27.追う者、追われる者
森の中で一夜を明かしたわたくしたちは、ここからは歩いて門に向かうことにしました。門まで徒歩でもあと半日ほどのところまで来ていましたし、クリスたちも十分に休んだことで、自分の足で歩けるようになっていましたから。
それでも王国兵への警戒は怠らず、パーシェは時々魔法の外套をかぶって後方を警戒し、わたくしも魔力の月鎖を着けたままにして不測の事態に備えました。クリスたちもいつ戦闘になってもいいように構えています。
「あのさ、あれだけの人数を一度に眠らせられるリュリがいるんだし、私たちがそこまで警戒する必要ないんじゃない?」
エスメラルダが小声でぼやいています。そんな彼女を、イヴァンが静かにたしなめていました。
「確かに、彼女たちの方が戦力としては上だろう。だからと言ってそれに甘えていては駄目だ。それでなくても昨日、私たちは彼女たちに助けられている。少しずつでも恩を返していくべきだろう」
「イヴァン、貴方相変わらず堅苦しいわね。言われなくても恩くらい、ちゃんと返すつもりよ」
「はは、恩返しか。俺がリュリに恩返しするには一生かかっても足りないな」
「あの、みなさん、昨日のことはわたくしがそうしたかっただけですので、そこまで深刻に考えないでください」
わたくしがそう言うと、三人は揃ってこちらを見ました。妙に息の合った動きです。
「そうはいかないよ。俺の一生かけた恩返し、ちゃんと受け取ってもらわないと」
「貴方、私を恩知らずの愚か者にするつもり?」
「受けた恩すら返さないなど、そんなことができるはずもない」
一見したところ性格はばらばらなのに、こんなところでは見事に意見が一致している三人でした。
幸い王国兵が追いかけてくる気配はなく、わたくしたちの警戒も徐々にゆるんでいきました。そうしてわたくしたちが少し安心し始めたころ、しんがりを務めていたイヴァンが、不意に鋭い目をして立ち止まりました。
「しっ、静かに。人の気配がする。まだ遠いが……一人二人ではないな」
わたくしはすぐにパーシェを呼び戻し、彼女は魔法の外套をかぶったままわたくしのすぐそばに降りてきました。クリスが自分の外套をわたくしにかぶせます。
「君のその腕の鎖は目立つから、これで隠しておいてくれ。通りがかったのがただの旅人という可能性もあるし、そうでなくても魔王である君に注目が集まるのは避けたい」
「そうね。リュリはできる限りおとなしくしていて。私たちがどうしようもなくなったら援護をお願い。パーシェもよ」
「はあーい」
「分かりました」
そうしてわたくしたちが打ち合わせている間も、イヴァンは辺りを用心深く見渡しています。
「……数が多いな。しかも囲まれている」
「王国兵か?」
「それにしては統率が取れていない。それぞれが好き勝手に動いているような印象を受ける。盗賊の類だろうか」
その言葉に、わたくしとクリスは顔を見合わせました。人間界に来た時に戦った盗賊の残党がまだこの辺りにいて、わたくしたちを追いかけてきたのかもしれません。
剣を抜いたクリスとイヴァンを前に、わたくしとエスメラルダがその後ろに立ちます。パーシェは隠れたまま上で待機していました。
そうしてわたくしたちが息をひそめていると、深い森をかき分けて盗賊たちが次々に姿を現しました。それぞれ得物を持ち、殺気を放ちながらわたくしたちを取り囲んでいます。
盗賊たちは全部で三十人ほどもいました。この間の盗賊の残党にしては数が多すぎるように思えます。その中の一人、頭巾を深々とかぶって顔を隠した長身の男が、無言のままクリスに剣を向けました。それを合図に、盗賊たちがわたくしたちに襲い掛かってきます。
クリスが一歩前に出て、盗賊たちと切り結びます。その背を守るようにしてイヴァンも大きな両手剣を構えています。
本来、彼の武器は振り回して使うものなのでしょうが、この狭い森の中ではそうもいかないのか、一人ずつ着実に切り捨てています。エスメラルダはわたくしのすぐそばに立ち、懐から取り出した矢じりのようなものを風の魔法で打ち出しています。矢じりはまっすぐに盗賊に突き刺さり、盗賊は叫び声をあげながら倒れていきました。
しばらく盗賊たちの動きを見ているうちに、わたくしはあることに気づきました。盗賊たちは何故かクリスを集中的に狙っているのです。全く戦っていないわたくしや、見るからに力の弱いエスメラルダに向かってくるのはほんの数人でしかありません。
もしかして、彼らはただの盗賊ではないのかもしれません。嫌な予感がしたとき、いきなり後ろから伸びてきた腕が、わたくしの首を捕らえました。
「女の命が惜しければ剣を捨てろ」
そんな男の声がすぐ後ろから聞こえてきます。声を偽ろうとしているのか、ひどく低く押し殺したような声でした。
わたくしの首には彼の腕ががっちりと絡みついており、身動きしてもびくともしません。その気になれば、彼はあっという間にわたくしの首を折ってしまえるでしょう。すぐ近くで隠れているパーシェの殺気が膨れ上がっているのが分かります。
それを見たクリスたちは驚いた顔になり、剣を手にしたまま動きを止めました。周りの盗賊たちも少し後ろに下がり、遠巻きにクリスたちの出方をうかがっています。
わたくしは後ろの男に気づかれないように障壁の魔法を自分の周りに発動させました。これで後ろの男が何をしたところで、わたくしの首に傷一つつけることはできません。
そうやって自分の身の安全を確保すると、わたくしはみなに魔法でこっそり話しかけました。
『障壁の魔法をかけましたので、わたくしは大丈夫です。ここからどうするかは、みなにお任せします』
そこまで伝えた時、後ろの男がもう一度声を上げました。どこかじれているようです。
「剣を捨てろ。二度はない」
「お前たちは何者だ、なぜ俺たちを襲う」
クリスが静かな声で問いただします。わたくしに危険がないと知って、落ち着きを取り戻したようです。
「答える必要はない」
「お前の動きは盗賊のそれではない。しっかりと訓練を受けたもののそれだ」
今度はイヴァンがそう指摘しました。その言葉に、後ろの男は明らかに動揺したようでした。首にかけられた腕がわずかに震えています。
「もしかして貴方、私たちを追っている王国兵と関係があるのかしらね。使い捨ての手下として盗賊をやとって、クリスを捕まえるか始末するかしようとしたのかしら」
エスメラルダが考え込みながらそう言うと、後ろの男は図星を刺されたようで、わたくしの首にかけた腕の力を強くしました。
けれどわたくしは障壁の魔法で守られています。彼は手ごたえがおかしいのに戸惑ったのか、一瞬力を緩めました。
わたくしはその隙を逃さず、雷の魔法を一瞬だけ全身にまといました。周囲の者には何が起こったか分からなかったでしょうが、わたくしに触れていた後ろの男だけは雷の魔法をまともにくらい、はじかれるようにわたくしから離れました。そのままわたくしはクリスとイヴァンのそばに駆け寄ります。
雷の魔法の衝撃によろめいた男の頭巾が外れ、中から若い男性の顔が現れました。クリスたちの目が彼にくぎ付けになっています。
「エミール!」
「なんで貴方が!」
「見覚えのある動きだと思ったら……」
どうやら彼は三人の知り合いだったようです。わたくしも周囲の盗賊たちも、この事態についていけずに呆然としています。
「大罪人たるお前たちと話すことはない。ここで死ぬか捕らわれるか、お前たちに許された道はその二つだけだ」
エミールと呼ばれた男は鋭い茶色の瞳でクリスたちをにらみ、そう吐き捨てました。改めて身構え、今度はクリスに向き直ります。クリスは少し悲しげな目をしながら、同じように剣を構えました。この場にいる二人以外の人間は、ただ事の成り行きを見守っています。
森の中には、二人の剣がぶつかり合う音だけが響いていました。時折隙をついてクリスを襲おうとする盗賊もいましたが、すぐにイヴァンとエスメラルダに倒されました。今では、彼らの戦いを止めようとする者はもう誰もいません。
クリスが横から切りかかるのをエミールが止め、つばぜり合いになるかと思った一瞬クリスが後ろに下がります。
今度はエミールが大きく振りかぶり叩きつけるような一撃を加えました。クリスはそれを横に跳んで避け、その勢いでエミールの背後に回り込みながら切りつけます。間一髪、エミールは体をひねって避けることに成功しました。
お互いに激しく切り込んでいるのに、二人ともかすり傷一つついていません。あらかじめ打ち合わせてあるのではないかと錯覚するくらい、息の合った動きでした。
この立ち回りの間、わたくしはどうしたものかとずっと困惑していました。後ろから王国兵も迫っているでしょうし、こんなところでいつまでも足止めを食っている暇はありません。幸い敵の人数はそう多くはありませんから、王国兵と同じように眠りの魔法で無力化してしまおうかと思っていたのです。
けれど、そのわたくしをエスメラルダがそっと止めたのです。彼女は「後で話すわ、今は邪魔しないであげて」と小声で囁いてきました。
仕方なくやきもきしながら勝負の行方を見守っていると、一瞬の隙をついたクリスが剣の柄でエミールの右肩を打ち据えることに成功し、剣を握っていられなくなったエミールが膝をつきました。それを見た盗賊が一斉に逃げ出していきます。
クリスはエミールを見据えると、少しあがった息を整えながらまた尋ねました。
「エミール、答えろ。なぜ俺たちを襲うんだ」
「お前も分かっているだろう、宰相様の命令だ」
「なぜ宰相様はそんな命令を」
「俺にはそれを話すことはできない」
彼らの会話はどこまでも平行線のようでした。それを見かねたエスメラルダが、彼らの間に割って入りました。
「クリス、エミールはおとなしく口を割るような人じゃないって、貴方も分かっているでしょう。エミール、貴方が負けたんだし、ここは見逃してもらえないかしら」
その言葉に二人は黙ってしまいました。やがてクリスはエミールに背を向け、門の方角に向かって歩き始めました。わたくしたちも彼の後を追いかけます。
わたくしとパーシェはずっと後方を警戒していましたが、エミールがわたくしたちの後を追いかけてくることはありませんでした。
そこからはずっと、クリスは無言で歩き続けました。エスメラルダはわたくしの肩を叩くと、まずクリスを指さしてから両手の人差し指を交差させました。続いて自分の耳と頭を順に指さしています。もしかして、クリスに気づかれないように魔法で話せ、という意味でしょうか。
わたくしが魔法で彼女に話しかけると、彼女はそれでいい、と言った後にこう説明しました。
『エミールは宰相様に拾われた子供で、今では宰相様の腹心の一人よ。私たちも魔王討伐の旅に出る前、彼にはとてもお世話になったの。クリスやイヴァンはよく手合わせしてたわ。私たち、彼のこと友人だと思ってた。彼も魔王討伐の旅に同行してくれたらいいなって思ってたのよ』
『あなたたちの様子から彼は顔見知りだとは思っていましたが、そこまでの仲だったのですか』
『そうなのよ。そして彼は強かった。正直、今日クリスが勝てるとは思ってなかった。それくらい強かったの』
『もしかして、エミールはクリスを捕らえることに迷いがあったのかもしれませんね。その迷いの分、剣が鈍ったのでしょうか』
『うん、そう思いたい。クリスも辛いだろうし、今はそっとしておいてあげて』
わたくしは前を行くクリスの背中を見ながら、何もできない自分をただひたすらに歯がゆく思っていました。




