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異世界極悪レスラー〜感謝されると即死するので、全力でヒール(悪役)を演じてたら世界最強の魔王としてバズっていた件〜  作者: 早野 茂
【第5章】全世界公開処刑〜魔王よ、お前もヒールにしてやる〜

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第36話:善意の猛毒、罵倒という名の処方箋

「……オエェッ」

魔王城の城下町、そのメインストリートのど真ん中で轟田猛は膝をついて嘔吐していた。

吐しゃ物は出ない。

吐き出したいのはこの街に充満する「空気」そのものだ。

「大丈夫ですか、轟田様!」

通りすがりの老婆が心配そうに駆け寄ってくる。

「お水はいかが?採れたての果物もありますよ?さあ、遠慮なさらず」

「……っ、触る、な……!」

轟田が老婆の手を振り払う。

バシッ。

乾いた音が響く。

普通の街なら「何をするんだ!」と怒号が飛び交う場面だ。

だが。

「あらあら、ごめんなさいね。私の手が冷たかったかしら?驚かせてしまって申し訳ないわ」

老婆は心からの謝罪と慈愛の眼差しを向け優しく微笑んだ。

周囲の住民たちも同様だ。

「可哀想に」「具合が悪いのね」「みんなで助けましょう」。

数百人の善意がスポットライトのように轟田に集中する。

《純度100%の善意を確認。……HP急速低下。残り15%》

《警告:自我の融解が進行中。……「善い人」になりかけています》

「く、そ……力が、入らねぇ……」

轟田の視界が霞む。

怒れない。

憎めない。

何をしても「許されて」しまう。

それは反骨精神をエネルギー源とするヒールにとって、呼吸ができない真空状態に等しい。

「チッ、見てらんねぇな!」

その時横からレオが割り込んだ。

彼は老婆たちに向かって短剣をチラつかせながら怒鳴り散らした。

「おいババア共!失せろ!このジジイは伝染病なんだよ!近づくと顔が腐り落ちるぞ!」

「ま、まあ大変!」

「早く離れましょう!」

住民たちが慌てて距離を取る。

善意の包囲網が解け轟田がぜぇぜぇと息を吸い込む。

「……助かったぜ、クソガキ」

「勘違いすんなよ。アンタにここでくたばられると、俺の『魔王城ツアー』が中止になっちまうからな。……ったく、だらしねぇ顔晒してんじゃねぇよ、老害」

《侮蔑(介護疲れの孫)を確認。……HP微回復》

「……ふぅ。生き返るぜ」

レオの棘のある言葉が轟田の細胞に活力を戻す。

一座は路地裏――この清潔すぎる街で唯一少しだけ薄暗い場所へと避難した。

「分析完了。……この街は異常です」

セレンが分厚い手帳を開き深刻な顔で告げた。

「住民の脳波データが完全にシンクロしています。個体差がありません。……まるで『幸せな夢』を見ている集団催眠状態です」

「夢……?」

アリスが不安そうに街の通りを覗く。

「でも、みんな笑ってるわよ?働いて、挨拶して、助け合って……。これこそ、理想的な平和な社会じゃない?」

「それが罠なのよ」

ミミが珍しく真面目な顔で、ネイルを噛んだ。

「ウチ、鼻が利くんだよね。……この街の人たち、笑ってるけど『臭い』の。中身が空っぽっていうか、腐った果物を甘いシロップで煮詰めたみたいな……マジ無理」

「……同感です」

マリアがモップを杖代わりに突きながら頷いた。

彼女は周囲の壁を指でなぞり、その指先を見つめる。

「塵一つ落ちていない。完璧に清掃されています。……ですが、これは『清潔』ではありません。ただの『滅菌』です」

マリアの目が冷徹な清掃員のそれに変わる。

「生活感がない。汚れがない。……人間が生きていれば、必ずゴミや汚れは出るものです。それがないということは、ここは『人間が生きている場所』ではないということです」

彼女たちの言葉に轟田はニヤリと笑った。

まだ顔色は悪いがその目には闘志が戻っている。

「……違いねぇ」

轟田は壁に背を預け路地の外――笑顔で溢れる大通りを睨みつけた。

「あいつらは笑ってるんじゃねぇ。『笑わされてる』んだ。……痛みも、怒りも、悲しみも、全部『魔王』って奴に吸い上げられて、抜け殻にされてやがる」

怒りや悲しみのない人生。

それは一見幸福に見えるかもしれない。

だが負の感情を否定することは、それを乗り越えようとする「意志」や「成長」をも否定することだ。

「気に食わねぇな。……人間を『幸せな家畜』にしやがって」

轟田が拳を握りしめる。

だがどうする?

この街で暴れれば住民たちは「可哀想に」と轟田を許し、慈愛の光で包み込んでくるだろう。

殴れば殴るほど轟田の方がダメージを受ける。

完全なる「暴力封じ」のシステム。

「詰みですね」

セレンが眼鏡を直す。

「物理攻撃は無効。精神攻撃はカウンターで即死。……魔王城への道は、この街を通過しなければ辿り着けません」

「……万事休すか」

アリスが頭を抱える。

その時。

ドォォォォォン……!

街の中央から正午を告げる鐘の音が響き渡った。

同時に街中の魔法スクリーンが一斉に起動し、一人の人物の姿を映し出した。

『愛する我が子らよ。今日も世界は美しいですね』

画面に映ったのは、透き通るような銀髪と、黄金の瞳を持つ青年。

背中には六枚の黒い翼。

その美貌は性別を超越した神々しさを放っている。

「……あいつが、魔王?」

ミミが息を飲む。

『悲しみは癒やしましょう。怒りは鎮めましょう。……全ての感情を私に預けなさい。私が全て背負いましょう』

魔王の声が街中に染み渡る。

住民たちが一斉に祈りを捧げ、その瞳から光が失われていく。

轟田は見た。

魔王の言葉と共に住民たちの体から微かな「黒い霧」――ストレスや負の感情が抜け出しスクリーンの中へ吸い込まれていくのを。

「……なるほどな」

轟田は舌なめずりをした。

仕組み(カラクリ)が見えた。

「あいつ住民の『ストレス』をエネルギー源にしてやがるのか」

「え?」アリスが振り返る。

「人間から『負の感情』を抜き取って代わりに『偽物の幸福』を与えてる。……だからここの連中は、怒ることもできねぇ『感情の去勢』状態なんだよ」

轟田は立ち上がりボキボキと首を鳴らした。

「だったら話は早ぇ。……あいつらに『抜き取られた感情』を、無理やり注入してやりゃあいい」

「注入って……どうやって?」

レオが聞く。

轟田は路地裏のゴミ箱(といっても中身は空っぽで綺麗だが)を蹴り飛ばし、ニカっと笑った。

「決まってんだろ。……『大炎上プロレス』だ」

轟田はマントを翻し笑顔で溢れるメインストリートへと歩き出した。

「おい、テメェら!俺様のサポート頼むぜ!」

「え、何すんの!?」

「死ぬ気ですか実験体!」

「これからこの街で!史上最悪の『ヒール・ショー』を開催する!」

轟田の背中からどす黒いオーラが立ち昇る。

善意の猛毒に耐えながら轟田は不敵に笑った。

「許されるのが怖い?感謝されるのが痛い?……だったらよォ!『絶対に許せねぇ悪党』になって全員の笑顔を引き攣らせてやろうじゃねぇか!」

魔王が作った「全愛の楽園」。

その中心で世界一空気を読まない男が平和の象徴タブーを粉砕するゴングを鳴らす。


(第37話へ続く)

感情の去勢。

住民の怒りを取り戻すため、皆様の「熱い」評価で場を盛り上げてください!

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