↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/83

003⚫️アキラは脳天気?

「ねえ、ジン・・・。前に言ってたよね。’人類は仮想敵がなくても団結できる’、って。」

「はい、エイミーさん。あなたにもアキラさんにも、理論上のことじゃないか、上手くいくのか、と言われましたね。」

わたしの問いに、ジンは穏やかに笑った。

「その話、もう少し詳しく聞かせてくれない?」

「ミサヨさんとのマリンパークの話じゃなくて、そちらですか?」

「うん。ちょっと気になってるのよね。」

「いいですよ。では・・・。」

ジンは静かに語り始めた。



人間という生き物は、驚くほど簡単に「敵」を作り出す。それと同時に、驚くほど奇妙な条件が揃わなければ「団結」することができない。この哀しくも不可思議な習性を鮮やかに証明したのが、社会心理学者ムザファソラ・シドリフらが行った「ロンパール・ムープ実験」である。


実験の舞台はサマーキャンプだった。集められたのは、それまで互いを知らない健康な少年たちである。彼らを二つのグループに分け、しばらく隔離して過ごさせると、それぞれの内部で自然とリーダーが生まれ、連帯感が育まれた。ここまでは微笑ましい。問題はここからだ。


研究者が二つのグループを引き合わせ、紹介した。次に、景品を賭けた競技で競わせた。すると少年たちの態度は一変した。激しい敵対心がまたたく間に燃え上がり、相手を罵り、旗を燃やし、宿舎を荒らし合うという暴挙にまで出たのである。たまたま割り振られただけの境界線が、彼らにとっての「絶対的な正義」と「排除すべき悪」を生み出したのだ。


この実験が現代の私たちに遺した教訓は重い。集団間の対立や偏見は、特別な悪人が引き起こすのではない。限られた資源や主導権をめぐる「競争」という環境さえあれば、誰の心の中にも容易に芽生える。そして、一度こじれた関係は、単に一緒に食事をさせたり親睦の場を設けたりする程度では、かえって反発を招くだけで全く解決しないという冷徹な現実である。


では、少年たちはどうやって和解したのか。研究者たちが仕掛けたのは、双方のグループが総出で協力しなければ絶対に解決できないトラブルだった。断水した給水システムの修理、泥に埋まった食糧トラックの救出。こうした「共通の目標(上位目標)」に向かって泥にまみれ、力を合わせるプロセスを経て初めて、少年たちの間にあったわだかまりは消え去り、彼らは一つの大きな集団へと統合された。


この原理を地球規模に広げて考えるなら、人類が内輪揉めを完全にやめる瞬間とは、地球外生命体の侵略や、全人類を脅かす致命的な危機に直面した時、ということになる。かつて冷戦期にレールガン大統領が国連で語ったように、宇宙人という「究極の外敵」が現れて初めて、人類は国家や人種の壁を越えて団結できるのかもしれない。


しかし、必然的に一つの巨大な問いが生まれる。私たちは団結するために、常に「外敵」を必要とし続けなければならないのだろうか。

ここに、もう一つのアプローチがある。貧困街でその生涯を捧げたマザーの姿勢だ。彼女は生涯を通じて、特定の人間や国を敵とみなして戦うことはしなかった。彼女が向き合った真の敵は、人間の心の中にある「無関心」や「孤立」であった。彼女の手法は、外敵を作って味方を引き締めるロンパール・ムープ実験とは真逆である。敵と味方の境界線そのものを消し去り、全人類を「私たちの家族(内集団)」として包み込もうとする試みだった。


これら二つのアプローチは、有効性の性質がまったく異なる。

短期的かつ爆発的な団結力を生むのは、間違いなくロンパール・ムープ実験型の「外敵アプローチ」だ。人間の「身内を守り、余所者を排除する」という原始的な生存本能に直接訴えかけるため、極めて容易に、そして素早く集団を一つにまとめることができる。ビジネスにおける「打倒・競合他社」のキャッチコピーや、政治における「仮想敵国」や「特権階級」を叩くポピュリズム、選挙のネガティブ・キャンペーンが絶えないのは、この手法が恐ろしいほど効果的だからに他ならない。


だが、この手法は「憎しみ」や「恐怖」を燃料にしている。そのため、外敵が消滅した瞬間に、団結は脆くも崩壊し、再び内輪揉めが始まる。さらには、身内の団結を強める代償として、外にいる人々への過激な暴力や差別を正当化するという致命的な副作用を伴う。


一方で、マザー型の「全包摂アプローチ」は、根本的で持続可能な平和をもたらす。信頼と共感に基づいた繋がりは環境の変化に強い。だが、人間の本能に逆らい、高い理性と倫理観を求めるがゆえに、浸透するには膨大な時間と教育を要する。何より、周囲がその理念を共有してくれない場合、一方的に搾取され、傷つけられるという自己犠牲のリスクがつきまとう。


皮肉なことに、私たちが日常的に利用している空間、SNSの世界は、この二つのうち、前者の「外敵アプローチ」を24時間体制で強制駆動させる巨大な実験場と化している。

SNSを支配するアルゴリズムの至上命題は、ユーザーの滞在時間を最大化することだ。そして人間は、穏やかな正論よりも、怒りや恐怖、そして「正義の怒り」を掻き立てる情報に最も強く反応し、拡散する習性を持つ。人工知能はこの人間のバグを正確に見抜き、対立を煽る投稿をタイムラインに優先して表示する。


私たちは、自分と同じ意見だけが反響する「エコーチェンバー」の中で思考を純化させ、同時に、タイムラインから遮断された反対派の意見を「切り取られた悪意の断片」としてのみ受け取る。こうして、見えない「外敵」は脳内でモンスター化され、ネット上の過激な叩き合い(オンライン・アウトレージ)が正当化されていく。そこにあるのは、ロンパール・ムープ実験の少年たちが、相手の旗を燃やして快感を得ていた構図そのものである。


私たちは今、この本能的な対立の罠から抜け出す岐路に立っている。他者を叩くことで得られる目先の団結や、SNSの「いいね」という安易な報酬に溺れ続けるのか。それとも、かつてないほど分断された世界を繋ぎ止めるために、気の遠くなるような理性を手繰り寄せるのか。

現代において唯一現実的な解決策があるとすれば、それは「ロンパール・ムープ実験の原理を、マザーの目的のために使う」というハイブリッドな視点だろう。戦うべき「外敵」を、同じ人間や特定の陣営に設定してはならない。


気候変動、貧困、深刻な感染症、あるいは人間を分断しようとするアルゴリズムそのもの・・・それら「人類共通の災厄」を上位目標(共通の敵)として見立てることだ。

端末のモニターを眺め、胸の奥に黒々とした怒りや敵意が湧き上がった時、私たちは一度指を止め、自問しなければならない。「私は今、作られた敵に踊らされていないか」と。その一瞬の立ち止まりこそが、私たちが本能の奴隷から脱し、真の理性を獲得するための第一歩となるのである。



「よう、ふたりで何、真面目ぇな顔で話してるのだ?」

アキラ、あなたって本当にノウテンキ、’airheaded’よねえ。

そう、air の代わりに’カプサイシンコーラ’を詰め込んでやりたい!



第2部 093●対’人類仮想敵必要論’ https://ncode.syosetu.com/n1477ma/90/ 参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。