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第二章「同じ時間、違う意味」

第二章です。


今回は、学校帰りに慎太郎と買い物へ行くお話になります。

前作から少し時間が経って、関係性はそのままなのに、どこか少しだけ空気が変わってしまった――そんな状態からのスタートです。


ただ、直人本人はいつも通りのつもりで動いているので、

その「ズレ」を楽しんでもらえたら嬉しいです。


よろしくお願いします。

 放課後、部室の窓から見える空は、もう少しだけ夕方の色を混ぜ始めていた。


 僕が女の子になってしまった後の文研の空気。

 慎太郎も同じように感じてくれていたことが、少し嬉しかった。


「……なぁ、直人。今日の帰り、どうする?」


 慎太郎にそう聞かれたとき、僕は何も考えずに答えた。


「どうするって?」


「いや、その……本屋とか、行くなら」


「あ、行く」


 ちょうど欲しい本があったし、新刊も何冊か出ていたはずだ。

 駅前の本屋に寄って、それから気が向けば同人ショップも覗く。


 前から何度もやってきた流れだった。


「ちょうど欲しい本あるし」


「そっか」


 慎太郎は少しだけ視線をそらした。

 でも、それ以上は何も言わなかった。


 別に珍しいことじゃない。

 僕と慎太郎は、元々そういうふうに一緒に寄り道をすることが多かった。


 だから、そのときの僕は何も気にしていなかった。


 同じクラスではないけれど、同じような趣味で、同じような話ができる。

 前からずっと、そういう関係だったから。


 校門を出て駅前へ向かう道でも、慎太郎はいつもとそんなに変わらなかった。


 少し口数が少ない気もしたけれど、それも元々と言えば元々だ。

 慎太郎は僕みたいに、思ったことをそのまま口に出すタイプではない。


「そういえば、あの新刊今日だったよね」


「ああ、たしかそう」


「売り切れてないといいけど」


「平日だし、たぶん大丈夫じゃないか」


 そんな会話をしながら歩く。


 途中、信号待ちで並んだとき、慎太郎がチラッとこちらを見た気がした。

 けれど僕が振り向くと、何事もなかったみたいに前を向いてしまう。


「どうかした?」


「……いや、別に」


「変なの」


 そう言うと、慎太郎は少しだけ困ったように笑った。


 やっぱり今日の慎太郎、ちょっと変だな。

 そう思ったけれど、深く考えるほどのことでもない気がした。


 駅前の本屋は、夕方の学生たちでそれなりに混んでいた。


 入口近くの新刊台を見た瞬間、僕は思わず足を止めた。


「あ、あった」


「どれ?」


「これ」


 手を伸ばしたのと、慎太郎が同じ本に手を伸ばしたのは、ほとんど同時だった。


 指先が軽く触れて、僕は反射的に手を引いた。


「あ、ごめん」


「いや、別に……」


 慎太郎もすぐに手を離したけれど、そのあと少しだけ動きがぎこちなかった。


「慎太郎もこれ気になってたの?」


「まあ、前巻読んでたし」


「やっぱりそうだよね。続きどうなるか気になってたんだ」


 パラパラと見本をめくりながら言うと、慎太郎は短く「うん」と返した。


 それから僕たちは、いつものように店内を回った。


 ラノベの棚、新刊コーナー、漫画コーナー。

 ときどき足を止めて、気になる本の感想を言い合う。


「これ、表紙いいよね」


「内容はたぶんかなり人選ぶけどな」


「そうなの?」


「前作、かなり暗かったし」


「じゃあ慎太郎向きかも」


「なんでだよ」


「だって、そういうの好きそう」


 冗談半分で言うと、慎太郎は少しだけ苦笑した。


「否定できないけど」


「ほらやっぱり」


 そんなやり取りをしながら歩いているうちに、僕は二冊、慎太郎は三冊ほど買う本を決めていた。


 その途中、気になる棚があって僕が立ち止まる。


「ねぇ、これとこれ、どっちが面白いと思う?」


 そう聞きながら慎太郎の横へ並ぶと、彼は一瞬だけ息を詰まらせたみたいだった。


「……え?」


「いや、この二つ」


 表紙を並べて見せる。


「どっちもレビュー良かったんだけど、片方しか買えないし」


「あ、ああ……」


 慎太郎は僕の手元を見るふりをしていたけれど、なんとなく落ち着かない様子だった。


「こっちかな」


「どうして?」


「直人、こういうの好きだろ」


「そう?」


「主人公があんまり強すぎないやつ」


「……ああ、そうかも」


 言われてみれば、たしかにそうだった。


「じゃあこっちにする」


 素直に戻すと、慎太郎は小さく息を吐いた。

 何か言いたげだったけれど、結局そのまま飲み込んだみたいだった。

 

 本屋を出たあと、僕たちはそのまま近くの同人ショップへ向かった。


 こっちは本屋よりもずっと人が多くて、棚の間を歩くにも少し気を使う。


「今日は人多いね」


「新刊の日だからじゃないか」


「ああ、そっか」


 並んで歩きながら、新刊コーナーを見ていく。


 同人ショップの空気は、独特だ。

 好きなものだけがぎゅうぎゅうに詰め込まれていて、少し雑然としていて、それが妙に落ち着く。


「あ、これこの前話してたやつじゃない?」


 目当てのジャンルの棚の前で、僕は思わず慎太郎の袖を軽くつかんだ。


「ちょっとこっち見てもいい?」


「……あ、ああ」


 人の流れを避けるように、少し横へ移動する。


 僕はそのまま慎太郎のすぐ横に立って、棚の奥に並んでいる本を指さした。


「ほら、これ。作画すごくない?」


「……近い」


「え?」


「あっ、いや、なんでもない」


 慎太郎はそう言って視線をそらした。


 なんだろう。さっきから慎太郎、やっぱりちょっと変だ。

 でも本の話をしているうちに、少しずついつもの調子に戻ってきた気もする。


「この人、やっぱり構図うまいよね」


「背景の入れ方が上手いんだよ」


「ああ、たしかに」


 ページ見本のパネルを眺めながらうなずく。


 そこには、キリッとしたタイプの騎士風の女性を中心にした、現代モノの能力バトル漫画が写っていた。


「でも、こういうのってなんで人気出るんだろ」


「なんでって?」


「いや、だってこのキャラ、そんなに派手じゃないのに」


「そういうのが好きな人も多いってことじゃないか」


「ふうん……」


 僕は少しだけ考えてから、手に取った本の表紙を見た。


「ねぇ」


「ん?」


「こういうキャラってさ、人気あるよね」


「……そうだな」


「……あ、そうだ」


 そこで僕は顔を上げた。


 通路が狭いせいか、慎太郎が思ったより近くにいて、一瞬だけ目が合う。


「ねぇ、慎太郎ってさ、どんな女の子が好きなの?」


挿絵(By みてみん)


 言った瞬間、慎太郎がぴたりと止まった。


「……え?」


「いや、ほら」


 僕は慌てて手元の本を少し持ち上げた。


「こっちの元気なタイプとか、もっと姉さんっぽいのとか、そういう話」


「……ああ」


 慎太郎は短く返したきり、少しだけ困ったように視線を落とした。


 なんか、変なこと聞いただろうか。


「……あれ?」


「いや、その……」


 慎太郎は言葉を探すみたいに少し黙ってから、


「優しい子、かな」


 と、ぽつりと言った。


「優しい?」


「うん」


「へえ」


 僕は素直にうなずいた。


「慎太郎っぽいかも」


「そうか?」


「うん。なんか、派手な子より、ちゃんと話せる子の方が好きそう」


 そう言うと、慎太郎は今度こそ本当に何も言えなくなったみたいだった。


「……慎太郎?」


「いや……その」


 よく見ると、耳まで少し赤くなっている気がする。

 店の中が少し暑いのかもしれない。


「顔、ちょっと赤くない?」


「気のせいだろ」


「そうかな」


 不思議に思いながらも、それ以上は追及しなかった。


 そのあとも棚を見て回ったけれど、慎太郎はどこか落ち着かない様子のままだった。


 僕が何かを見つけるたびに横へ呼んで、感想を聞いて。

 人が多いところでは自然に距離が近くなって。


 たぶん僕は、いつもと同じようにしていただけだった。


 けれど、その“いつも通り”が、慎太郎にとってはそうではなかったのかもしれないと、僕はまだ考えていなかった。


 店を出るころには、外はすっかり日が落ちていた。


 紙袋を提げたまま駅前の通りを歩く。

 帰り道の空気は、来るときより少し静かだった。


「今日は、結構買ったね」


「直人もだろ」


「でも慎太郎の方が多いよ」


「まあ……」


 会話は続くけれど、どこか微妙に間がある。


 僕にはそれが少し不思議だった。


「どうしたの? なんか今日、ほんとに変だよ」


「そんな変か?」


「うん、ちょっと」


 慎太郎は少しだけ黙ってから、小さく笑った。


「……たぶん、ちょっと疲れた」


「人多かったしね」


「まあ、それもある」


 “それもある”という言い方が、少しだけ引っかかった。


 でも、その正体はよく分からない。


 駅前の分かれ道まで来たところで、慎太郎が立ち止まった。


「じゃあ、ここで」


「うん」


 一緒に歩いていた時間が終わるだけなのに、なぜか少しだけあっけない気がした。


「今日は……楽しかった」


 慎太郎がそう言う。


 その言い方が少しだけ真面目で、僕は一瞬だけ返事に迷った。


「うん、楽しかった。また行こうね」


 そう言うと、慎太郎は少しだけ目を細めて、


「……ああ」


 と答えた。


 それから、何か言いたそうにして、結局そのまま手を振って去っていく。


 僕も軽く手を振り返して、その背中を見送った。


 やっぱり、今日は少し変だった。

 でも嫌な感じではなくて、ただ、何かがいつもと違う。そんな曖昧な違和感だけが残っていた。

 

 「……今の、隣のクラスの慎太郎くん?」


 後ろから声をかけられて振り向くと、彩香が立っていた。


「え、彩香」


「やっぱりそうだ」


 少し面白がるような顔で、僕の隣まで歩いてくる。


「なにしてたの?」


「なにって……帰りに買い物だけど」


「ふーん」


 彩香は、いま慎太郎が去っていった方を見ながら、意味ありげにうなずいた。


「あれ、絶対あんたのこと好きだよ」


「……は?」


 思わず変な声が出た。


「いやいや、そんなわけないでしょ」


「なんで?」


「だって普通に買い物してただけだし」


「普通に、ねえ」


 彩香は、明らかに納得していない顔をしていた。


「ていうか、あんた自分で分かってないの?」


「なにが?」


「距離感」


「距離感?」


「近いんだって、あんた」


 言われても、ぴんとこない。


「別に普通じゃない?」


「普通じゃないよ」


 彩香は即答した。


「特にああいうタイプには効くって」


「ああいうタイプって」


「真面目で、普段あんまり慣れてないタイプ」


 それが慎太郎のことを指しているのは、すぐに分かった。


「でも、慎太郎は前からあんな感じだし」


「だからだよ」


 彩香は、呆れたように肩をすくめた。


「この間まで普通に遊んでた相手でも、条件変われば普通に好きになるでしょ」


「そんな簡単に?」


「簡単に、っていうか、そういうもんじゃない?」


 言いながら、彩香は僕の顔をじっと見る。


「……あんた、本当に分かってないんだ」


挿絵(By みてみん)


「分かってないって言われても」


「まあ、いいけどさ」


 彩香は小さく笑った。


「でも気をつけなよ。無自覚でやってるなら、なおさら」


「なんかそれ、私がすごく悪いことしてるみたいじゃない?」


「してはないでしょ」


 彩香は少しだけ考えてから、


「ただ、あんたって“その気ないのにその気にさせる”タイプかもね」


 と、妙にひどいことをさらっと言った。


「ひどくない?」


「事実じゃん」


「事実じゃないよ」


 即座に否定したけれど、彩香はまったく聞いていない顔だった。


「ま、私は言ったからね」


 そう言って手をひらひら振る。


「あとで“知らなかった”はなしだから」


「知らないって」


 でも、そのあとも彩香の言葉は、頭のどこかに残った。


 慎太郎が、僕を好き。


 そんなこと、あるんだろうか。


 この間まで普通に、一緒にラノベの話をして、一緒に寄り道して、同じものを面白がっていた相手なのに。


 いや、今だってそうだ。


 ただ今日は少し変だったけれど、それでも根本は同じはずで――


 そこまで考えて、僕はため息をついた。


 分からない。


 分からないけど、誰かに聞いてみたくなった。


 その日の夜

 

 部屋で髪を乾かしていると、ちょうど姉が様子を見に来た。


「なに、その顔」


「え?」


「なんか考えてるときの顔してる」


 姉はそう言いながら、僕の後ろに回って髪を軽くまとめる。


「……別に」


「別に、って顔じゃないでしょ」


 鏡越しに見える姉の顔は、少しだけ楽しそうだった。


「で、なに」


 少しだけ迷ってから、僕は口を開いた。


「……普通に一緒に遊んでただけで、好きになるとかあるのかな」


 姉の手が一瞬だけ止まる。


「誰が?」


「いや、誰がっていうか……」


「ふーん」


 そこで追及してこないあたりが、姉らしい。


「この間まで普通に遊んでた相手だよ?」


「うん」


「それで急に、そういうふうになるとか、ある?」


 姉は少しだけ考えるようにしてから、ふっと笑った。


「あるんじゃない?」


「……そんな簡単に?」


「簡単かどうかは知らないけど」


 姉は髪を指で整えながら、軽い調子で言った。


「“普通に一緒にいる”って、それが一番危ないやつじゃん」


「危ないって……」


「だって、特別なことしなくても、気づいたら好きになってるパターンでしょ」


「……でもさ」


 やっぱりどうにも実感がわかず、僕は続けた。


「今まで普通に、男同士で毎日遊んでて、

 しかも、相手もついこの間まで男だったってことも分かってるんだよ?」


「それでも、そうなるものなのかな……」


「さあね……」


 姉は一拍おいてから、少しだけ視線を和らげた。


「でもさ」


「“知ってること”と“感じること”って、別じゃない?」


 そんなふうに言われると、ますます分からなくなる。


「でも、僕は別に……」


「うん」


「そんなつもり全然ないし」


「そうだろうね」


 姉はあっさりうなずいた。


「直人って、そういうの本当に疎いし」


「そこまで言う?」


「言うよ」


 少し笑ってから、姉は鏡越しに僕を見た。


「でもさ」


「……なに?」


「相手がどう思うかは、あんたが決めることじゃないでしょ」


 その言い方が、妙に残った。


 僕にそのつもりがあるかどうかと、相手がどう感じるかは、同じではない。


 言われてみれば当然のことなのに、考えたこともなかった。


「……なんか、面倒くさいね」


 思わずそう呟くと、姉はくすっと笑った。


「人間関係なんて、だいたい面倒くさいよ」


「雑だなあ」


「でも本当でしょ?」


 それは、まあ、否定できなかった。


 姉は最後に髪を軽く整えると、満足したようにうなずいた。


「はい、終わり」


「ありがと」


「どういたしまして」


 部屋を出ていく前に、姉は振り返って言った。


「ま、あんたが思ってるより、人って単純だよ」


「それ、彩香にも似たようなこと言われた」


「そうなんだ」


 姉は少しだけ楽しそうに目を細める。


「じゃあ、たぶんそうなんじゃない?」


 それだけ言って、今度こそ部屋を出ていった。


 一人になったあと、僕は少しだけ鏡の中の自分を見つめた。


 慎太郎が僕を好きかもしれない。

 そんなことを考えるだけで、妙に落ち着かない。


 でも、それは嬉しいとか、困るとか、そういう単純な話でもなかった。


 ただ、今までと同じではいられないのかもしれない、という予感だけが、静かに胸の中へ残っていた。

読んでいただきありがとうございます。


今回はいわゆる「距離が近すぎる問題」と、

「本人だけ分かっていない問題」を中心に書いてみました。


慎太郎の立場からするとかなりしんどい回ですが、

ここから少しずつ関係が変わっていく予定です。


次回は、彩香とのやり取りや、家に帰ってからの話など、

もう一歩踏み込んだ部分に触れていきます。


引き続き読んでいただけると嬉しいです。

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