げていたのだった。


「玉乗りピエロさんは玉乗りで怪我をしてそれ以来怖くなってピエロを廃業しました。けど玉乗り以外の経験はないから、失業保険も切れバイト探しに明け暮れました。それでも生活に窮するようになり、玉乗りピエロさんはとうとう 裏社会に身を投じました」

 自分のことを言われているっ……越狩は動揺したが、それくらいなら調べはついているはずだ。

『しっかり気をもて、武春』と越狩は思った。

 片平は横目で越狩の動揺を感じながら再び喋りだす。

「受け取ったカードから現金を引き出し、それを繰り返した挙句とうとう捕まりました。犯罪歴もバッチリ記録されどうしようも無くなった、哀れな玉乗りピエロさんです」

 越狩はぎくりとした。

「そうしたら……あ、いいのよ何も言わなくて」

 片平の創作劇がボデイブローのように越狩の心に効いてきた。

「刑期を終え外に出られた玉乗りさん、でも行く宛もないしどうしよう、と不安が募りました。そうしたら思いがけなく白馬に乗った騎士がさっそうと現れ……」

 語りながら片平は冷ややかに越狩の反応を見ている。

 聞きたくない……と言いたげに呼吸が荒くなる越狩――

「玉乗りピエロさん。僕と一緒に『仲間』の元へ行きましょう……」

 突然、越狩が震えながら立ち上がる。その拍子に座っていた椅子が、ガタン、と倒れる。

『やめろっ』

 越狩は叫びそうになった。しかし必死になって両手で頭を掻きむしる。

 その表情を見て片平は冷酷に言う。

「あんたの仲間って――スケロク商事だね?」

 極悪非道な振る舞いの片平ここぞとばかりに語気を強める――。

「あんたはスケロク商事に金庫の場所を教え、グルになったスケロク商事に金庫を引き上げさせた。私が来るのを知っていてその前に……はっきり言っちまえよっ越狩!」


 片平のでっち上げ調書によりスケロク商事に災難が降りかかろうとしている。


 午前七時半のスケロク商事事務所

 全員に仕事の割り振りを終えた杉田は、ボロボロの社長椅子にふんぞり返っていた。

『金庫を二階に運び入れるか……しかし重量があるしな、一人や二人で階段を昇るのは無理だ。かと言って全員で押し上げると階段が抜け落ちるぞ。なんたって築五十年は経つ木賃宿を無理やりリフォームした建物だし……』

 考えれば考えるほど、杉田の体がタバコを欲しがっている。

『一息入れるか。いや事務所禁煙だしな』

 金庫を隠す方法に頭の痛い杉田であった。

 依頼の電話もかからない中「武春、シャバに出られなかったんだね」と管弦は呟いた。

 黒川が言葉を次ぐ。

「保釈される時間はとっくに過ぎてます。帰ってこないのは勾留が伸びたとおもいます」

「じゃあ、まだ牢屋かさ」

 黒川は黒メガネを押し上げた。

「瑠那さん、若いわりには古い表現ですね」と黒川。

「牢屋っていい方はさ、あんとき同室してた姉御が盛んに言ってたから、つい牢屋って言っちゃうんだよな。やっぱ、あたし若く見える……じゃなかった、見えないのに若いってわかる?」

 明快に答える黒川。

「輝いた声のトーンは若者女子そのものです」

 二人のやり取りに杉田は感じていた。

『ガサ入れの口実を作るため勾留延長したんだろう。――それなるとガサ入れは近いな』

「社長」

 和道の声掛けに杉田は現実に戻った。

「HALのお腹に入っているスキャンデータが判明したぞ、社長」

 タバコを欲しがっている杉田は呑気に返事をする。

「解析~?」

「何を呑気な……HAL、この友人に話してくれたまえ」

 HALの前では偉そうな和道だ。HAL9000は快活に返事をした。

『了解しました博士。ではご友人に申し上げます。解析結果のひとつは八王子市長選挙における裏献金リスト。次に珠伊師和代と六聖人の関係、さらに』

 椅子に寝そべっていた杉田が急にガバっと身を起こした。

「なんだよ六聖人てのは?」

 何の躊躇もなく話すHAL9000。

『書類などの解析によると珠伊師和代はジークランド出身者と結婚、ジークランド共和国に入国。そこで六聖人の一人として招き入れられた。六聖人の詳細な記述は無し。六聖人が何を意味しているのかも不明』


 理由は判然としないがジークランド共和国に行った珠伊師和代は六聖人の一人だった。その珠伊師和代が日本にいる、と言う事は何を物語っているのか? 

 

 それは天誅教から続く日本を征服する悪巧みなのだ。



4 作戦会議


 

「裁判所から捜査令状、来ましたよ片平刑事」

 上司とともに入室した同僚がやや興奮したように片平に報告する。

「来たか。では早速差し押さえ捜査班、スケロク商事の入っている建物なら二十人体制でいこう。会議室で作戦を立てる。作戦決定後速やかに行動する」

 

 捜査二課の二十人が会議室に入っていく。でっちあげの調書が通ったので何やら片平は誇らしげだ。

 それはそうだろう。

「今回の捜査では金庫の所在を徹底的に洗う」

 誇らしげに言う片平に対し上司が釘を差す。

「令状範囲は越狩容疑者の自室とスケロク商事事務所だけであり、それ以外は認められてないぞ。建屋の平面図ではこの赤く記された場所だ。二階は女子寮、三階が社長自宅だ」

 だが上司の話を蹴飛ばすような強気の片平だ。

「しかし上司、これは組織的な犯罪です。丸ごと捜査対象にしないとなりません」

 上司は片平の勢い込む声に顔をしかめた。

「それなら現場対応だが、片平君、功を焦ってはいかんぞ。もっと全員と詰めないと。ともかく令状は発行されたんだ、捜査は明日だ」

「承知しました」

 上司の言うことには逆らえない。本当なら今すぐにでも突進したいところだが詰めが甘いと警察の汚点にもなりかねない。ここはグッとこらえる片平だ。

「ではもう少し煮詰める。いいか」

 了解……という声が漏れる。


 片平には珠伊師和代が言った言葉――「無能集団よ」

『忘れるものか、必ず金庫を抑えて見返してやる』

 いわば復讐するかのように燃えている片平でもあるのだ。


 そして捜査範囲の確認、役割分担、次々と決めていく片平たち。そして「明日午前九時捜査開始する。全員心してかかるように」


 それから数時間後の宝来警察署

 気だるそうな午後、廊下で偶然、重伝と加藤がすれ違う。

 重伝には何となく加藤の様子がそわそわしているのに気がついた。

「どうかされました?」

「いいや……楓から連絡はあるかね」

「いえ全く」



 天馬楓は加藤にとっての姪っ子、重伝琴葉にはかつての警察官の同僚。二人には共通点がある。さらに天馬はスケロク商事の社員でもある。

 天馬楓が失踪してから半年は経とうかという時期だ。三人とも片時も忘れることはない。



「生きてるのか死んでるのか……」

 加藤の声に語気を強める重伝。

「副署長、元気出してください。絶対何処かにいます」

 加藤は何故か呟くようにボソボソと言い始めた。

「そうか、そう言ってくれるとな……あの杉田のトコロにも連絡もないのかな、一度話したいもんだがね……そういえばここだけの話、明日スケロク商事に厄介事が発生するかもしれん」

「え?」

 思いがけないつぶやきに、重伝は加藤が何を言いたいのかと思った。もちろん真意は不明だ。

「厄介事――ですか?」

 重伝の問いかけに加藤は気がついたように言う。

「あ、イヤナニ、本官の独り言だ、気にするな」

 そう言うと加藤は手を振り離れていった。

『何をいいたかったのだろう?』 重伝の勘が交差する。『もしかすると……』


 スケロク商事のドアホンが鳴る。管弦が出るとそこに重伝が立っていた。

「杉田社長さんいます?」

 管弦は杉田に言う。

「あん時の刑事さんだけどさ、社長に会いたいらしいヨ」

 管弦にとっては忌々しい女刑事だ。かつてナイフの一件で揉めて以来、顔を合わせたくない人物なのだ。

「入ってもらいなさい」と和道の言葉に管弦は渋々中に招き入れ、衝立で簡素に区切ってある粗末な応接室に招き入れた。

 出されたお茶をすするまもなく杉田が顔を出す。どうやら裏の駐車場で煙草を燻らせていたらしい。微かにタバコの匂いがする。

「しばらくだね。何か用事でも? それとも仕事の依頼か、暇なんで、何でも請け負うぞ」

 冗談を飛ばす杉田に「ちょっといいですか」といいながら杉田に耳打ちをした。

 杉田は目を丸くする。

「副署長が? それは問題だ。情報漏洩で副署長の首が一発で飛ぶぞ」

 杉田の言葉にちょっと動揺する重伝が慌てて否定する。

「ここだけの話ってぼそっと言ったのを聞いただけですよ。何もそんな明確な話じゃありません」

 杉田はニヤリとした。

「加藤副署長らしいな」

 重伝はコホン、と一つ咳払いをして話題を変えた。

「楓からの連絡ないですか? 加藤副署長も気にしてます」

 答える杉田。

「あいにくだが何も連絡は入っていない。そっちは? ……そうか何も無しか。どこに天馬はいるんだろうなあ」

「じゃ、私はこれで」

 話し終えるとそそくさと立ち上がる重伝。

「ありがとな」と杉田は席を立ち入口まで見送った。

 管弦は不思議そうに言う。

「ありがと、って何さ?」

 杉田は振り向く。

「全員帰社したら忙しくなるぞ。神奈川県警と勝負だ勝負」

 何故か杉田は晴れやかな顔をしている。


 さては金庫をどう隠すか決めたのか……。


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