パンドラの箱
1 暴かれる秘密
民主今平党党本部執務室
聖ハントスは珠伊師和代の前に今回の失態を恐れながら小刻みに震え俯いている。
それを見つめる珠伊師には表情がなく冷ややかな能面のようだ。右手に持つ扇子をゆっくりと開いたり閉じたり、その度に「パチリ……パチリ」と乾いた音が響く。
その無言の圧力に近藤はその巨体を縮ませまともに珠伊師と目を合わす事ができない。彼の額には薄っすらと脂汗が滲む。
長く続く無言の恐怖――。
突如扇子の音が消えた。そして能面がゆっくりと、そして静かに言葉を発した。
「のう、聖ハントス……」
「は」
「なにゆえ阿辺を殺めたのじゃ?」
「は」
静かに話し出す能面の珠伊師。「……これで鞄も金庫もわからぬままじゃ――」
この静かな物言いにはそこしれぬ恐さがあった。
近藤は震える。
「も……申し訳ありませぬ、珠伊師党首様……無いことに怒りを覚え我を忘れてしまったのでございますっ!」
しかしあくまでも能面は静かだ。口汚く罵られる方が近藤にとってはまだマシだった。
能面は続ける。
「連れ戻し吐かせるのが、オマエの役回りじゃ。それを独断で始末した。……お主、わらわより偉いと申すのかの?」
近藤は深く頭を下げる。汗が滴り落ちる。
「とんでもございません党首様! やつは……やつは我々を裏切ったのでございますっ!」
能面は言う。
「裏切りなぞどうでも良い。じゃが、金庫の所在がお前のせいで闇に消えたのじゃぞ」
そして静かに一言。
「……この虚け者が」
この珠伊師和代の静かな怒りが更に近藤を震え上がらせた。
「お……お怒りは御尤っもでございます。さすればこの近藤――今この場で腹を切ってお詫び申し上げますっ! それでお許しくださいっ!」
能面だった珠伊師の表情が急に穏やかになった。
「なに、腹切るなんて。なんて時代錯誤のことおっしゃるの?」
近藤は顔を上げようやく珠伊師の顔を見ることができた。「党首様……」
「阿辺圭吾は一時間ほど泥縄渓谷で停車いていましたのよ。そこれを探ればよろしくて?」
近藤は涙声になった。「党首様……」
近藤は感極まった。
「ありがたき御言葉、御意に存じます。さすればこの近藤、今から泥縄渓谷へ参ります」
近藤は立ち上がった。
「待てっ」
柔和な顔立ちの珠伊師がたちまち鬼の形相になった。
「オマエが行ってどうするんじゃっ? 今となればお前を行かしたのはわらわの失態じゃった。防犯カメラなどオマエの顔は知れ渡っておるぞ。追っ手が来るのも時間の問題じゃぞ」
「は」
「岩洞法師の術が解けていない下人共を取り揃えるのがオマエの役目じゃ」
「ははっ」
能面は言う。
「状況を考えよ。この愚か者め」
さっそく近藤は行動に移した。下人を選定し泥縄渓谷に差し向けたが、金庫が落とされた跡や橋の袂の吊り下げた痕跡を見つけるだけだった。
そうだろう、金庫はスケロク商事の手に渡っているのだから――。
「見つからん?」
術に施されている下人衆の抑揚のない報告に近藤は腕を組んだ。
『アベケイゴが立ち去るのを見て金庫を奪った? だが一人ではどうにも出来ない重量だ。となると……奪ったやつは複数いる。なれば組織ぐるみか――しかし珠伊師様は何か焦っているようにもお見受けられる。移動させた理由は何であろうか? 金庫の中は珠伊師様しか知らない』
推理している最中、ドアを叩くわけもなくズカズカと珠伊師が近藤の部屋に入ってきた。
しかし珠伊師はにこやかだ。
「なにか分かりまして?」
近藤厚は机に両手を置く。
「党首様、誠に申し訳ありませんっ。それらしい痕跡が見つかりましたが残念ながらそれ以上のことは……」
「困ったことね……早いところ手に入れないことには。そうだ神奈川県警の片平に相談してみましょう」
珠伊師は携帯を取り出し神奈川県警に電話を入れた。
「片平刑事さんまだ手元に金庫来ないわよ」
穏やかに、しかし焦るように珠伊師の電話口だ。
それに対し片平は「金庫は本官が確認しています。しかしそれが消えてしまい」と返答する。
驚く声が片平の電話口に響く。
「消えたってどういう意味ですの? 片平さんのクチから神奈川県警に保管されていると思って安心していたんですよ、それが消えるなんて、一体どういう?」
片平は冷静に対応する。
「保管していたのではなく川底に沈んでいた金庫を本官が発見したのです」
それに対し珠伊師は反論した。
「川底に沈んでいたって……あなた言ってることが最初と違うわね。まるで警察が保管しているような口ぶりでしたでしょう」
あくまでも片平は嘘を突き通す考えだ。
「そのように解釈されていたら申し訳ありません」
珠伊師は囁くように言う。
「だからあなたがた警察官って」
そして言い放つ。「――無能集団よ」
これを聞いた瞬間、片平はいいようのない怒りで全身が震えた。
しかしここで珠伊師と言い争うわけにはいかない。仮にも民主今平党は金満党と連立を組む政党だ。それに大規模災害庁の初代庁官でもあるのだ。
同じ国家組織とはいえ珠伊師と片平では格が違いすぎる。
「分かりました。説明に本官が参ります。ご都合をお聞かせください」
片平の言葉に珠伊師は冷たく言い放つ。
「国会の論戦が始まります。大規模災害庁での答弁も控えておりますので当分お会い出来そうもありませんわ」
その頃のスケロク商事事務所にて
ガチリ……。
今までの音とは明らかに違う異質な音が黒川の耳に響いた。
同時に的場の指先にも今までとは全く違う振動が捕らえられ、HAL9000各種センサーが一斉に踊りだす。
黒川は聴診器を耳から外し囁いた。
「解除できました」
「ホントか? やったなみんな」と小躍りしそうな杉田だ。
杉田は引き出しから薄手のゴム手袋を取り出し、はめるとハンドルを握り、ゆっくりと水平にする。
ぎ……ぎぎ……軋むような音。
杉田は重い扉をこじ開ける。
杉田と寺家、的場、和道が無言で覗き込み、更にHAL9000のレンズが光る。
落下された衝撃により中は雑然としているが、中は三段に区切られ、一番狭い最上部には封筒が重ねられ、やや広い二段目には帯封で束ねられている現金の束がぎっしり詰められている。
そして広く大きく取られている三段目には鈍い色を放つ金塊が。
「コイツはすげえ……」
あまりの迫力に杉田以外声が出ない。
「和道博士、内線を使って一斉に集合させてくれ」
HALが見ている手前そう和道に命じたが、杉田の言い方に気を良くした和道は内線の一斉放送をした。
連休最終日とはいえ、全員は金庫の行く末を見守るため自室で待機していたのだった。
「なにこれ? 本物?」
最初に階段から降りてきた管弦が中身を覗き込むと金塊に目がくらむ。「一体いくらになるんかさ」
「信じられないよ」と次に降りてきた願成寺が唖然と見つめる。
蔵前と御手洗に至っては見つめるしか無かった。
杉田は上段から封筒を取り出した。表書きはないが、ゆっくりと引き出すとそこには……。
「――八王子市長選挙に関係する地元有力者、地元企業にばらまく指示リストだ。それにこのほかには珠伊師和代に関係する記述や書類がある。一度では理解できない内容だぜぇ」
和道が問いかける。
「これは予想しなかったやっかいな事態だよ、どうするかね、社長」
和道の言葉に杉田はHAL9000を前にして冷静に言う。
「博士、まずHALに全てスキャンさせろ、すべてHALの腹の中にしまっておけ」
「わかった」
そう答える和道。




