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大会前夜 ~下剋上聖恋大会②~

[青連高校北グラウンド裏・旧校舎前]


「ここか……」


 大会の参加希望者には、開催一週間前にその通知書が配布される。ボロボロの紙に、いかにも手書きであろう崩れた文字で“【下剋上聖恋大会】開催! ~参加者募集中~”と書かれたものだ。そこには、“大会初参加者は前日の午後6時までにエントリーを済まされたし”と記してあった。前日とは、つまり今日。僕と英志は今日の6時までにエントリーを済ませなければ参加することができない。それにしても……


「ねえ、ホントにここで合ってるの? まさか旧校舎なんて……」


 『エントリー会場』として通知書に記載されていたのは、今はもうほとんど使われることのなくなった青連高校旧校舎の一階だった。旧校舎はかなり昔に造られた建物で、現在の本校舎からはかなり離れた場所にある。地図にも載っていたいため見つけるのに時間がかかってしまった。なにせこの高校の生徒である僕たちでさえもその存在を知らなかったのだ。外観を見ると、白塗りの校舎は夕日の光で照らされ赤く反射している。電気のついていない校舎内はいっそう薄暗く、不気味さを増していた。


「鍵閉まってんなー……当たり前か。つーか、どっから入るんだこれ?」

「どこかに非常口があるんじゃないかな。そこなら鍵は開いてるはずだし」

「んー……とりあえず裏側に行ってみるか」

「……ていうか、ホントに旧校舎なんて入っていいのかな……先生に見つかったりしたらなんて言えば……」

「こっ、ここまで来て怖気づいてんじゃねーよ!」


 正直まだあまり乗り気ではなかったが、英志に半ば強引に連れてこられる形でここまで来てしまった。こんなところで先生に見られる可能性は低いだろうけど、僕は旧校舎を前にした瞬間から、心のうちにどこか漠然とした不安を感じていた。なんとなく、入ってしまったらもう引き返せないんじゃないか……そんな悪い予感が急に現実味を帯びてきたのだ。


「ここだな。よし……」


 西側の非常口に辿り着くと、英志はゆっくりとドアノブに手をかけ、回した。……鍵は開いている。英志は振り返り、僕の目を見て「いくぞ……!」というような視線を送ってきた。


〔ギィィィィ……ィ……〕


 英志がドアを開けると、錆びれた蝶番の軋む音と共に薄暗い廊下から冷たい空気が漏れてきた。ひんやりとした風に、ぬめっとした空気が肌に張りついてくるようだ。そこにいるだけで僕は全身の鳥肌が止まらなかった。


「なんだここ……すっげえ気味悪ぃな」

「ねえ、やっぱりやめようよ英志! 絶対ここ何かいるよ……もう怖いし帰ろうってば!」

「うっ、うるせーな! この程度でうだうだと……女かお前はぁ!」

「英志だって声震えてるじゃん!」

「い、いいから入るぞ!」

「ええ!? 嫌だよ絶対もう帰るから!」

「えぇから来いっちゅーの!!」

「イーヤ―だあぁぁぁ!!」

「はぁっ、はぁっ……じゃあお前、優子ちゃんに告白できるのか!?」

「うっ……それは」


 思わず僕は黙った。英志の気迫に押され、言葉が出てこない。


「……いいかカズ、お前が来なくても俺は行くぜ。ここで戻ったら何も変わらない。俺にはどうしても叶えたい夢がある……この扉の先にそれが待ってるんだ。お前が今のままでいいって言うんなら、俺は無理に止めない。ここまで連れてきて何だが後は俺一人でも行くぜ。……お前はどうなんだ?」

「でも、僕は……ぼく、は……」

「…………ッ!」

「……え?」


 英志の目を見返して……気づいた。見開いた目は小刻みに震えている。ここで僕が何かを言い返せば今にも泣き出してしまいそうだった。彼自身、入るのが怖くて、誰かについてきて欲しくてたまらないのだろう。それを目を見ただけで理解できてしまうほどに、僕達は似ている。


「答えろカズ! 行くのか、行かねえのか!」

「……分かったよ。一緒に行こう」


 正直、そんな目をされては断れない。なにより、英志も自分と同じように恐怖を感じていたことに少なからず安心できることもあった。


「え!? ……マジで! 本当に!? ありがとう!!」

「なんで喜んでるのさ。早く行こうよ。6時までにエントリーしなきゃ、でしょ?」

「うおーっ!! なんか急にやる気でてきた!! そうと決まれば行くぜっ!! おら早く!!」

「単純だなぁ……」


 こうして僕達は――旧校舎に足を踏み入れた。


「……“旧校舎の1階”っつってもよ、結構広いぜ。だいぶ暗くなってきてるし、こりゃエントリー会場を見つけるのも一苦労だな」

「とにかく急ごう。あんまりゆっくりしてられない」


 僕達が教室を飛び出したのが午後4時半。広大な敷地内で旧校舎を探し、見つけてから入るまでに少なくとも1時間は経っている。つまり、実質エントリーの締め切りまであと30分を切っているのだ。


「でもさすがに校舎内で30分も迷わねえだろ?」

「いや、もしも先に来てる人たちがいて長い列が出来てたりしたら、最悪の場合時間内にエントリーできない可能性が出てくるかも」

「なに!? じゃあマジでやべーじゃん! 走るぞカズ!」

「あぁ待ってよ! 暗いから走るのは……いたっ!」


 焦って走り出した拍子に、廊下の柱の角で派手に躓いてしまった。うまく受け身も取れないまま数メートル廊下を転がったところで、ようやく停止。左腕をすりむいてしまったが、問題ない。日常でこけることが多いせいか、かすり傷には慣れっこだ。


「あいたたた……ははっ、暗いから走るのは危ないって……あれ?」


 起き上がり、辺りを見回すと……既に英志の姿が消えていた。せっかちな彼のことだ、転んでいる僕に気づかずに先に行ってしまったのだろうか。もはや彼の足音も聞こえなくなっている。薄暗い廊下で1人、僕は英志とはぐれてしまった。


(暗いけど、大丈夫かなあ……)


 そんな僕の心配が微かに頭を過ったのを最後に、旧校舎は静寂に包まれた。


「…………」



……………………………………。



「……いや怖い怖い怖い怖い無理無理無理無理!! いったん外にっ……!」


〔コッ……コッ……〕


「……へ?」


 僕が外に出ようとすると、どこかから足音が聞こえてきた。


〔コッ……コッ、コッ、コッ……〕

「……英志?」


 どんどんこっちに近づいてくる。前方からだ。僕がいないことに気づいた英志が戻ってきたんだろうか? いや、もしも先生だったりしたら……。


 見つかるとまずい気がしたので、ひとまず廊下の柱の陰に隠れることにした。


〔コッ、コッ、コッ、コッ、……〕


「…………」


 暗い所に目が慣れているせいか、その足音の主の姿はすぐに確認できた。英志ではない。190センチメートルはあろうかという長身の男で、体つきは細い。長く伸ばした黒髪を後ろでくくっていて、時代劇の侍を思わせる風貌だ。青連高校指定の制服を身に纏っており、ネクタイの色が黒であることからうちの学校の3年生であることが分かった(1年生は赤、2年生は青)。僕は武道は素人だが、男の歩き方、立ち振る舞いには一切の無駄がなく、何らかの武術を修得していそうなこともなんとなく感じた。


(知らない人だ……たぶん先輩だけど、大会の参加者かな?)


 〝こいつと殴り合え〟なんて言われたら僕は2秒でノックアウトされるだろう――そんなことを考えた。何よりも男の鋭い目つきが鬼のように怖い。超怖い。うっかり目が合ったら問答無用で殺されそうなくらいだ。

 ここは物音を立てず、男が廊下を通り過ぎるのを待つことにした。


「…………」

(……ん?)


 僕の隠れる柱まで残り4メートルというところで、男は突然足を止めた。何かの気配を感じたのだろうか、ひとしきり辺りを見回したところで……今度は殺気を放ちながら再び歩き始めた。


〔コッ、コッ、コッ、コッ〕


(もしかして……バレた!? なんで!? どうしよう……まさか、ホントに目が合っただけで殺されたりしないよね!? いきなり刀で斬られたりしないよね!? やばい……やばいやばいやばい!! 見つかったら殺される、殺される――!!)


「…………ッ!!」


 ―――そして、目が合った。


「ひぃぃっ!!」


 思わず声を出してしまった。しかし、足が動かない。蛇に睨まれた蛙のように、男の黒く鋭い目に睨まれた僕は、逃げることすらできなかった。


「…………」

「あ…………あっ、その、僕はっ……えっと……」


 なんとか会話をしようとするが、男はピクリとも動かない。依然として僕の目を睨んだままだ。


「その……すいませんでしたっ!!」


 なぜか僕は全力で謝った。でもそうするしかない。男と対峙した時、本当に命の危機を感じたのだ。


「…………」

「…………」

「…………(スッ)」


 しばらくの沈黙の後、男は体の緊張を解き、非常口へ向けて歩き出した。もうすでに男は僕のことを見ていなかったが……僕はその後ろ姿から目を離すことができなかった。


「…………ぁ」


 男が見えなくなると、一気に体の力が抜けて尻もちをついた。と同時に廊下の先の方から誰かの足音が聞こえてきた。


「あ! こんなところにいたのかよカズ! エントリー会場見つけたから早く行こうぜ! …………あれ、何してんだ?」

「いや……ごめん、ちょっと手貸してくれない? 英志」



 ――この時ようやく、僕は自分の中の暗闇に対する恐怖心がいつの間にか消えていることに気がつくのだった。



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