3.魔王は旅に出る
勇者を阻止するために一刻も早く出立したかったのですが、結局準備が整うまで二日もかかってしまいました。
わたくしの旅支度自体はすぐ終わりましたが、いつ勇者が来てしまってもいいように魔王城内の調度品を避難させたり、脇道を封鎖したりするのに意外と手間取りました。
勇者にその辺りのものをうっかり壊されてはたまりませんし、できることなら城門から玉座まで最短の道のりで来ていただきたいですから。他人に自宅を土足で踏み荒らされるのは気持ちのいいものではありません。
パーシェはパーシェで、宝物庫から堂々と持ち出せた魔法の道具の研究に余念がありません。「使いこなしてリュリ様を守るんだ!」と意気込んでいましたが、魔法の道具は宝石を用いたものが多いので、それらを全て身に着けたパーシェはとても豪奢な雰囲気になっています。あれだけぶらさげていては戦いにくくなるのではないのでしょうか、と思いましたが本人が幸せそうなので黙っておくことにします。
この二日間最も忙しかったのはカティでしょう。彼も転移の門を封鎖する旅に同行することになりましたので、留守の間の代役に通常の執務を引継ぐ必要がありました。それに加え、人間界に出す追加の斥候を選び連絡の仕組みを整え、さらにそれぞれの転移の門へ見張りを派遣し、転移の門の封鎖に協力してもらう種族へ連絡し、……列挙しているだけで気が遠くなりそうです。ありがとう、カティ。今度何かお礼をしますね。
「それでは、後はよろしくお願いします」
「はっ。それがし、魔王様ご不在の間、立派に臨時の魔王を務めあげてみせましょう」
かしこまった返事をしたのがガラント、臨時の魔王役の方です。彼は人間に似た骨格をしたドラゴンの姿をした竜人族ことワードラゴン族の男性で、全身に黒光りする鱗を生やしたとても雄々しい方です。
臨時の魔王役の人選をカティに任せておいたところ、彼が選ばれてきました。その理由は「ガラントはああ見えて戦うより逃げる方が上手いのと、人間が考える魔王の雰囲気に合いそうだと思いましたので」とのことでした。
より魔王らしく見せるためなのか豪華な上着を羽織って堅苦しい敬礼をする彼に玉座を任せ、わたくしは共に出立するみなと合流しました。あの上着、わたくしの普段着よりずっとずっと豪華なのですが、人間にとって魔王とはそんなに贅沢をしている印象なのでしょうか。
みなは既に王城の中庭に集まっていました。カティとパーシェ、そしてもう二人。一人は見上げるような巨体に大きく曲がった牛の角を持つ牛人族ことミノタウロス族の青年です。質素で頑丈な旅装に身を包んでいますが、布越しでも全身がしっかりとした筋肉に覆われているのが良く分かります。彼はわたくしに気づくと、気さくに挨拶してきました。
「ようリュリ、お前旅行なんて初めてじゃないか?」
「そうですね、兄様。道中よろしくお願いしますね」
彼の名前はベル。わたくしは彼を兄様と呼んでいますが、実の兄妹ではありません。
かつて魔王教育の一環として、魔王を同世代の子供と共に生活させるために魔王城に呼ばれた子供たちの一人、それが彼でした。彼は赤みがかったくせ毛と、いつも笑いを絶やさない灰色の瞳が印象的な子供でした。そして成長した今では、わたくしの護衛を務めてくれています。
「なんでベル様までいるんですかあ」
「そりゃあ俺がリュリの護衛だからに決まってるだろうが」
パーシェは少し不満そうです。彼女は護衛見習いとしていつも兄様にしごかれているので、魔王城を離れる時くらいは文字通り羽を伸ばしたかったというところでしょうか。
最後の一人はわたくしの腰ほどまでしか背丈がなく、ふっくらとした子供のような面差しでありながら不釣り合いに豊かな栗色の口髭を蓄えた小人、ブラウニー族の方でした。きらきらとしたつぶらな瞳もきれいな栗色です。
「お初にお目にかかりますな、魔王様。わしはレッガ、今回は荷物持ちとして同行いたしますぞ」
レッガの声は円熟した男性のものでした。見た目よりご高齢なのかもしれません。わたくしたちの中で一番小柄な彼が荷物持ちというのも不思議な感じがしますが、ブラウニー族は空間の狭間に物をしまっておく収納魔法を得意とする者が多いので、おそらく彼もその魔法の使い手なのでしょう。
わたくしたちが中庭で待っていると、大きな影が近づいてきました。その影はみるみる大きくなり、ついに中庭に降りてきました。
それはとても大きな鳥で、わたくしたち全員が乗ってもまだ余裕があるほどの大きさをしていました。羽毛は白と茶、そして灰色で、頂に雪が残る高山を思わせる色合いの鳥でした。
「ルフ族か、久しぶりに見るな」
そう兄様がつぶやいています。わたくしは彼らを見るのは初めてです。彼らは高山や広い平原に住んでいるため、森の多い魔王城の辺りにはめったなことではやってきません。
『はじめましてまおうさま、ぼくはルーといいます。まおうさまをもんまではこびます』
頭の中に声が聞こえてきました。巨鳥族とも呼ばれるルフ族は人型の魔族のようには喋れないので、魔法を使って頭の中で会話をするのです。パーシェは頭の中での会話に慣れていないようで、きょろきょろと辺りを見回したり、耳に手を当てたりしていました。
『みんなぼくにのってください。おちないようにしっかりつかまってくださいね』
ルーに促されるままわたくしたちは彼の背へ乗り込みました。一番前はカティ、前方を確認しながらルーに指示を出す役目です。その後ろにベル兄様、風よけになってやるとのことでした。そしてわたくし、レッガと並び、一番後ろにはパーシェ。誰かがうっかり落ちてしまった時は彼女が回収しに行くことになっています。
こうして、わたくしは住み慣れた魔王城を後に、勇者の侵攻を阻止するための旅に出たのでした。
誰かに乗せてもらう空の旅は案外快適なものでした。わたくしやパーシェは自分でも飛べますが、羽を動かしていないのに空を飛ぶというのは初めての体験でしたので、とても新鮮です。
「お、思っていた以上にか、風が強いな、お前たちいつもこんな風の中を飛んでるのか」
兄様は心なしか震えているようです。髪がひどくはためいています。あらいけない、忘れていました。
「兄様、風の魔法をかけますね」
わたくしたちのように空を飛ぶ種族は、飛ぶ間は弱い風の魔法を使って体を守ります。これがなければ向かい風が強すぎて大変ですので、わたくしたちは幼子のうちにこの魔法の使い方を覚えます。
もちろん空を飛ばない種族であっても、同様の風の魔法は使うことができます。見ると、カティとレッガはどちらも自分の身はちゃんと守っているようです。兄様は魔法があまり得意ではありませんので、代わりに風の魔法をかけてあげました。すると兄様はすぐにいつもの調子に戻ったようです。
「ああ、楽になった、ありがとな。そうかお前たちこうやってたんだな。便利なもんだ」
そう言って昔と変わらず人懐っこい笑みを見せる兄様に、わたくしも嬉しい気持ちになりました。
「みなさん、集まってください。今の目的地を説明します」
しばらく飛んだ後、カティがそう言ってわたくしたちを集めました。彼が手のひらを上に向けてわたくしたちの方に差し出すと、その上の空中に半透明の地図が現れました。光の魔法です。その地図には白く光る点が六つ表示され、転移の門の位置を表していました。
「六つの転移の門のうち、魔王城に一番近いこの転移の門は後回しにします。そしてこの転移の門はドライアド族が、こちらの転移の門はバフォメット族が封鎖してくれることになりました」
樹人族ことドライアド族は木と人が融合した姿の種族で、魔山羊族ことバフォメット族は大きな山羊の角をもつ種族です。どちらも魔法を大変得意としています。
「そうすると、残る転移の門は三つです。今現在の勇者の位置を鑑みると、おそらくこの転移の門が一番安全だと思われます」
そう言ってカティが指さしたのは、わたくしたちの現在地からそう遠くないところに位置する門でした。大きな湖がすぐそばにあります。個人的に、湖にはあまりいい思い出がないのですが。
「この門まではルーの翼でも二日近くかかりますので、今日は途中で一度地上に降り、休息をとります」
「ほう、それは良いですな。地上に戻りましたらわしが腕を振るいましょう」
「お、久々にレッガの飯が食えるぜ」
「レッガは料理が得意なのですか? あと兄様、レッガと知り合いだったのですか?」
「まとめて聞くなよリュリ、俺がレッガをこの旅の同行者に推薦したんだよ。なんせこいつの飯は天下一品だからな」
「えっそうなの!? やったー!」
「ま、まあ旅の間の食事は重要ですから、私も楽しみではありますが」
真面目なカティまで食事の話に加わってしまい、一気ににぎやかになってしまいました。
この旅は長くなりそうですが、この感じならうまくやっていけそうですね。




