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40.死闘


 わたくしの魔力をありったけ注いだ風の刃は、宰相の衣を大きく切り裂きました。しかしその下の体には傷一つつかず、血の一滴も流れることはありませんでした。

 あっけにとられるわたくしの目の前で、宰相はまた愉快そうに笑ってみせました。


「私は勇者の力を奪ったといっただろう? 肉体の強さも、一部ではあるが奪っている」


 それで納得がいきました。クリスが歴代の勇者に比べて弱かった理由が。


 わたくしの攻撃を悠々と受けた宰相は、余裕たっぷりの動きで腰に下げた剣を抜くとわたくしの目の前に突きつけました。


「ことと次第によってはお前は生かしてやってもいいかと思ったが、お前がいては勇者を殺す邪魔になるな。お前にも死んでもらおう」


 その瞬間、クリスがわたくしと宰相の間に割り込みました。わたくしに向けられた剣が、クリスの剣にはじかれて横に逸れました。


「彼女に手を出すな! お前の狙いは俺だろう! リュリ、一度下がって」

「ほう、仲の良いことだ。かつて私は魔王がお前について人間界まで来たことを知って、お前たちに揺さぶりをかけてやろうと思いあの命令書にその魔王の名を書いたが、本当にお前たちは通じていたのだな。それも私の思っていた以上に親しいとみえる。勇者と魔王がな。いや、愉快だ」


 そしてクリスは宰相と切り結び始めました。見たところクリスが若干不利なようです。宰相がクリスからかすめ取った力はそれだけ大きなものだったのでしょう。


 けれどわたくしはすぐにクリスに加勢するのではなく、数歩下がると目を伏せ呼吸を整えました。そのまま頭の中で言葉を紡ぎます。

 わたくしの両手の指先から銀色の光が糸のように伸び、絡み合って一つの塊を形作りました。魔力の月鎖と対をなし魔王に受け継がれる魔法の道具、白銀の月牙です。


 持つ者に合わせて形を変えるこの武器は、わたくしの手の中で銀色に光る突剣に変わりました。手を守る大きなつばから刀身まで、細かな装飾が全体に施されています。

 先ほどの魔法は防がれてしまいましたが、持つ者の魔力を吸って切れ味を増すこの剣であれば、宰相に傷を負わせることができるかもしれません。


 クリスの方を見ると、彼は徐々に追い込まれていて既にいくらか手傷を負っていました。急がなくては。




 わたくしは魔力の月鎖から得た魔力を白銀の月牙に注ぎました。そして羽を広げると飛びあがり、急降下しながら再度宰相に突撃しました。

 クリスと剣を交えていた宰相は、突然舞い降りてきたわたくしの攻撃を避けきれず、わたくしの剣先が宰相の腕をかすめました。

 小さな手ごたえがあり、かすめた腕から血がにじみ出るのが見えました。さすがに白銀の月牙は防ぎきれないようです。これなら戦えます。


 わたくしはクリスのそばに着地すると彼の傷を手早く癒し、再度身構えました。




 それから、わたくしとクリスは二人一組で戦い続けました。クリスは宰相の攻撃を受けることに専念し、隙をついてわたくしが全力の一撃を叩き込みます。


 けれどわたくしは元々そこまで剣術に長けている方ではないので度々かわされてしまいますし、当たってもかすり傷しか与えられません。

 クリスは防御に徹していますが、それでも時折受け損なった剣先が体をかすめています。宰相は立て続けに攻撃を繰り出してくるので、傷を癒す暇すらありません。


 しばらく戦っている間に、わたくしの息が上がってきました。クリスと宰相はまだまだ体力が残っているようで、最初と変わりなく打ち合っています。クリスが目で合図してきました。一度下がれ、という意味でしょう。




 わたくしは宰相の相手を少しの間クリスに任せることにして後ろに下がり、息を整えながら周囲の様子を確認しました。

 どうやら大勢は決したようで、先ほどまで乱戦になっていた戦場は、もうわずかな小競り合いを残すのみとなっていました。今無事に立っているのはほとんどが魔族です。


 無傷のパーシェがふわりと舞い降りてきて、わたくしの体を気遣っています。彼女はクリスと宰相の方を見やって小声で尋ねました。


「あの、もう人間側の負けが決まっちゃったみたいですけど、宰相は降伏とかしないんですかねえ」


 そのいつも通りののんびりとした口調が、なぜか今はとても心にしみました。わたくしはクリスたちから目を離さないまま横に首を振ります。


「先ほど宰相の話を聞きました。彼はここでクリスを殺すつもりです。そしてわたくしのことも」

「何ですかそれ!? あんなおじいちゃんにそんなの無理ですよお」

「無理でもないかもしれません、宰相は勇者の力で強化されていますから。先ほどもわたくしの魔法が防がれてしまいました。この白銀の月牙でもかすり傷しか負わせられません」

「え、それ使ってかすり傷だけですか!? うーん、リュリ様の魔力でも足りないんですかねえ」


 わたくしは魔力の月鎖を着けてはいますが、これは魔力を供給するだけのものであって、魔力の最大値を引き上げるものではありません。もっとたくさんの魔力を白銀の月牙に注ぐことができれば、宰相を討つこともできるかもしれないのですが。


 もっとたくさんの魔力。その時、わたくしの頭の中にある考えが浮かびました。わたくしはパーシェに思いついたことを耳打ちすると、彼女は分かりました、と言って後ろに下がりました。そのまま手すきの魔族たちのところに向かいます。彼女の話を聞いたらしい魔族がそろそろと移動を始めました。




 わたくしはまた白銀の月牙を構え、クリスの援護に戻りました。パーシェたちの準備が終わるまでは体力を温存しておきたいので、先ほどのように全力で突撃するのは控えることにしました。けれど魔族たちの動きに気づかれてはいけませんので、宰相の気を引ける程度には攻撃を繰り出し続けます。

 クリスはわたくしのその動きの変化に気づいたようで、防御の合間に問いたげな目を向けてきます。魔法で話しかけようかとも思いましたが、この激戦の中で込み入った内容を上手く伝える自信がありません。うっかり気を散らしてしまっては大変です。


 宰相は相変わらず余裕の笑みを崩していません。このままわたくしたちが疲弊するのを待っているのでしょうか。それともまだ何か隠しているのでしょうか。


 わたくしは内心の焦りを隠しながら幾度となく剣を振るい続けました。そうしてどれほど経ったでしょう。




「今でーす!!」


 パーシェの絶叫が戦場一体に響き渡りました。さすがの宰相も何事か、という顔をして立ち止まります。その一瞬の隙をついて、わたくしはクリスを抱えて後ろに飛びました。宰相と距離を取ります。


 その時、いぶかしんでいる宰相の両側に、いきなり高い岩の壁が盛り上がりました。ガイア族の秘術に、ドライアド族やバフォメット族が力を貸すことで出来上がった岩の壁です。


 そして宰相の後ろからは、鋭い矢じりが風の魔法に乗って次々と飛来し、彼の背に突き刺さっています。宰相の背後にはエスメラルダの姿がありました。その傍らには剣を構えたイヴァンもいます。どうやら飛ばしている矢じりには彼の強化魔法がかけられているらしく、宰相が顔をしかめています。


「私たちのことを口封じしようとした分の借り、ここで返してやるわ」


 彼女が怒りを含んだ声で低く言い渡すと、宰相はさらに顔をゆがめました。


「お前を育ててやったのが誰だと思っているんだ、この恩知らずめ」

「貴方が勝手に売りつけてきた恩なんて知らないわよ。ねえイヴァン」

「……ああ」


 そう答えるイヴァンの目にも迷いはありませんでした。宰相は彼らの答えを聞くと怒り狂い、クリスの方に向き直りました。


「どいつもこいつも私にたてつきよって! お前さえ死ねば、お前さえ殺せば私は夢に近づけるんだ!!」


 そう叫ぶと、宰相はこちらに向かって突進してきました。わたくしは白銀の月牙を彼の右手に握らせ、耳元でささやきました。


「クリス、あなたの魔力を貸してください」


 そう、前にエスメラルダが言っていました。クリスは高い魔力を持っているのだと。彼は魔法は使えませんが、この白銀の月牙ならば。


「そう言われても、俺は魔力の使い方は分からないんだ」

「わたくしが手伝います。もう時間がありません!」


 宰相はすぐ近くまで迫っていました。わたくしはクリスの右手の上から白銀の月牙を握りしめ、彼の手越しに魔力を注いでいきました。彼の目が驚きに小さく見開かれ、続いて力強くわたくしを見てきました。わたくしも小さくうなずきます。


 わたくしたちはそのまま、二人の魔力をこめた白銀の月牙を宰相の胸元めがけてまっすぐに突き出しました。

 剣先が宰相に触れた瞬間、白銀の月牙がその輝きを増し、銀色の光が爆発するように辺りに広がっていきました。



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