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9.最果ての集落にて


 さて、今回の旅もいよいよ大詰め、これから一番遠くにある転移の門に向かいます。


 ここから最果ての集落まで丸一日、そこから大山脈を超えた向こうは辺境と呼ばれています。辺境に住む魔族たちは魔王の統治から外れており、そのためわたくしにも辺境がどうなっているかは分かりません。最悪敵対されることも覚悟しておくべきでしょう。


 そして辺境に入ってから転移の門まではルーの翼で丸二日。わたくしたちだと一週間くらいかかる距離ですが、ルーは持久力と速度に優れているので時間を大幅に短縮できます。さすがですね。小回りが利かないのと広い場所でないと着地できないのが玉に瑕ですが。




 まずわたくしたちは最果ての集落から少し離れた草原でルーから降り、そのまま最果ての集落に足を運びました。


 この集落の近くには大山脈と辺境をつなぐ洞窟があるため、そこを通じた辺境との交易がさかんになっており様々な種族の者が行き来しています。基本的に魔族は同じ種族で固まって生活するのですが、ここでは様々な種族が一緒に行動していることも珍しくないようです。


 お陰でわたくしたちもそこまで目立たずに済みました。うっかりわたくしが魔王だとばれてしまえば、なぜ魔王がこんなところにいるんだ、という話になり、芋づる式に勇者の話まで公になってしまいかねません。それは避けたいです。無用な混乱を招きかねませんから。




 そうして無事集落に入ったわたくしたちは、二手に分かれて集落内で物資を補給しながら、周りの喧騒に耳を澄ませました。情報収集が半分、好奇心が半分です。


「……で、もう飛び去ったって?」

「ああ、珍しいな」

「何をしに来てたんだろうな」

「このあたりは気候が悪くて飛びにくいし、ルフ族は珍しいよな」


 ……どうやらルーが話題になっているようです。彼の巨体は目立ちますからね。幸い、わたくしたちがその大きな鳥に乗ってきたことはまだばれてはいないようです。


 それにしても色んな種族がいます。今までに見たことのない種族もたくさんいるのできょろきょろしていると、いきなり兄様に腕をつかまれました。


「こら、珍しいのは分かるが、あまりふらふらするな」


 どうやら周りに気をとられていた間に、わたくしは人の波に流されかけていたようです。片腕に買った物資を持っていた兄様はそのままわたくしを引き寄せると、空いた腕をわたくしに差し出してきました。


「ほら、つかまってろ。はぐれたら危ないからな」


 わたくしは大人しく兄様の腕に手をかけました。しかし人通りが多いので、いつの間にかわたくしは人に押されるようにして兄様にしがみついていました。もうこれは、腕を組んでしまった方が早いですね。手をかけているだけでは何かの拍子にはぐれてしまいそうです。

 そうしてわたくしがしっかりと腕を組むと、兄様の体が一瞬こわばったような気がしましたが、すぐに力が抜けたようでした。


「あー、そうきたか……もう子供じゃねえのにな……まあいいか、とっととカティたちに合流するぞ。あっちの方で食料を買い出してるはずだ」


 兄様はそう言って、わたくしの歩調に合わせて歩き始めました。


「こうしていると、何だか子供の頃を思い出しますね」

「確かにな。お前は臆病な子供だったから、ちょっと遠出するときはいつもこうやって俺にしがみついていたっけな」

「兄様はあの頃からずっと頼りになる人でした」

「おう、もっと頼ってくれてもいいぞ」


 兄様が胸を張るのが腕ごしに伝わってきました。


「子供の頃、か。あいつら元気にしてっかなあ」


 あいつら、とは兄様と同様に魔王城に呼ばれた子供たちのことでしょう。彼らはある程度大きくなるまではわたくしたちと一緒に魔王城で生活していましたが、成長とともにそれぞれの道を見つけ、一人また一人と魔王城を出ていきました。あの時の子供たちで、今もわたくしのそばにいるのは兄様だけです。


「悪い知らせは聞いていないので、みな元気にしているとは思うのですが……一度みなで会いたいですね」

「そうだな。なあお前、勇者のあれこれが片付いたら、一度あいつら集めて宴会でもしないか」

「宴会って」

「宴会は宴会だよ。勇者の問題片づけた後なら、お前もゆっくりできるだろ?」

「まあそうですが」

「だったら決まりだ。いやあ楽しみだなあ」


 そこからわたくしと兄様は昔話に花を咲かせました。兄様の突拍子もない提案には少し驚きましたが、案外悪くないかもしれません。




 人込みに揉まれながらもどうにかこうにかカティを見つけた時、彼は一人の魔族と話し込んでいるところでした。彼から少し離れたところで待っているパーシェとレッガにそっと目で合図を送り、わたくしと兄様も彼女たちに合流しました。

 やがてカティが話を終えてわたくしたちのところに戻ってきました。少し頬が上気していうようです。何か良い話が聞けたのでしょうか。


「朗報です、この辺りの現在の地形が判明しました!」




 戻ってきたカティを加えてわたくしたちは話し合いを始めました。彼の説明によれば、辺境の地では何もかもが不定期に変化しており、地形すら突然変わってしまうのだそうです。そして住民たちも、その時々で自らに適した土地に移動しているのだとか。


「へえ、そういうもんなのか。俺は大山脈の向こうは一面の荒れ地だって聞いてたけどな」

「わしが聞いた話では、最果ての集落から大山脈の洞窟を抜けると、うっそうと茂る深い森がずっと続いているとのことでしたが」


 辺境について少しは知っているらしい兄様とレッガが、それぞれ正反対のことを言っています。これも地形が変化しているせいでしょうか。


「それはどちらも真実でしょうね。そして今は、辺境の地は広い範囲で花畑になっているそうです」

「花畑? 綺麗ですねえ」


 あまり話し合いに参加する気がないパーシェがのんびりと感想を述べています。カティはそんな彼女に少し苦笑したあと、さらに説明を続けました。


「辺境の地の魔族は魔王の統治下にない上に地形が変化して危険なので、ここまで斥候を出せなかったんです。そのため辺境の地形が今どうなっているかは把握できなかったんです。ですが先ほど聞いた話が確かなら、門のあたりまで花畑でしょう」


 ルーの翼で二日かかる範囲がずっと花畑、というのも上手く想像できませんね。どれだけ広大な花畑なのでしょうか。


「そういえば、住民も地形の変化に合わせて移住しているとあなたは言っていましたが、一面の花畑ということは、今の住民はフローラ族でしょうか」

「ええ、おそらくは」

「フローラ族ならわたくしとは遠縁ですし、頼めば力も借りることができるかもしれませんね」


 わたくしは妖精族ことフェアリー族の出で、一方のフローラ族は花妖族とも呼ばれるフェアリー族と似た種族なのです。と言ってもフローラ族は花の多いところにしか住み着きませんので、生まれてこの方魔王城とその周辺からほとんど出たことのないわたくしは彼らに会う機会はありませんでしたが。


「花妖ねえ。あいつら騒がしいからちと苦手なんだよな。パーシェ、お前と話が合いそうなやつらだぞ」

「私はガイア族が好みなのでー」


 兄様は正式にわたくしの護衛になるまでは任務であちこち飛び回っていたので、フローラ族のことも知っていたようです。


「ともかく、花畑であれば気性の荒い種族が住み着いている可能性は低いでしょう。それが分かっただけでも収穫です」


 そう言ってカティは話し合いを締めくくりました。安心したような表情を浮かべています。


「ふわあ、話し合い終わった? 魔族が多くて私疲れたよお。宿をとって休もうよ。久しぶりにベッドで寝たい」


 緊張感が皆無のパーシェが大あくびをしました。確かに、言われてみれば結構疲れています。これだけ多くの魔族が一か所に集まっていることはそうそうありませんし、今までさんざん人込みにもまれてきましたから。


 そういう訳でわたくしたちは、話し合いを切り上げて宿を探すことにしました。




 この最果ての集落は交易が盛んであることもあって、意外とたくさんの宿がありました。相談の上、そのうちの一軒に五人一緒に泊まることにしました。男女一部屋ずつです。カティは「もう少し高級な宿はないのか……」とつぶやいていましたが、今のわたくしはお忍びのようなものですので贅沢は言えません。

 そうして最果てにしては豪華な、ただし魔王城と比べると質素な部屋にパーシェと共に入り、ベッドに腰を下ろしました。


「……固いですねえ」


 パーシェは開口一番そう言い切りました。確かに固いです。思えば野営では地面に設営した天幕で寝ていましたが、敷いていた魔界羊の毛皮がとびきりふかふかとしていたので、地面の固さはさほど気になりませんでした。


「……レッガのとこ行って毛皮借りてきます」


 そう言って彼女は部屋を出て行ってしまいました。彼女も同じ事を考えていたのでしょう。しかしここで毛皮を借りてきてどうするのでしょうか。まさかベッドの上に敷くのでしょうか。天幕に敷いていた毛皮は魔界羊数頭分の毛皮をつないで作られた一枚きりなのですが。


 と、すぐにパーシェが戻ってきました。両手いっぱいに毛皮を抱えてご機嫌です。そしてなぜかカティもついてきています。

 カティはわたくしたちの部屋を一瞥すると、部屋に二つあるベッドの片方を動かし、二つをぴったりくっつけて並べてしまいました。そこにパーシェが毛皮を敷き詰めます。カティが満足そうにうなずいています。


「これで多少は寝心地が良くなったでしょう」

「わーいリュリ様、ふかふかですよ! 今日も一緒に寝ましょうねえ」


 これでいいのか、と思わなくもないですが、二人が満足そうなので深く追求しないでおきましょう。



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