7.それぞれの過去
転移の門の封鎖で消耗した魔力もぐっすり眠って回復し、疲れも抜けてさっぱりとした気持ちで目覚めたわたくしが最初に目にしたものは、ルーの背中で車座になってうんうん唸っているみなの姿でした。
「どうしたのですか?」
そうわたくしが尋ねますと、代表してカティが口を開きました。
「次の転移の門で少々問題が発生しています。次の転移の門は高山の谷間にありますので、当初の予定ではルーにその真上まで行ってもらい、そこから魔王様に降りていただこうと思っていたのですが」
そう言ってカティは何かを差し出します。彼の手のひらに載せられた水晶玉に映っているのは一面の白でした。よく見るとそれは猛烈に吹きすさぶ雪で、大量の雪片の間からちらちらと白く覆われた岩山が見えます。
「現地の斥候から送られてきた映像です。見ての通り天候が最悪で、おそらく私たちが到着するまでにこの吹雪が止むことはないでしょう。これではルーが上空で待機するのも難しいですし、魔王様が飛んで降りるのも危険です」
確かに、風の魔法で身を守りながらであっても、この吹雪の中を飛ぶのは骨が折れそうですね。
「でしたら、歩いていくほかないでしょうな」
レッガが言いました。その横でパーシェが眉をしかめています。
「歩くのー!? 嫌だなあ、結構な距離歩く羽目になりそうだよお」
「残念ですが歩くしかなさそうです。今あちらに連絡をとって、ガイア族に地下から案内してもらえるよう頼んでいるところです」
地精族ことガイア族は住みかである高山や地下から滅多に出てきませんので、わたくしも会うのは初めてです。今回の旅は勇者の侵攻を阻止するためのものですし、本来なら楽しむようなものではないのですが、こうして新しいものと出会えるのはやはり心躍ります。
「どうにかして根性で飛んでいけないかなあ」
歩くのがあまり好きではないパーシェはまだごねていますが。
そうして今後の道程に少しばかり変更が加わりましたが、現地に着くまではやはり同じ日々の繰り返しのままでした。めいめい思うように時間をつぶしている中、珍しいことにカティがルーの首元を離れ、わたくしたちのいる背中の方に歩いてきました。
「あっれーカティ様、どうしたんですかあ」
彼に一番に気づいたのは、ルーの背中で長距離走の練習をしていたパーシェでした。どうあっても歩くことになりそうでしたので、足手まといにならないように鍛えることにしたのだそうです。
「ちょっと休憩だよ。休めそうなうちに休んでおかないと」
いつも勇者や転移の門について情報を集め続けているカティは足を投げ出してルーの背中に座り込みました。彼がこういう座り方をするのは珍しいことです。いつもならきっちりと足を崩さずに座りますから。やはり彼も慣れない旅と情報収集で疲れているのでしょう。
「おお、珍しいなお前が休憩だなんて」
「ベル殿、僕だって休憩するときくらいあるんですよ」
兄様も鍛錬の手を止め、カティの横に座りました。にやりと笑ってカティの方を見ています。
「いやあお前がまともに休憩してるとこなんて滅多に見ないぞ。……そういやお前、リュリの補佐についたのは割と最近だったよな?」
「ええ。僕はリュリ様が初めて魔王としての職務につかれる際に、広く魔界全土から選ばれた事務方の一人だったんですよ。そこから取り立てていただいて、今ではリュリ様の補佐役を務めさせていただいています」
ふと、カティが目を伏せて切なげな顔をしました。何かを思い出しているのでしょうか。それにしては悲しげなのが気になります。
「あー、そんなこともあったな。あれは数年前だったか、リュリが正式に魔王の仕事をするって話になって、いきなり魔王城にかたっ苦しい文官がわらわら湧いてきたことがあったなあ。あの時はさすがに驚いたぜ」
兄様が懐かしさとわずらわしさがないまぜになった表情を浮かべます。そしてその表情は少し苦いものに変わりました。
「俺はリュリが子供のころから、ずっとお守り兼護衛として傍にいたが、魔王の仕事には一切関わらずにきたからなあ。あの時は、俺もちっとばかり事務作業を覚えておくべきだったと後悔したもんだぜ」
そんな兄様には目も向けず、パーシェがふと気づいたことをカティに尋ね始めました。
「あれ、だったら魔王城に来る前のカティ様ってそれまでどこに住んでたんですかあ」
「僕は……普通に、仲間と暮らしていましたよ」
「普通に暮らしてた? にしちゃあお前、書類仕事がやたらと得意だよなあ。 ワーキャット族っていやあのんびり昼寝するのが好きな種族じゃなかったか? どう見ても実務向きの種族じゃねえだろ」
「僕は一族の中でも変わっている方でしたから」
カティの声が固くなっています。よく見ると尻尾も小刻みに揺れています。顔には出ていませんが、どうやら彼はいらだっているようでした。カティは昔のことを話したがらないので、根掘り葉掘り聞かれたくはないのでしょう。
実際、わたくしも彼については離れて暮らす母親がいることくらいしか知りません。もっと知りたいと思ったことはもちろんありますが、彼にはぐらかされてしまったのです。
とにかく、そろそろ助け舟を出すべきでしょうね。このままではカティは休憩できませんから。
「ところでパーシェ、あなたの方は魔王城に来る前どうしていたのですか」
彼女の過去については大まかには聞いていたのですが、この機会にちゃんと聞いてみることにしました。上手くいけばカティから話をそらせるでしょうし。
「あ、リュリ様聞きたいですか?」
狙い通り、カティに張りついていたパーシェがこちらを向きます。兄様もパーシェの方を見ました。二人から解放されたカティはほっとしているようでした。
「リュリ様にはお話ししたかもですけど、私は魔王城の隣町の生まれなんですよ」
魔王城は過去に幾度か勇者に攻め込まれていますので、城は高い防壁にぐるりと囲まれており、城下町などはありません。その代わりに、魔王城のすぐ裏手の森に隠れるようにして隣町ができており、この隣町が城下町として機能しています。この隣町には魔王城に物資を運んできた商人が泊まる宿屋がありますし、魔王城で働く下働きのものが家族と住んでいたりもしています。
「おじいちゃんが警備隊として先代の魔王様にお仕えしてたんですよ。それで、あれは私がちっちゃい頃のことでした」
パーシェが語り始めました。みなそちらに引き込まれています。カティがこちらに目配せをしました。話をそらしていただいてありがとうございます、といったところでしょうか。
「普段町で見かけない子たちが何人か町に来てたので、一緒に遊ぼうと声をかけたんです。そしてみんなで遊んでたんですが、うっかり私が転んじゃって。そうしたら魔法でその傷を治してくれた子がいたんです。私より少し年上で、とってもきれいで儚げな、思わずみとれちゃうような子でした」
ここでパーシェがちらりとわたくしを見ます。この話は初めて聞きますね。
「その子たちと別れたあと、大人たちが教えてくれたんです。あれは魔王様だよって」
パーシェは感極まったように身をよじると、座ったままわたくしのところまでにじり寄ってきました。確かに、私は子供の頃から時々隣町に連れ出されていましたし、言われてみればそんなこともあったかもしれません。
「私、その時に見た魔王様のことがどうしても忘れられなくて、大きくなったら魔王城で働こうって思ったんですよう。だから、こうしてリュリ様のおそばにいられるようになって嬉しいんです」
そのままきゃあきゃあと歓声をあげながらパーシェが抱き着いてきました。そんな彼女を見ながら、兄様があきれた声で言いました。
「お前、そんな前からリュリのこと見てたのかよ。というかその場、俺もいたぞ。やかましくてどんくさいハーピー族がいたのを覚えてるが、あれお前だったのか」
「ええーっ、子供のころのベル様とか全然覚えてませんよお」
と、そこでレッガが考えながら口を開きました。
「パーシェ殿は隣町の出身でしたか。ならばわしもあなたと出会っておったかもしれませんな。わしは魔王城に物品を運ぶ旅団に所属しておりますし、たまに隣町の宿屋の厨房にも入りますからな」
「そうそう、やたらと上手い飯を作るブラウニー族が、時々赤い屋根の食堂で料理を出してるって噂になってたもんな。その噂を聞いて飯食いにいってお前と知り合ったんだった。懐かしいぜ」
「えっ、あの食堂のすごいご飯、レッガのだったの!?」
「パーシェも心当たりがあるのですか?」
「はい。その食堂、普段のご飯もおいしいんですけど、月に一度くらい特別な料理人が来てるとかでものすごくおいしいご飯がでて、その日は一日中大混雑なんです。そっか、あれがレッガだったのかあ」
「でもいいことを聞けました。この旅が終わったら、きっとレッガの食事が懐かしくなるだろうと思っていたのです。そうなったらお忍びで隣町に行けばいいのですね。その時はみなで一緒に行きましょう」
「わあ、楽しみです」
「おうよ」
即答するパーシェと兄様。なぜか少しためらっているのかわずかに目をそらしているカティに、わたくしは声を掛けました。
「カティ、あなたも一緒に行きましょうね」
「……はい、喜んで」
そうしてこの日も、それまでと同じように和やかに過ぎていきました。




