8.麗しき地下世界
ウンディーネ族の元を発ってから四日後、ついにわたくしたちはガイア族との合流地点にたどり着きました。
ただルーの背中に乗って運ばれる日々を繰り返していくうちに、わたくしたちの暇つぶしはどんどん大掛かりになっていきました。
兄様とパーシェは走り込みなどの基礎訓練では物足りなくなったのか、ルーの背中で手合わせを始めました。勝負に夢中になっていても足を踏み外したりしないのはさすがです。
そしてレッガは空いた時間の大半を食事の仕込みに費やし、おかげで食事がずいぶんと豪華になってきました。ルーに許可を取って背中の上で煮炊きを始めたときはさすがに冷や冷やしましたが。
わたくしも持ってきた本は大体読み終えましたので、趣味と実益を兼ねた編み物に勤しむことにしました。魔力を細い糸に変換してそれを編むことで、いざという時に魔力源として使える布が出来上がるのです。子供のころから色々と試作してきたので、今ではちょっとした職人並みの腕はあると自負しています。完成品は収納魔法を使って空間の狭間にしまい込んでいます。こうしておけば、いざという時いつでも取り出すことができますから。
そして今わたくしたちがいるのは高山地帯の端の方、そこまで吹雪が強くなく、かつルーが着地できるだけの広さがある高原でした。ルーから降りてそこで待っていると、わたくしたちのすぐ目の前の地面が盛り上がり、中から人の姿をしたものが出てきました。
その方は陶器のような肌をした中年の男性で、瞳や髪は色とりどりの宝石です。まあ、なんてきれいなんでしょう、わたくしがそう思ってふとパーシェを見ると、彼女は今までに見たことのないような陶酔した笑顔を浮かべていました。
「パーシェ、どうしました」
「ふ、ふふふ、ふふふふ……ガイア族って素敵ですねえ」
「落ち着きなさい、パーシェ。確かにガイア族はとても綺麗ですが、そもそもあれは『ごつごつ』ではないのですか? ごつごつよりふわふわの方が素敵だと、この前言っていませんでしたか」
「これは『きらきら』です。とっても素敵です」
わたくしたちの会話を聞きつけたのか、ガイア族の方が優雅に一礼した。
「お褒めいただき恐悦至極。我らガイア族、この美しくも冷たき体に誇りを持っておりますゆえ」
「ひんやりですかあ。ひんやりきらきら、いいですねえ」
「ガイア族の方、早速ですが門まで案内していただけませんか」
パーシェを放っておくといつまでも話が進まないと判断したのか、カティが割り込みました。
「ええ、魔王様のお望みとあらば喜んで。入り口はあちらです。どうぞ私についてきてください、目的地までご案内いたします」
そしてガイア族の方がやはり優雅な歩みで山腹の洞窟にわたくしたちを案内してくれました。
入口からのぞくと、真っすぐな通路が奥深くまで伸びているのが見えます。通路の天井は低いですが、一番背の高い兄様でも問題なく歩けるだけの高さがありました。その内側の壁はとても滑らかで、よく見ると側壁には細かな彫刻までされていました。
ここは洞窟というよりむしろ魔王城の廊下に似ています。いえ、魔王城は古びている分こちらの方が美しいかもしれません。
わたくしたちは魔法で明かりを灯し、こつこつと足音を立てながらその通路を進みました。道中、ガイア族の方がこの通路について説明してくれました。
「この通路は魔王様からの要請を受けまして、我らガイア族が一族秘伝の魔法をもって掘りあげたものにございます。魔王様のおなりの際失礼なきよう、細部まで気を配っております」
ガイア族に案内を頼んだのは数日前だったと思うのですが、その短期間にこれだけのものを作り上げるとは、ガイア族の秘伝の魔法とは素晴らしいものなのですね。
「本当に細部まで凝ってやがるな。しかもそっちの壁の浮き彫り、同じ模様の繰り返しじゃなくて一枚ごとに模様を変えてあるじゃねえか。ん、もしかしてこれは物語仕立てになってんのか? よくやるぜ」
「ありがとうございます。魔王様が歩かれる際、少しでも御目を楽しませることができればと」
見かけによらず細かいことまできっちり気が付く兄様がそう指摘しました。兄様も、この装飾の見事さには感心しているようです。
「しっかし、あんたらよくここまでやったな? あんたらは勇者が来ちまってもそこまで困らないだろ? 岩の中に逃げ込めるんだし。ここまで岩を見事に掘れるんなら、その魔法を使って門を岩で埋めちまえばそれで済む話だろ」
兄様が指摘しました。言われてみればそういう方法もありそうですね。
「いいえ、それは違いますミノタウロス族のお方よ。私たちが岩の中に逃れても、その岩ごと砕かれてしまえば終わりです。それに岩を魔法で動かせるのは私たちだけではありません。私たちより魔力に劣る人間の魔法使いであっても、時間をかければ私たちが積み上げた岩を排除することも可能です。手間はかかりますが、門そのものを封鎖することが最も安全かつ確実なのですよ」
「そういうもんなのか。俺は魔法は不得手だからそういうのはよく分からなくてな」
「誰にも得手不得手はございます。私たちは岩を操る魔法で魔王様のお役に立つ。あなたはその力で魔王様のお役に立つ。ただそれだけのことでしょう」
「あんた、いいこと言うじゃねえか」
兄様はガイア族の方に好感を持ったようです。わたくしも同感です。洞窟の装飾に対する過度のこだわりには少しついていけないものを感じますが。
岩の中の通路は結構長かったのですが、様々な装飾を眺めているうちにあっさり目的地についてしまいました。どうやら山二つ分の距離を歩いていたようですが、地下をまっすぐ歩いていたこともあり、とてもそんなに歩いたとは思えませんでした。
なにせ、歩くのがあまり好きではないパーシェも道中一度も文句を言わなかったほどです。まあ彼女はガイア族の方に目が釘付けになっていたようですが。
その目的地は通路の行き止まりにある小さな広間のようでした。ガイア族の方は立ち止まると、大仰な仕草で上を指し示します。
つられて見上げると、装飾の施された広間の壁はずっと上に伸びていて、その先は暗がりの中に消えていました。どうやらこの広間は、今まで通ってきた通路と同じようなつくりの縦穴になっているようです。
「この広間を上に進み、地上に出たところに転移の門はございます。出口と門を囲むように壁を作っておきましたので、ここから門まで吹雪に煩わされることなく飛ぶことができるでしょう」
「ありがとうございます。あなたがたの協力、感謝します」
「いえ、魔族たるもの魔王様のお呼びにはせ参じるのは当然のことにございます」
ガイア族の方はそう言うとそっとひざまずき、わたくしの手を取って甲に口づけを落としました。ちょっぴり気障な方です。そして本当に冷たい体なのですね。あと兄様、これは忠誠の口付けなのでいちいち反応しないでください。
今回、転移の門に向かうのはわたくしとカティ。この二人で門を封鎖します。そして護衛にパーシェ。兄様とレッガは下で留守番です。
兄様は俺も連れていけと主張していますが、わたくしもパーシェも、兄様を抱えて飛ぶのは大変ですし、今は少しでも魔力を温存したかったので飛行の魔法で運ぶのも避けたいです。なので、兄様の主張は聞かなかったことにしました。
カティは軽く伸びをすると、目を閉じ全身の力を抜きました。その姿がどんどん縮み、最後には一匹の猫になりました。毛並みは青灰色、瞳は黄色と緑。カティと同じです。彼の変化の魔法、久々に見ました。
「カティ様すっごい……変化の魔法、でしたっけ?」
「そうですね。複数の本質を持つ魔族にしか使えない特殊な魔法です。普段の姿とは異なる他の本質の姿をとることができるというものです。わたくしも一応使えますよ、羽が消せるだけですが」
『私は猫にしかなれないんです。どうせなら人型にも変われればもっと便利だったんですけどね。さあリュリ様、そろそろ行きましょう』
猫になったカティが魔法で話しかけてきました。わたくしはカティを抱き上げ、パーシェと共に上へ飛んでいきました。
転移の門についてからの作業は前回と同じでしたが、カティが前回の封鎖を踏まえて効率よく動く方法を考えてくれていましたし、わたくしも二回目で慣れてきていたので思ったより順調に封鎖することができました。
これで二つ。この調子で頑張れば、勇者が来てしまう前に全ての門を封鎖できるでしょう。そうすればいつもの生活に戻れますね。平和が一番です。




