麗しき王女からの転落~無様姫アリシア
後宮で虐げられる女性の描写があります。ストーリー上そのような展開にしましたが、不愉快に思われたなら次をお読みください。作品を読むのに影響はありません。
一応、結末を言うとアリシアさんは後悔のあまり心を病んでバッドエンドです。
「相変わらずつまらない女だ」
小さな家ほどある広さの部屋の巨大なベッドの上で一人の半裸の男が不機嫌そうに吐き捨てた。
「あ、あは、つまらなくて申し訳ありません!頑張りますのでどうか次回もこのアリシアと共に・・・!」
同じく半裸の私は引きつった笑みを浮かべ、その男に情を懇願していた。
ここは他国の屋敷の部屋。
この小太りの男こそ他国の王子・・・金儲けの才能があるが、女癖がとことんひどいクズにして今の私アリシア元第三王女の夫。私はあの事件の責任を取り、今大勢いる側室いや愛人の一人としてここに送られたのだ。だが、待っていたのは当の王子の寵愛を奪い合う地獄だった。
私は外見・中身共にあのヘルガー以上に受け付けない心底嫌いな男に初めてを捧げて以降、つまらない女と侮辱され、放置されたのだ。
そして2回目となる今日王子と寝屋を共にしたが、王子からの評価は最悪だった。今こうして懇願しているのは無論本心ではない。この男に抱かれたいなど微塵も思わない。
だが、相手にされないというのはこの後宮では悲惨な境遇を招くことになるのだ。もうこれ以上みじめでつらい思いはしたくない。
「そういえばお主アリシアという名前じゃったな。忘れとった」
びきっとひれ伏した頭に血管が浮かぶ。こいつは私を辱めてその名前すら知らない!曲がりなりにも他国の王家から嫁いだ姫の名前を!
「しっかし、お主アレイシアと名前がかぶっておるな。紛らわしい。お主もっとふさわしい名前に改名せよ。そうじゃな。アレイシアの飼っている猫に似てるから名前でタマでよいか。よいなタマ」
アレイシアとは側室の一人で大きな胸をした赤毛の美女である。そのペットと似た名前という屈辱にもう何度目かわからない憤怒の感情が胸を焼くが、私はそれを飲み込み、心無い感謝の言葉を述べる。いかに屈辱でもここではそれを是と受け止めねば生きていけぬのだ。
「あ、ありがとうございます・・・これからアリシアは後宮においてタマと改名いたします」
「うむ。しかし中途半端で物足りん、アレイシアのところに行くか。お主はもういいわ。好きにしろ」と自分で名づけた名前ですら呼ばず、振り向きもせず部屋から去って行った。
残ったのは“タマ”という家畜の名前になった私のみ。
ふらふらと歩くと、部屋の姿見が目に入った。そこには、他の側室に比べ、老けて、魅力など全くない、陰気な女がいた。かつての美貌を褒め称えられた王女としての面影などどこにもない。
己のみじめな自分の姿を見て・・・私は心が決壊し、涙が止まらなくなった。どうしてこんなことになったんだろう。なんであんな馬鹿なことしたんだろう。もういやだよぉぉぉ。戻りたい。昔に戻りたいよぉぉ。
くやしさとみじめさで私はぼろぼろと涙をこぼしながら嗚咽した。あの時、一言でも言っていればこんなことにならなかったのかな・・・私はあの時のことを思い出した。
あの忌まわしきから数日後、私アリシア第三王女は今父、国王アラン三世そして2人の姉と長兄の家族に囲まれ、王宮内の会議室にて王族会議・・・いや吊るし上げの現場にいた。なお母は怒りのあまり寝込んで欠席だ。そこに父が口火を切った。
「さて、皆話は聞いているな。そこのバカ娘は。よりにもよって大勢の貴族・・・他国の客人もいる中で不倫相手と一緒になって、自らの婚約者を勝手に婚約破棄した。しかも、その理由は不正によるでっち上げ。さらにだ。その婚約者ヘルガーはかの賢者倶楽部の一員だという。初対面より愚鈍な羊の皮をかぶっているが中身は他の貴族にない聡明な光を見せていたが故、婚約者に見出したが・・・まさか賢者倶楽部だったとはな。儂の見る目が正しかったのは喜ばしいが・・・いずれにせよ・・・この馬鹿はそのすべてを最悪の形で壊したのだ!」
その怒りはかつてないほど凄まじい。かつて何度か叱られたが、今回は最大級である。その言葉にわたしはただ、恐れ震え、うつむいているほかなかった。
「うっわ、最低ぇ。最初は冗談かと思ったけど本当だったんだぁ。アリシア見直したわ。他の人がしないことをあっさりするなんて、そこは痺れるぅ、けど憧れなぁい。あはははは」
この王家らしからぬ言葉遣いの女性は姉にして第二王女イルミア。
対外的にこそ上品ぶっているが、本性は日常的に礼儀作法無視した軽い言動に、奇行を繰り返す馬鹿女である。何度注意されても直らないその言動で婚約者も現れず、私含め家臣の何人かは王家に相応しくない女だと、この馬鹿女を見下していた。
しかし、今はその馬鹿にすら皮肉たっぷりに馬鹿にされている。
なんという屈辱!でも私に反論する権利はないのだ・・・。
「イルミア少し静かに。それで父上。ヘルガー殿は今回の件なんと?」
冷静な口調の美女は長女ウルティミアである。元からクールだったが、その姉はもう私を姉妹として、いや、もはや同じ王族として見ていなかった。
「冤罪の件に関してはもう何もするつもりはないから関わらないでくれとだけ。特例故、勘当を解こうといったが、それもいいと言ってな。正直、もうどうでもいいとのことだ。まぁ、そこだけが救いだな・・・と言いたいが、無関心なのだ。我が国に引き留める理由がないのだ、わが国の賢者倶楽部のメンバーをだ!」
「そうですね。あまりに惜しいですね。とはいえ“賢者倶楽部”に強硬策は愚策ですね。口惜しいが諦めるしかないでしょう。あとはそこの愚妹の処分だけですね」
ウルティミアの双子の兄で、ウル姉様と同じくらいクールなカーティス兄様の“処分”の言葉に大きく身を震わせる。
「ことここにいたっては箝口令は手遅れで無意味。王族が明らかな犯罪、しかも大義なく私情での犯罪を行った以上、なぁなぁでは済ませられないでしょう。この茶番が大勢の前ではなく、我ら関係者だけで行っていたならまだ手もあったんでしょうが」
“全くこの馬鹿は”と言わんばかりの露骨なため息が聞こえる。
「ってことはぁ、やっぱり修道院かな?それよりどこぞの色ボケ親父にあてがうとか?」
「その辺りが妥当でしょうね。王族を監獄送りにしても出た後の処分が困り者だもの・・・さすがの私もこんなバカな先例は聞いたことが無いから、適切な判断に困るわね。一応、恥とはいえ、未来の子孫のために後世に記録しておくことを提案するわ」
「あっははは!アリシアすっごーい!カーの兄貴やウル姉より先に歴史に名を残すことやらかすなんて!ぱちぱちー」
イルミアは天才だ。よくもまぁ、ここまで口調と言葉だけで人を苛立たせられるものだ。あまりの怒りと屈辱と不安と苦悩で気を失いそうだ。
「あの、その父上・・・」
「馬鹿とはいえ、政略婚には使えるだろうからな。わしの方で何人か見繕っておこう」
「あ、あの!」
「黙れ、お前の言葉などここでは必要ない。ここはお前との話し合いの場でも釈明の場でもない。ただ、己の愚かさを知らしめるためだけの場なのだ」
そして父と他の家族は意見を交わしはじめた。もはや私は声をあげても、あのイルミアですら反応しなくなった。
なんで・・・なんで・・・こんなことに。
輝かしい未来。優秀な伴侶を得て、輝かしい未来が待っていたはずなのに・・・なんでこんなことになったのよ・・・なんでなんでよぉぉぉぉおっぉぉぉ!
私は絶叫した。心の内をさらけだす。
「なんでなんでなんでなの!いい男と結婚することが駄目なことなの!いいじゃない!私は姫なのよ!いい男を選ぶ権利くらいあるじゃない!そうだ!グラントはどうしたの?せめてグラントは・・・」
しかし無視。私の心の叫びに家族は一切反応すらしなかった。
そして行われる王族会議。
「それでは解散とする」
呆然とする私は無視されたまま、政略結婚の道具になることに決まり、最後は父様の声で締めくくられ、全員床に座りこんだ私を居ない物扱いして、さっさとドアの向こうに消えて行った。そこに・・・。
「アリシア」
姉ウルティミアの声にもしや助けてくれると思い、期待で顔を上げて・・・私は凍りついた。そこにいたのは恐ろしいまでの氷の眼差しをした魔女がいた。
「あなたは最後まで誰にも謝罪しなかったわね・・・本気で償いたいと思って真摯な気持ちを見せれば変わったかも知れないのに、まぁ、これは貴女のそういうところが招いた事態なのよ。愚かで哀れなアリシア」
それが私が聞いた家族の最後の言葉になった。
そして、意識が現実に戻される。
もう自分にできることはない。未来はあの男に縋り付くことしかできない。
なんという絶望。「謝罪すれば」「本気で償いたいと思えば」その言葉がぐるぐる頭を巡り、思わず私はその場で崩れるように蹲り
「ごめんなさい反省しています許してくださいもう二度としません償います何でもしますだから助けてください本当ですお願いしますごめんなさいごめんなさい反省しています許してくださいもう二度としません償います何でもしますだから助けてください本当ですお願いしますごめんなさいごめんなさい反省しています許してくださいもう二度としません償います何でもしますだから助けてください本当ですお願いしますごめんなさい・・・」
使用人ですら誰もいない部屋で私はダレカに必死に謝罪する。
当然、そんなことに意味がないことは気づいている。でもなんだろう謝罪するたびに何故か罪が軽くなって、何か救われそうな気分になる。私は自分が壊れていくのを気づきながらもその歪な幸福感にひたりながら一人謝罪の言葉をひたすらに繰り返した。
その後、謝罪するということに歪んだ快楽を覚えたアリシアいやタマは誰彼構わず、王子だけではなく、ライバルであるはずの側室だけでなく使用人にすら、どうでもいいことでことあるごとに卑屈でみじめに這いつくばって媚びるように謝罪しまくるようになった。
皆から“無様姫”というひどい蔑称がつけられて面白がられ、そのことに無視され続けたアリシアが構われることに幸せを感じるようになり・・・心を病んだアリシアは馬鹿にされているが注目されていることに歪んだ幸せを感じて今日もひたすらに謝り続けるのだった。
各面々の自業自得物語はここまでです。次回最終話はバッドエンドな話ではなく黒幕?による話となります。




