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大会前夜 ~下剋上聖恋大会③~

[青連高校旧校舎1階・西廊下]


 緊張から解放され、ようやく僕の体がまともに動くようになった所で、僕達は旧校舎のエントリー会場に向かった。英志に聞くと、僕とはぐれてから再会するまで10分くらいしか経っていなかったらしい。長身の男と出会った時、僕の中では1時間近くが経過しているような気分だった。それくらいに圧倒的な存在を見せられたのだ。そのことを英志に話しながら、僕達は廊下の先を目指して進んでいく。


「黒髪で長身、侍のような風貌の男ねえ。……ん? それどっかで聞いたことがあるな……」

「え、ホント? 有名人なの?」

「ああ、その道の奴らには結構名前が知れてる男でさ……おっと、着いたな。無駄話は後にしようぜ」


 廊下の突き当りを右に曲がって少し進んだ所で、怪しげな蝋燭の灯りが見えてきた。床から1メートルほどの燭台に置かれた蝋燭の横に両開きの扉があり、“お入りください”と書かれた紙が1枚貼ってある。暗闇に光る一本の蝋燭のゆらめきがその空間の怪しさを演出していた。


「ここが……エントリー会場」

「ああ、6時まであと15分ちょいってとこか。ギリギリ間に合ったな」


 部屋に入ろうとしたところで、僕は“お入りください”と書かれた紙の右下に書いてある文字に気が付いた。


「管理人……“ファントム”?」

「ファントム。“幻”とか“幽霊”って意味だな。おそらく大会主催者の名前じゃないか? 偽名に決まってるけど」

「ふーん……」

「なるほどなー……“優勝者は必ず好きな女の子と付き合える”……この嘘みたいな大会の主催者にピッタリの名前だぜ。そういえば、なんで優勝者が100%付き合うことができるのかってのも謎のままだしな」

『ふむ、それについては大会を勝ち進んでいく過程で理解して頂く予定だが』

「そうか……ん?」

『ん?』

「……え?」


 ――“それ”は、いきなり僕達の傍に現れた。


「なッ……!?」

「うわああああああああっ!!!」


 振り返ると、いつの間にか1人の人物が立っていた。深い藍色のマントを羽織り、顔には目の部分だけ穴の開いた奇妙なデザインの仮面をつけている。しかし、よくあるコスプレのそれとはまったく違い、その全てが仮面の人物の存在の怪しさを覆い隠し、闇に溶け込んでいるような……そう、まさしく“幻”のような人物だった。外見と声を聞いただけでは年齢も性別の区別もつけられない。


『ようこそ、若き夢を持つ者達よ。歓迎しよう』


 仮面の人物の声には深いエコー|(残響)がかかっていて、廊下全体に響き渡る。仮面の中にマイクでも仕込んであるのだろうか? しかし、不思議とその声からは機械的な雰囲気を感じなかった。


『さて、中で少し話そうか。ついてきたまえ』

「だ、だだだ誰ですか!?」

「あんた、何モンだよ一体!? どうやっていきなり……」

『ああ、驚かせて済まなかったね。ふむ……諸々の疑問に対してすぐに返答できるかは分からないが、ひとまず合理的に君達のエントリーを進めながら説明するとしようか』

「…………」


 部屋に入ると、四隅に設置された蝋燭にひとりでに灯りがともった。室内は応接室のようになっていて、一台の机を挟んで椅子が置いてある以外には何もない空間だった。

仮面の人物は机の向かい側まで歩き、そしてゆっくりと振り返って話し始めた。


『さて……申し遅れた。私の名は“ファントム”。この高校の【下剋上聖恋大会】を主催しているものだ。……君達はその参加希望者で間違いないかね?』

「は、はい!」


 “ファントム”と名乗った仮面の人物は、紙とペンを取り出し、机に置いた。


『ふむ、よろしい。ではこのエントリー用紙に学年、クラス、名前と――恋人の名を』

「え……そこまで書くんですか?」

『当然だ。大会を勝ち進めば他の参加者に知られる場面も出てくる。まさか、恋人がいないのに純粋な好奇心でここまで来たわけじゃないだろう?』

「ま、まあ……」

『フフッ……ああ、ついでに言っておくが、既に彼女がいる……つまりは“リア充”である者の参加はあまりお勧めしない。過去にそんな者が大会に参加して優勝できずに悲惨な目にあった例もある。……まあ、どうしても参加したいというのなら、私は面白いから止めはしないがね』

「彼女がいるのに参加する……そんな奴がいるのかよ? 矛盾してるぜ。この大会はリア充には全く関係がないっていうか、そもそもリア充なら出る必要もないはずだろ?」

『ふむ。すこぶる正論だな。しかし中には特殊な事情をもって参加する輩がいてね。それはこの大会が特別である理由と関係しているのだが……まあ、独り身の君達にはあまり関わりのない話だったかね』

「……けっ、どうせ彼女なんかいねーよ、悪かったな!」

『いやいや! この大会はそんな君達のためにある。むしろ大歓迎だ』


 ファントムは僕達のエントリー用紙を受け取ると、素早く内容に目を通し、机の上に置く。


『ふむ、OKだ。確かに頂戴したぞ』


 すると、机に置かれた二枚のエントリー用紙の上におもむろに両手をかざした。手には白い手袋がはめてある。


『さて……始めるか。君達は少し下がっていたまえ』

「おい、何する気だ?」

『なに、ちょっとした余興さ。身構えることはない。手品のようなものでね』

「……?」


 僕と英志は黙って机の上を見守る。すると……



『“らえ、陽炎かげろう”』



――突然、ファントムの両手が青く光り始めた。


「お……おぉお!?」

「えええ!? なんで!? どうなってるの!?」


 青い光は徐々に強くなり、部屋全体を包みかけたその時……


(ボウッ!!)


 机上に、炎が現れた。


「わあっ!?」


 と言ってもそれは一瞬のことで、炎は次の瞬間には消えてなくなっていた。というより、燃え上がった炎がファントムの手に吸い込まれたように見えた。


「い、今のは……一体?」

『ふむ、驚いたかね? 私はこのような手品の余興が得意なのだ。炎を扱う刺激的なものが特にね』

「てじな……?」


 机の上を見ると、僕らの書いた二枚のエントリー用紙は綺麗に消え去り、元の何もない机に戻っていた。まるで漫画の世界ような光景に、僕達は言葉が出ない。


『さて……これにてエントリーは完了だ。君達は帰ってもらって構わない』

「ちょ、あんたさっきから説明しなさすぎだろ! 何だよ今の!?」

『ふむ、“さっき説明した”通り手品だ』

「ッ! ……じゃあ、この部屋に入る前に一瞬で現れたのは!?」

『それも手品だな』

「部屋に入ったら勝手に蝋燭が……!」

『あれも手品だ』

「ぐっ……つーか、そもそもあんたは一体何者なんだよ!! この学校の生徒なのか!? 教師なのか!? なんでこんな大会を……」

『すまないが質問は一つずつにしてくれたまえ』

「……ッ!!」

『……だが、“私が何者なのか”という問いにあえて答えるとするならば――私はファントム(幻)。大会の主催者であり、このゲームのゲームマスターだ』

「ゲーム……?」


『フフッ……そう急がずとも私の事はいずれ理解できる。大会を勝ち進んでいけば自ずとね』


 そう言うと、ファントムは部屋の扉を指さした。


『さて……今日はここまでにしよう。次の参加者も控えているようだ』

「!」


 僕達が振り返ると、ひとりでに部屋の扉が開いた。すると、廊下で待機していたらしい人物が姿を現す。


『ではまた明日……待っているよ』


 僕達の代わりに入った男は、さほど部屋の雰囲気に驚いている様子は無かった。青いネクタイを締めていたので、おそらくは一度大会に出場したことのある2年生なのだろうか。


「…………」


 その男の野性的な顔立ちと険しい表情は、僕達にすれ違っただけで強い意志を感じさせた。


(バタン)


 エントリー会場の部屋を出ると、そこには入る前と同じ薄暗い廊下に蝋燭の灯りがともるだけの空間が広がっていた。なんだかこの30分の間に色々なことが起こった気がする。気が抜けると同時にどっと疲れが押し寄せ、僕と英志は深く息を吐いた。


「……ふぅ。なんにせよ、これで大会に参加できるってわけか」

「うん……」

「ん? どうしたカズ。ああ、ファントムのことか? 意味わかんねえよなー。結局あいつのことも大会のことも何から何まで謎のままだしな」

「いや、そうじゃなくて……」

「ん? じゃあ何だよ」

「今すれ違いで部屋に入ってった人……怖かったなあって」

「ああ? あー……そりゃ、2年生だからじゃねえか? 2回も大会に参加してたら必死にもなるだろうし」

「うーん……っていうか、なんかこう……“誰かに強い怒りを持って生きてる”って感じかな」

「なんだそれ?」

「……ごめん、僕もよく分かんないや」


 いよいよ明日から夏休み。そして始まる――【下剋上聖恋大会】。多くの謎を残したまま、ひとまず僕達2人は帰路につくのだった。



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