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33.目的地はすぐそこに


 わたくしたちはひとまず門のある丘を離れ、近くの森に身を隠すことにしました。けれどこうも王都に近くては、うっかり人に出くわしてしまう恐れがあります。かと言って転移の門の魔界側も何が起こるか分からない辺境ですし、けして安全とは言えません。


 どうしたものかと考えていると、パーシェが腰に付けた収納魔法の道具をいじり始めました。中にしまってある何かを探しているようです。


「あ、あったー! はいリュリ様、これどうぞ!」


 そう言って彼女が手渡してきたのは、両手に乗るくらいの小さな箱でした。色とりどりの宝石で繊細な装飾がほどこされています。箱を開けると、細かい模様が刻まれた金の指輪がいくつも収められています。この箱には見覚えがあります。


「パーシェ、こんなものまで持ち出していたのですか。助かりました」


 この宝石箱は魔法の道具で、城塞の魔法が込められています。この箱を設置して魔法を発動させると、その周囲の空間は外部から認知できず、また侵入もできなくなるというものです。箱の中に収められている指輪は、その空間に出入りするための鍵の代わりをするものです。これを使えば、ここに留まっていても人間に見つかることはないでしょう。


 わたくしはみなにそう説明すると、金の指輪を配り、指にはめるように促しました。この指輪ははめる者の指の大きさに合わせて変化するので、兄様やガラントの大きな手にも、ルーの小さな足にもぴったりとはまりました。

 そうして全員が指輪をはめたことを確認すると、わたくしは宝石箱を地面において魔法を発動させました。温かな風が宝石箱からふわりと広がり、辺りを包む感触がしました。


「んー、城塞の魔法っていってもあんまり実感ないですねえ」

「大丈夫、ちゃんと魔法は発動してるわよ、ほらここが外と中の境界」


 そう言ってエスメラルダがパーシェに説明しています。城塞の魔法で守られた範囲は、わたくしたち全員がゆったりと過ごすのに十分な広さがありました。


 わたくしたちは輪になって腰を下ろすと、徐々に暗くなっていく空の下、王都に入る方法を話し合うことにしました。




「それでは、宰相のところまでどうやって行くか考えましょうか。エスメラルダ、この中ではあなたが一番宰相について詳しいようですが、何か案はありませんか」

「そうね、あの山の方から忍び込んだ方がいいって事くらいしか言えないわ。山のそばに王宮があって、そのすぐ近くに宰相の屋敷があるの。あの人は夜なら自室にいるんじゃないかしら。自室の位置は知ってるわ」

「確かお前は、宰相様の屋敷には一度行っただけだと言わなかったか」

「そうよ、一度きりよ。私、記憶力には自信があるの。……なんてね、実は何かの役に立つんじゃないかって前に調べてたの」

「んなもん調べて、何の役に立てるつもりだったんだよ、お前は」

「言ったでしょ、ベル? 私はあの人をずっと警戒してたの。警戒する相手の情報を集めておくのなんて、基本中の基本よ」

「それが基本かどうかはともかく、助かった。エスメラルダ、君が仲間で良かったよ」


 ここでクリスがわたくしを見ました。彼はこのところずっと何かを考えこんでいるようで、どことなく暗い顔をしています。


「そうだ、屋敷に入りこむ人数は少ない方がいいと思うんだが、俺のほかに誰が侵入するんだ? エスメラルダは案内役として来てもらうとして」

「わたくしも参ります、魔法の使い手は多い方がいいでしょうし」


 暗くなってきた東の空を横目で見ると、明るく輝く月が上ってきているのが見えました。良かった、これなら魔力の月鎖が使えます。


「はいはい、私も行きます! 魔法の外套で隠れて、上空から見張りと護衛をやります!」


 パーシェが元気よく手を上げました。その横で兄様が舌打ちをしています。


「ちっ、俺も飛べさえすれば……このごたごたが落ち着いたら、飛行の魔法の訓練でもすっか」

「兄様にはレッガたちの護衛をお願いします。城塞の魔法で隠れているとはいえ、何が起こるか分かりませんから」

「それがしもいざとなれば戦いますぞ」

「わしはここで留守番ですな」

『こわいひとがきても、ぼくがおおきくなったらきっとびっくりしてにげちゃいますよ』

「いざとなったら頼むぜ、ルー」

「私も潜入には不向きだ。ここで待たせてもらう。エスメラルダ、クリスを頼む」

「任せといて、イヴァン」


 どうやらこれで潜入する人員は決まったようです。わたくしたち潜入組は、顔を突き合わせてさらに打ち合わせを進めていきました。




 エスメラルダはわたくしたちの顔を見渡すと、その辺りの木の棒を拾い地面にいくつか線を引き始めました。


「山がここで、こっちが王宮、ここが宰相の屋敷」


 手際よく説明している彼女をよそに、わたくしはほんの少し胸が痛むのを感じていました。王宮、その奥の一区画が前のわたくしの世界の全てでした。あれから長い時が経ったのでようが、きっと今も、かつてわたくしが暮らした部屋はそこにあるのでしょう。

 わたくしはみなに気づかれる前に古い感傷を心の隅に追いやり、またエスメラルダの話に集中しました。


「宰相の屋敷はこんな感じね。二階の中央、一番北の部屋が宰相の部屋よ。だから侵入経路としては、山側からこう回ってここの塀を越えて、こっちの角から回り込んで、壁ぎりぎりを進み、真下についたら飛んで窓から入る」

「いきなり空から侵入するんじゃだめなの?」

「そうしたら王宮の警護に見つかっちゃうわよ。貴方の魔法の外套、一枚しかないんでしょ」

「そっかあ……」


 こうして、わたくしたち四人は息をひそめながら、王宮の後ろにそびえる山に向かうことにしたのでした。




 山を通り、森を抜けて、王宮の外壁のそばを忍び足で通り抜け。今わたくしたちは、城下町を囲む高い塀のすぐ下に来ていました。

 上空を隠れて飛ぶパーシェに状況を尋ねると『今なら巡回の兵が遠くにいっちゃってますよ』という答えが返ってきました。


「クリス、エスメラルダ、今が好機だそうです。今のうちにここを越えてしまいましょう」


 そう言うと、わたくしは自分も含めて全員に飛行の魔法をかけました。潜入している間は万が一に備えて羽を消したままにしているので、わたくしも魔法なしでは飛べないのです。城下町に侵入者あり、というだけでも大ごとですのに、その侵入者に魔族がいた、となってはそれこそ大騒ぎになりかねませんから。


 その塀は大きく切り出した石を漆喰で積み上げたもので、あちこちにくぼみやでっぱりがありました。そのでっぱりを手でつかみ、魔法で軽くなった体を少しずつ上に運びます。クリスとエスメラルダも同じようにしてそろそろと塀を登っています。

 塀の上にたどり着くとすぐに反対側に向かい、今度はふわりと飛び降ります。着地の瞬間に出る音は風の魔法でそっとかき消しました。


「よし、塀は越えたわね」

『予定の経路、今のところ兵はいません。でも急いでください、今いるところに兵が近づいてきてますよお』


 上空のパーシェからさらに報告がありました。わたくしたちは彼女の警告を受けて、足早に宰相の屋敷に向かうことにしました。




 宰相の屋敷を囲む塀はもっと低く、あっさりと越えることができました。わたくしたちは庭の物陰から物陰に忍び足で移動し、建物の外壁に張り付くようにして身を隠します。


「あと少しか。……猫?」


 前を行くクリスが窓の下で足を止めました。そこは小さな出窓で、灰色の猫が月光に照らされながら、ガラス越しにわたくしたちを見ていました。にゃあ、と小さく鳴いています。


「なによ、脅かさないでよ。あら、どうしたのリュリ?」

「この猫……魔族です」


 変化の魔法で猫の姿になっているのでしょうが、わたくしたち魔族はどれだけ変化しても魔族を見分けることができます。けれど人間である二人にはこの猫が魔族だと分からなかったらしく、ひどく驚いています。


「え、嘘!? ……一体何人の魔族を住まわせてるのよ、この屋敷」

「魔族が宰相の屋敷にいるなんて、どういうことだろう。しかも猫の姿でなんて」

「分かりません。本人に聞いてみますね」


 そうしてわたくしはその猫に魔法で話しかけてみたのですが、返ってくるのは猫の鳴き声ばかりでした。


「もしかしてこの魔族は、力を封じられてしまっているのかもしれません」


 わたくしがそう言うと、その猫は後ろ足で立ち上がり窓の桟をひっかき始めました。


「ねえ、この猫もしかして出してくれ、って言ってるんじゃない?」

「同感だ。そもそも力を封じられているという時点で何かあると思う」


 そっと窓の桟に手をかけると、その猫はいっそう必死にひっかき続けました。わたくしが窓の鍵を魔法で静かに開けると、猫は中から窓を押し開けて、わたくしたちの前の地面に降り立ちました。今度は首輪をひっかいて外そうとしています。


 わたくしは猫を抱き上げて近くで見てみました。布のようなものでできた紐に銀色の板が留められています。何かの魔法の道具なのでしょうか。そのまま外そうとしても外れません。クリスが懐から取り出した小刀で切ろうとしたのですが、紐は見た目に反して強靭なようで傷すらつきません。極々小さい風の刃で切ろうとしましたが、これも駄目でした。


 結局、わたくしが魔法で指先に熱を集めて焼き切ることでようやく首輪を壊すことに成功しました。その途端、わたくしたちの頭の中に声が響きました。目の前の猫が魔法で話しかけてきているようです。


『ありがとうございます。やっと自由になれました』

「あなたはここに囚われていたのですか?」

『はい。あなた方はどうしてここに?』

「宰相に話を聞きに来ました。勇者について」


 わたくしがそう告げると、猫はぺたんと耳を伏せました。


『あの、申し上げにくいのですが……宰相はここしばらくずっと不在なのです』

「そんな、だったら無駄足だったのか」

『ですが、私が力になれるかもしれません。私は長くこの屋敷に閉じ込められていました。宰相についてもよく知っていますから』

「だったら一度引き返しましょうよ、このまま進んでも意味ないみたいだし」

「そうですね」


 わたくしは上空で待機しているパーシェにいったん戻る旨を伝えると、三人と一匹で元来た道を引き返していきました。



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