お互い想定外
緊張が走る。
喉が引っ付いて声が出ない。
呼吸さえ忘れてしまい、膝が笑っている。
『失敗した』。トウマの頭ではその言葉だけがリフレインしている。
世界一救われたい男 伊藤 トウマ 17歳
色気づきそうな17歳の割には1000円カットで3か月に一回切りそろえるだけのちょっと伸び気味のスポーツ刈りに、細面に細い目。
外に出ないわけではないが元来の色白がなんとも虚弱に見せている。
運動は好きではないが、体力はあるほうなのになんとも細い体。
細い自分が好きではないから、選んでしまうオーバーサイズのTシャツは、
センスが無いのでできるだけシンプルなものを選ぶようにしている。
伊藤 トウマはどこにでもいる平均から少し下らへんにいる高校三年生である。
召喚自体は成功だったはずだ。
しかし、呼び出したものがマズかった。
中二病を引きずって4年弱。
研究に研究を重ねた異世界からの召喚魔法。
高3の夏休みの初日にやらかしてしまった感がいっぱいである。
心臓が早鐘を打ち、手足の血の気が引いていく。
『どうする?どうする?』
失敗したの自己否定から一歩進んだ思考は、次の展開を検討する段階に入ったが、
はっきり言って堂々巡りである。
追いつかない思考とは裏腹に、現実の時間が過ぎていく。
「なんだー?大丈夫かー?」
階下から木造の階段を踏みつけながら声が近づいてくる。
父親である。
召喚の際に魔法陣は一瞬の雷鳴に似た轟音と、家全体が雷電に打たれたように閃光を放ったのである。
停電か、感電か、はたまた息子の身に何かが?
焦る様子こそないが、足音の主はあと十秒もしないうちにこの部屋へとたどり着くだろう。
トウマの細い眼はさらに見開かれ思考が加速する。
『どうする?どうする?どうする?どうする?マズイ!マズイ!やばい!マズイ!』
そんなにトウマの頭はよくなかった。
思考は加速するが、選択肢が複数出てくるわけでも、行動力が格段に上がるわけでもなく、ただただ宝くじの当選ばりのラッキーが起こらないか期待するだけの凡人だった。
しかしトウマには幸運の女神がついていた。
否、幸運の女神を召喚することに成功していた。
否、幸運の象徴である。
あられもない姿と言ってしまえば俗世的であるか。
例え荘厳な衣装を纏っていなくても、まるで宗教画のような神々しい雰囲気を醸し出すことができずに、その中年男性は微笑んで立っていた。
世界を救いたい男 相模 フユヒコ 42歳
中肉中背より少し手足は細く、しかしながら胴体にはうっすらふくよかな肉が付き始めている。
肌は荒れてはいないが、最近は傷の直りが遅いのは代謝が落ちているからだろうか?
体力の衰えは感じ始めているが、それは同年代みんなの悩みであり個人に由来するものではない。
幸いにも毛深くなく、頭髪も初見で気づかれるほど薄くないし、白いものもまだまだ少ない。
必ずしも汚らしくは無いが、立派な中年男性である。
着るもの、持つもの、センスがいいわけではないが清潔感だけ気を付けていると、中年はそれなりに見えるものである。もちろん上質なスーツを着ればもっと見目がよくなるかもしれないが、選ぶセンスがないのでこれが限界である。
ひげも普段はきれいに剃り上げているが、さすがに22時過ぎに帰宅した今日はちょっぴりしょじょりし始めているのはご愛敬だ。
丁度、帰宅してスーツを脱いだばかりのため、肌着とブリーフとビジネスソックス。
おっさん王道の姿で召喚されてしまったのが悔やまれる。
ついでにせめてシャワーを浴びてから召喚されたかった。
まぁ、いい。
まずは、目の前でテンパっている青年の願いを叶えてやろう。
毎日のように異世界に召喚されることを願っていたフユヒコには覚悟ができていた。
また、20年近く社会でもまれてきたため対応力があり、度胸もあった。
選択肢はいくつもある。
ただ、取るべき道はある程度絞られる。
愚策。
異世界だからと言って、全てが都合よくいくものではないこと。
刹那的な思考や衝動的な行動をとるべきではない。
フユヒコは分別も持ち合わせていた。
落ち着いて息を吸い、ゆっくり長く吐く。
大まかな数パターン。派生する細かなパターン。
数秒後、数時間後、数日、数年。
未来まで見据えて行動を選択していく。
「こうするべきかな?」
数瞬の逡巡ののち、トウマの目をしっかり見てニコリと口角をあげてほほ笑んだ。
トウマと目が交錯する。
まだ若い、人生経験もなく追い込まれたトウマの焦りとは裏腹に、
フユヒコは落ち着き払って言葉を伝える。
「後は任せたよ」
「・・・え?」
そう言ってフユヒコはトウマの横を一歩二歩と素通りして、
押し入れの扉を押し開き、布団の奥へとその肢体を潜り込ませた。
「ちょっ、・・・なんっ」
トウマの思考は追いつかず、意味のない言葉を発してしまう。
非難しようとしたのか、理由を問おうとしたのかも自分にもわからない。
しかし、その数秒の間にフユヒコはほの暗い押し入れの奥からふすまに手をかけて、
ぴしゃりと扉を閉じてしまった。
せっかく召喚した異世界人は逃亡を図り、事後処理をそのままトウマに押し付けてしまったのである。




