39.剣戟の中で
門の変化に驚いていた魔族たちも驚きから立ち直り、向かってくる軍勢に立ち向かいました。辺りはあっという間に戦場と化しています。
こちらの息の根を止めようとしている人間側とは対照的に、魔族側は拘束の魔法や眠りの魔法を中心として、できるだけ人間を傷つけないようにして戦っています。かつて門の封鎖を手伝ってくれたバフォメット族たちが、大きな山羊の角を振り立てながら魔法を次々と放っています。
明らかに人間たちより強いパーシェや兄様は、上手く手加減しながら戦っているようでした。「弱くてやりづらいですー」「雑魚ばっかりじゃねえか」と戦場に似つかわしくないのどかな叫びが聞こえてきます。
パーシェは急降下して一撃を加えてはまた空高く舞い上がることを繰り返し、兄様は剣をしまって片っ端から素手で殴り飛ばしています。兄様の拳を受けた兵はみな一撃で倒れていきました。一方で、相手の攻撃は上手く籠手で受け流しています。二人とも全く危なげない動きでした。
向こうの方では、ガラントが威力を微妙に調整した雷の魔法を広範囲に放っているのが見えます。その網のように張り巡らされた雷に触れた人間は、はじかれた様に後ろに下がりくずおれます。彼らはどうやら気絶しているようでした。
ルーは小さいまま乱戦の中を縦横無尽に飛び回り、その固い外皮を生かして人間たちに体当たりを繰り出しています。わざと敵の剣にぶつかって剣をへし折るという芸当までこなしているようでした。
ここからは分かりませんが、エスメラルダとイヴァンも目立たないようにしながら魔族と共に戦っているはずです。
そして乱戦を抜けてわたくしたちの後方まで迫ることに成功した人間は、待ち構えていたドライアド族の魔法で足をからめとられたり、地中から突然飛び出すガイア族によって転倒させられたりしています。とどめに、眠りの粉をたっぷりとぶちまけられて眠りに落ちていました。あの大量の眠りの粉は、レッガ率いるブラウニー族によってこの場に持ちこまれたものでした。
こうも乱戦になってしまうと、広範囲に拘束や睡眠の魔法を放つことができません。そんなことをしたら味方も巻きこんでしまいますから。わたくしは近づいてくる人間を一人ずつ眠らせて回りました。何としても彼らをクリスに近づける訳にはいきません。
そのクリスはわたくしの後ろで立ち尽くしています。突然戦いになってしまったことに、覚悟していたとはいえ心がついていかないのでしょう。宰相が彼に殺意を抱いていることがはっきりとしたことも大きいのかもしれません。
戦場にはときの声が響いています。そんな中しばらくうつろな目をして立ち尽くしていたクリスは、突然剣を構えるとそのまま走り出しました。一直線に宰相を狙って突撃しています。わたくしも慌てて彼の後を追いました。そのわたくしたちをさらに兄様が追いかけてきます。
そうやって宰相に突進するクリスを、横合いから飛び出してきたエミールが阻みました。エミールはクリスの剣を抑え込みながら、すぐ後ろにいるわたくしを見て叫ぶように言いました。
「やはりお前が魔王だったのだな! お前さえいなければ」
彼の目は血走っていました。狂おしい光をたたえた目をした彼に、わたくしは静かな声で答えました。
「わたくしさえいなければ、何ですか? わたくしがいなければクリスはあなたに再会することなく、盗賊たちの手にかかって死んでいたと思いますが」
わたくしの指摘に、彼は冷水をあびせられたように目を見張ると、唇をかみしめて言葉を続けました。
「……ああ。宰相様は彼の死を望んでいた。俺はそれをかなえなければならない。ならばせめて、俺の目の届かないところで終わりを迎えて欲しかった」
その辛そうな様子に、思わずわたくしは同情の声を漏らしてしまいました。
「あなたも被害者なのでしょうか……恩人である宰相と、友人であるクリスの間で、どうにもならない思いを抱えることになってしまった」
「うるさい、知ったような口をきくな!!」
激高したエミールが向きを変えわたくしに斬りかかってきます。わたくしはそれをまっすぐに見据え、魔法で迎撃しようと構えました。
「うらあっ!!」
しかしエミールの剣は、乱入してきた兄様の剣に阻まれました。
「クリス、リュリ! こいつは俺が引き受ける、お前らは先に行け! どうせあの男が目当てなんだろ!」
「恩に着る、ベル」
「勇者の手助けってのはちょいとしゃくに触るが、まあ周りが雑魚だらけで退屈してたしな。こいつ相手ならちっとは楽しめそうだ」
「気を付けて、兄様」
「ははっ、誰に言ってやがる!」
兄様は楽しそうに笑うと、一転してエミールと激しく切り結び始めました。わたくしたちはそれを横目に、宰相に向かって走りだしました。
人間の軍勢の一番奥に悠然とたたずんでいた宰相は、そこを抜けてきたわたくしたちを見ると、なおも余裕の表情で笑っていました。
「勇者か。何か聞きたそうな顔だな」
「……俺から奪った力というのは何だ。お前は俺に何をした」
今まで聞いたこともないような低い声でクリスが問うと、宰相は大層おかしくてたまらないという表情でからからと笑いました。
「お前までそんなことが気になっているのか。そうだな、お前も冥途の土産くらいは欲しかろう、ならば教えてやろうではないか」
宰相の周りには数人の護衛がいましたが、彼らは既にわたくしが眠らせています。たった一人でわたくしたち二人を相手どっているのに、彼の表情は未だに余裕に満ちていました。
「勇者となるべき者は勇者の儀式を経て力を得、勇者となる。私は若いころからずっと勇者の力に目を付けてきた。その力は大きく分けて三つ。先ほど見せた空間を繋げる力、肉体と魔力の強化、そして不老だ」
「不老、だと」
「そうだ。勇者は老いることがない。寿命で死ぬこともない。この呪い、あるいは祝福は魔王を殺すことで解くことができる。逆に、魔王を手にかけなければずっと不老のままでいられる」
告げられた衝撃的な内容に、わたくしもクリスも絶句するしかありませんでした。
「それを知った私は、どうにかして勇者の力をかすめとる方法を探した。若くして宰相の座を手に入れた私は、さらなる権力が欲しかった。人間界の王の座、それに魔界の王の座の全てを欲した。それには私の一生分の時間ではとうてい足りなかった」
権力を得たからさらに権力を望む。人の欲とは、こうも限りないものなのでしょうか。それともこの男が特別に欲深いのでしょうか。
「お前の二代前の勇者の儀式に私は参加し、儀式の手順に手を加えることで力を奪える可能性があることに気がついた。しかしその次に勇者となるべき者が生まれたとき、私は心底失望した」
宰相はその時のことを思い出しているのか、苦虫をかみつぶしたような顔になっていました。
「その者は王族だったのだ。王族が勇者となることはまず考えられない。放っておけばその者は何十年も生きてしまい、その者が死ぬまで次の勇者は現れない。だから私はその者が生まれたときに、この者は神の生贄になる者だという予言を偽造して十五歳で殺した。すぐに殺してもよかったのだが、勇者の儀式についての研究に時間がかかりそうだったのでな。それまでは生かしてやることにした」
どこかで聞いた話。それはわたくしがかつて聞かされていた話。侍女頭は悲しそうな顔をして、前のわたくしにこう言い聞かせていました。
(姫様は神の生贄に選ばれたお方です)
偶然の一致でしょうか。それにしては出来すぎています。
気づくと、わたくしは宰相の話をさえぎって、口を開いていました。
「その、王族の名は何と……」
「ああ。現王の末娘だった。名は――」
宰相の口から出た名前を聞いて、わたくしは衝撃に打ちのめされていました。それは、前のわたくしの名でした。
わたくしはそんなことのために死ななければならなかったのですか。勇者の力を奪う、そんなことのためにわたくしは、全てを諦めて十五年を生きなければならなかったのですか。
目の前が真っ暗になっていくのを感じながら、わたくしはどこか遠くで宰相の声を聞いていました。ああ、ここはあの暗い暗い湖の底でしょうか。
「そしてその姫が死んだ後、勇者になるべき者としてクリス、お前が生まれた。できればお前が子供のうちに手のうちに引き込んでおきたかったのだがな、お前を見つけるのにてこずってしまった。だからまず私はお前に恩を売るためお前の妹を保護し、そして魔王が悪逆非道であるとの作り話を流し、お前が勇者として立つよう仕向けたのだ」
宰相はなおも聞くにたえない話を続けています。前のわたくしを殺して、今のわたくしをおとしめて。
「お前の勇者の儀式に細工をしたのはいいが、その力の一部しか奪えなかった。忌々しいことに、不老の力は未だお前にある」
クリスの力を奪って、そして今度は彼の命を狙って。
「まあそういうことだ。お前はもう用済みだ。さっさと死んでもらおうか」
これで話は終わりだと、宰相が手を振って示しました。クリスが怒りに歯を食いしばりながら、剣を握りなおしています。
けれどそのクリスが宰相に打ち掛かるより早く、わたくしは飛び出しました。魔力のありったけを注いだ風の魔法の刃を全身にまといながら。
わたくしの頭はただ怒りで満たされていました。わたくしの全てをかけて、この男だけは討つ。それだけを考えていました。




