第37話:炎上(フェス)の作法:理想郷の焼き方
魔王城・城下町の中央広場。
そこには白大理石で造られた美しい噴水と魔王を模した黄金の像がそびえ立っていた。
昼下がり。
住民たちは芝生に座り互いに食事を分け合い、愛と平和を語らっている。
まさに地上の楽園。
そこへ――。
ドォォォォォォォォォンッ!!!!!
爆音と共に広場の中央に巨大なクレーターが穿たれた。
噴水が粉砕され美しい水しぶきが泥水となって飛び散る。
「きゃぁぁっ!?」
「な、なんだ!?」
悲鳴を上げる住民たち。
土煙の中から漆黒のマントを翻した轟田猛が魔王像の頭上に仁王立ちで現れた。
「――テス、テス。……あー、聞こえるか、家畜共」
轟田の声がセレンの魔法で街中に拡声される。
不快なノイズ混じりのドスの効いた声。
「本日からこの街は俺様のものだ!俺の名はサタン・ゴウダ!テメェらの大事な魔王サマをブッ倒しに来た、新世界の支配者だ!」
轟田は魔王像の顔面を踏みつけ高らかに宣言した。
さあ怒れ。
平和の象徴を汚され侵略を宣言されたんだ。
石を投げろ。
罵声を浴びせろ。
だが。
「……まあ」
「なんてこと……」
住民たちは轟田を見上げ悲しげに眉を下げた。
「可哀想に……。あんな高いところに登って、寂しいのですね」
「魔王様の像を汚すなんて、よほど辛いことがあったのでしょう」
「みんなで慰めてあげましょう」
フワァ……。
広場全体から温かな「同情」の拍手が湧き起こった。
敵意ゼロ。
完全に「迷子の子供」を見る目だ。
《会場規模の同情・憐憫を確認。……HP低下、残り10%》
《警告:精神防壁が溶解中》
「ぐ、おォ……ッ!?」
轟田が魔王像の上でよろめく。
効く。
物理攻撃よりも遥かに深くヒールとしてのプライドをえぐられる。
「チッ……!やっぱ生半可な『悪事』じゃ通じねぇか!」
轟田は脂汗を流しながら下の仲間に合図を送った。
「プランBだ!……総員、この街の『神経』を逆撫でしろ!」
その号令と共に広場の四方から「チーム・サタン」が乱入した。
「ヒャッハー!略奪だー!」
ミミが目にも止まらぬ速さで駆け抜け、住民たちが広げていたランチバスケットや財布をひったくっていく。
「これ貰ってくし!あとその服も可愛くない?脱いで!」
「あ、どうぞ。これだけで足りるかしら?」
「はぁ!?なんで自分から差し出すの!?抵抗してよ!」
ミミが困惑する。
奪っても奪っても相手が笑顔で「寄付」してくるため、ただの「物資回収」になってしまう。
「汚い!貴方たち、存在が汚染源です!」
マリアが噴水の残骸に群がる住民たちに高圧洗浄を放つ。
「泥水を浴びなさい!それが貴方たちにお似合いの洗礼です!」
「わぁ、冷たくて気持ちいい!」
「行水かしら?ありがとうございます、シスター」
「……ッ!この……細菌共が!死ね!消毒ゥッ!」
マリアがキレて出力を上げるが住民たちはそれを「アトラクション」として楽しんでいる。
「おいおい、平和ボケもここまで来ると重症だな」
レオが杖をついた老人の前でわざとバナナの皮を捨てた。
さらに足を引っ掛けて転ばせる。
「おっと悪いなジジイ。……目障りなんだよ、散歩なら墓場でやってな!」
「おお、ありがとう少年。足腰が弱っていたので地面で休みたかったのじゃ」
「……あァ?喧嘩売ってんのかコラ」
通じない。
どんな悪意も、暴力も、全て「善意のフィルター」で変換され無力化される。
まるで暖簾に腕押し。
ぬるま湯の地獄。
「……分析終了。彼らには『怒り』の回路がありません」
セレンが冷徹に告げる。
「魔王のシステムにより、負の感情を処理する機能そのものが削除されています。……外部からの刺激では、再起動は不可能です」
「クソッ、じゃあどうすりゃいいのよ!」
アリスが剣を振るうこともできず、頭を抱える。
轟田は魔王像の上で、眼下の光景を見下ろしていた。
笑う住民たち。
困惑する仲間たち。
そして霞んでいく自分の意識。
(……削除されてる、だァ?)
轟田は口元を拭い、ニヤリと笑った。
(違うな。……『忘れてる』だけだ)
人間である以上、感情を完全に消すことなどできない。
ただあまりにも長い間「楽園」に飼い慣らされ、怒り方を忘れているだけだ。
なら思い出させてやるのがプロの仕事だ。
「……おい、そこのガキ」
轟田が魔王像から飛び降りた。
ズドン。
着地した先には、一人の少女がいた。
手には轟田に向けた花束を持っている。
「おじちゃん、お腹痛いの?これあげる」
少女は無垢な笑顔で、花束を差し出した。
純度100%の善意。
この場にいる誰もが轟田がそれを受け取るか、あるいは無視すると思っていた。
だが。
バシッ!!
轟田は少女の手から花束を叩き落とした。
「あ……」
花が散る。
だが轟田は止まらない。
散らばった花をその巨大なリングシューズでグリグリと踏みにじった。
「……汚ぇ花だ」
轟田は吐き捨てるように言った。
「こんなゴミ、俺様には必要ねぇ。……それとも何か?これを渡せば俺が喜ぶとでも思ったか?」
会場が静まり返る。
少女が呆然と泥だらけになった花を見つめている。
「傲慢なんだよ、テメェらは」
轟田の声が静寂に響く。
「『してあげる』『許してあげる』……。その上から目線の優しさが、どれだけ相手を惨めにするか、考えたこともねぇんだろうな」
轟田は少女を見下ろした。
少女の目が潤む。
悲しみ?いや、違う。
自分が大切にしていたものを理不尽に踏みにじられたことへの――「戸惑い」。
「な、何をするのですか……!」
人垣の中から母親らしき女性が飛び出してきた。
彼女は少女を抱きしめ震える声で言った。
「この子は貴方を慰めようとして……!どうしてこんな酷いことを!」
「酷い?」
轟田はニカっと笑った。
「当たり前だろ。俺様は『悪党』だぞ?」
轟田は母親の目の前でさらに花を踏み潰した。
グチャリ。
美しい花弁がただのシミに変わる。
「テメェらの大事なモンを壊すのが俺の仕事だ。……悔しいか?」
母親の顔が引きつる。
「許そう」とする理性と目の前の理不尽に対する本能が衝突し表情が歪む。
「悔しかったら……怒れよ」
轟田が煽る。
「笑って許してんじゃねぇ!『可哀想な人』なんてレッテル貼って、自分の心を誤魔化してんじゃねぇ!」
轟田は広場の全員に向かって叫んだ。
「テメェらの宝物はゴミにされたんだ!尊厳を踏みつけられたんだ!それでも笑って許すなら……テメェらは人間じゃねぇ!ただの『ニタニタ笑う肉人形』だ!!」
――ピキッ。
誰かの仮面が割れる音がした。
母親の肩が震えていた。
彼女は轟田を睨みつけていた。
その目にあるのは、慈愛でも同情でもない。
「……謝って」
小さな、しかし確かな「要求」。
「え?」
「あの子に……謝りなさいよッ!!!」
母親が叫んだ。
それはこの街で数十年ぶりに発せられた純粋な「怒り」の咆哮だった。
「……!」
その声が波紋のように広がっていく。
そうだ。
酷い。
許せない。
ムカつく。
あいつは何だ。
ふざけるな。
封印されていた感情の蓋が轟田という「絶対悪」の前に吹き飛んでいく。
「そうだ!謝れ!」
「ひどすぎるぞ!」
「出て行け!この悪党!」
パラパラと、石が投げられた。
それは「寄付」ではない。
轟田を傷つけるための明確な「攻撃」だ。
ゴツッ。
石が轟田の額に当たり血が流れる。
痛い。
だがその痛みこそが――轟田が待ち望んでいた「生」の実感だ。
《敵対感情(激怒)を確認。……HP回復開始》
《ヒール・ヒート・システム、再起動》
「……カッカッカ!」
轟田は血を舐め、獰猛に笑った。
「そうだ!いい面構えになりやがった!」
轟田は両手を広げ、降り注ぐ石つぶてと罵声をシャワーのように浴びた。
「もっと怒れ!もっと憎め!テメェらのその『殺意』こそが!俺様への最高のガソリンだ!」
楽園が燃え上がる。
善意の仮面が剥がれ落ち人間本来の「感情」がむき出しになる。
ヒール・ショーの第一幕、大成功。
だがこの騒ぎを「彼」が見逃すはずがなかった。
『……悲しいですね』
空から静かな声が降ってきた。
広場の上空。
六枚の黒翼を広げた魔王が涙を流して浮かんでいた。
『私の愛する子らをここまで野蛮に変えてしまうとは。
……貴方は本当に救いようのない「悪」なのですね』
ラスボス降臨。
しかし轟田はその「聖なる涙」を見ても、もう吐き気を感じなかった。
背中には住民たちの熱いブーイングがあるからだ。
(第38話へ続く)
大炎上フェス!
この炎上を加速させるため、星という名の薪をくべてやってください!




