25.旅路の続きを
クリスが走っていったであろう方向に取って返すと、すぐに森の中を行く三人に行き当たりました。彼らと軍隊との距離はあまりありませんでした。わたくしが彼の元にたどり着いたのは、まさに間一髪といったところだったのでしょう。
そのまま彼らの前に回り込み姿を現すと、彼らは一瞬身構えてから安心した様子で力を抜きました。
「リリィ、追っ手は?」
「眠らせました。一昼夜は眠ったままです。今のうちに門へ急ぎましょう」
「ありがとう。君には助けられてばかりだな」
そう言ってクリスは微笑みました。昨日からのもやもやしていた気持ちが、この微笑みだけで報われた気がします。
「あなたも無事で何よりです。エスメラルダ、イヴァン、あなたたちも大丈夫ですか」
「これが大丈夫に見える? 王国兵に追い回されたせいで最悪よ。だいたい勇者が大罪人だっていうのが既に訳分からないのに、その仲間だっていうだけで私たちまで同罪にされるなんて、一体どういうことなのよ!?」
「色々あったが、君のおかげで無事だ」
エスメラルダはかなり動揺しているようでしたが、ひとまずは大丈夫でしょう。イヴァンは別れた時と同じ無表情でした。こちらも大丈夫そうです。
「それより、早くここを離れてしまおう。また追っ手がかからないとも限らない」
「ちょっとクリス、私もう歩けないんだけど。追っ手が眠ってるんだったら、今のうちに少し休ませてよ」
「なら俺の背中に乗るか、エスメラルダ」
「貴方の背中、鎧が固いから嫌なんだけど」
今さっきまで追われていたとは思えないほど、彼らはのどかに言い合っています。勇者たちがこんなことでいいのでしょうか。いえ、わたくしもこのところ魔王らしからぬ行動ばかりしていますし、人のことは言えませんね。
「でしたら、わたくしがあなたたちを運びましょうか。今は少しでも早くここを離れたいですし、あなたたちはひどく疲れているようですから」
そうわたくしが申し出ると、こちらを見たエスメラルダがわたくしの腕の魔力の月鎖を見て表情を変えました。
彼女は、今までぐったりしていたのが嘘のような素早さでわたくしの傍まで駆けてくると、片腕をしっかりつかんできました。
「何これ、貴方昨日はこんなの着けてなかったわよね!? これって魔法の道具、それもかなり上等なものじゃない」
そう叫びながらわたくしの腕に顔を近づけてくるエスメラルダを何とか引きはがすと、クリスとイヴァンの目も魔力の月鎖にくぎ付けになっていました。
「きれいな鎖だね、君には金色もよく似合う」
「魔族が使う魔法の道具は、私たちが使うものとずいぶん異なるのだな」
もっとも、彼らの感想は全く異なるものでしたが。
「ええと、緊急事態ですので、どうか気にしないでいただけますか」
彼らの三者三様の意見をあいまいにかわし、わたくしはまた魔法を使いました。三人をまとめて宙に浮かせ、門に向かって飛ばします。
「飛行の魔法くらい、私だって使えるんだからね」
「ああ、君の魔法で飛ばしてもらったおかげで魔王を門まで追えたんだった」
「しかし三人まとめて飛ばすと速度が出ないからと、クリス一人を飛ばせたのは失敗だったな。おかげではぐれてしまった」
どうやら彼らは飛行の魔法には慣れているらしく、上手く姿勢を保ちながらそんな会話を交わしています。
そういえばガラントが人間界から戻ってくる時に、勇者の仲間が飛行の魔法を使っているせいで、勇者を振り切れないという報告を受けました。あれはエスメラルダの仕業だったのですね。
森のすぐ上を四人で飛んでいると、遠くに小さくパーシェの姿が見えました。クリスたちに見つからないように距離を取りながら、こちらの様子をうかがっているようです。
『パーシェ、ひとまず勇者を保護しました。このまま魔界に戻ります』
そう魔法で呼びかけると、彼女は「はあ!?」と叫びました。驚いたあまり頭の中で返事をするのではなく、実際に声を上げてしまったようです。その声がした方に、クリスたちが一斉に振り向きます。全員の目がパーシェに集中しました。
『……今の叫び声で勇者たちはあなたに気づいてしまいました。もう隠れなくていいですから、ここまで来てください。状況を説明します』
『はあーい』
パーシェはそう答えるとふわふわとした動きでわたくしの傍までやってきて、そのままわたくしの背後に隠れました。わたくしの肩越しにちらちらとクリスたちを見ています。いつも無邪気で警戒心の薄い彼女にしては、かなり珍しい行動です。
それを見たクリスは楽しそうに笑い、エスメラルダは不審そうに眼を細めましたが、イヴァンはやはり無表情のままです。敵意は感じないのでそのままにしておきましょう。
「あの、彼女はパーシェ、わたくしの友人です。先ほどクリスに話した、わたくしを探しにきた仲間というのが彼女です。パーシェ、彼らはクリス、エスメラルダ、そしてイヴァンです」
短く互いを紹介すると、やはりというか何というか、真っ先に口を開いたのはクリスでした。
「リリィ、君のお友達は不思議な子だね。魔族ってみんな君たちみたいに魅力的なのかな」
それを聞いたパーシェはぶるりと一つ大きく身震いすると、体を縮めてわたくしの背中にきっちりと隠れてしまいました。クリスの誉め言葉は彼女には刺激が強かったようです。
「まあ、魔族のお友達が魔族って、何も驚くところじゃないわよね。それよりクリス、貴方は誰彼構わず友好的だけど、初対面の魔族まで褒め始めるとか、もうちょっと慎んだらどうなの」
「素敵なものを素敵と言って、何が悪いんだ」
「誤解を生みかねんから控えておけ」
エスメラルダとイヴァンが二人がかりでクリスに釘を刺しています。パーシェはわたくしの背中に張り付いたままです。
わたくしがどこか温かな心地で彼らのやり取りを眺めていると、不意にエスメラルダがわたくしの方を振り返りました。
「そうだ、貴方たち魔族なら魔王のこと知ってるんじゃない? 私たちちょっと困ってるのよ。魔王の名前とかそういうの、少しだけでいいから教えてくれないかしら」
「そうなんだよ。実は俺たちを捕縛しようとした王国兵たちがおかしなことを言っていてね。いや、おかしいっていうなら捕縛しに来たことがそもそもおかしいんだけど」
「捕縛?」
ここで、一人だけ詳しい話を知らないパーシェがひょいと顔を出して言いました。けれどクリスと目が合ったらしく、またわたくしの後ろに引っ込んでいます。
「ああ、あなたには話していませんでしたね」
わたくしはパーシェに今までのことを手早く話しました。話を聞いたパーシェがものすごく複雑な顔になっています。「魔王と通じて……それって……うーん」などとつぶやきながら首をかしげています。
説明が一段落ついたと見たクリスが、先ほどの話の続きを語り始めました。
「今リリィが言っていたように、俺は魔王と通じたという罪に問われているらしいんだけど、俺の捕縛を命じた命令書には『勇者クリスは、美しき魔王リュリと通じ』って書いてあったんだ」
クリスが語った信じられない言葉に、わたくしははっとしました。背後でパーシェが息を飲むのが感じられます。クリスはそんなわたくしたちの様子に気づいていないのか、眉をひそめたまま話し続けました。
「けれど、俺が知る魔王は黒い鱗に覆われた竜人で、ガラントと名乗っていた。あの魔王を一言で表すなら『美しき』ではなく『勇ましき』とか『荘厳なる』とかになると思うんだけどな」
「もっとも魔王として挙げられたどちらの名も、人間界では知られていないものだが」
「あの黒い魔王を美しいっていうのはかなり無理があるわよね。鱗だけならつやつやしてきれいかもしれないけど」
三人はそういって首をかしげるだけでしたが、わたくしは血の気が引くのを感じていました。内心が表情に出ないよう必死にこらえましたが、それでも体がこわばるのを隠し切れません。わたくしの肩にかけられたパーシェの手も小刻みに震えています。
どうして、どうして人間がわたくしの名を知っているのでしょう。どうしてわたくしが魔王だと知っているのでしょう。どうしてわたくしがクリスと共にいたことを知っているのでしょう。
いえ、そもそも宰相の署名入りの命令書を持った軍隊がここまで来るにはそれなりの時間がかかるはずです。わたくしがクリスと初めて会ったのはほんの数日前。その時に命令書が作られたのでなければ、これだけの軍勢をここまで送り込むことはできないでしょう。どうしてそこまで迅速にことを運べたのでしょう。
そうして自分の考えに没頭していたわたくしは、不意に名前を呼ばれて反射的にそちらを向きました。
視線の先には、ひどく落ち着いた表情のクリスがいました。彼と目が合い、わたくしは今自分が何をしてしまったのかに気づきました。彼が今呼んだのは、わたくしの本当の名前でした。
「リュリ、それが君の本当の名前なんだね」
彼は青空の色をした優しい目で、真っすぐにわたくしを見つめていました。




