23.再会、そして暗雲の予兆
一人になったわたくしは、また魔法の耳飾りに手を当てカティに呼びかけました。しかし珍しいことに、カティからの返事はありません。一体どうしたのでしょう。
仕方がないので、ひとまずは同じ方角へ飛び続けることにしました。そういえば彼は迎えを出すと言っていましたが、どうやって迎えの者と落ち合えばいいのでしょう。わたくしがこのまま飛び続けていては、そのうち門を飛び越してしまうかもしれません。
ふと前を見ると、水平線に沈む夕日が端の方にわずかに見えました。その赤にクリスの面影を見て、また少し胸が痛みました。いつか、この胸の痛みは色あせてくれるのでしょうか。
そんなことを考えながら飛んでいると、一陣の風がわたくしとすれ違いました。今の風は自然に起きたものではありません。この辺りに何かがいます。
空中で止まって辺りを警戒していると、少し離れたところの空中に、突然パーシェの姿が現れました。顔をくしゃくしゃにして大粒の涙をぼろぼろと流しています。彼女はそのままわたくしに飛びつくと、腰にしっかりと抱きつきました。
「うえっ、リュリ様だああ、良かったああ」
そのまま彼女は大声で泣きじゃくっています。ああ、彼女にもとても心配をかけてしまいました。謝罪の意を込めてそっと彼女の頭をなでると、わたくしを抱きしめる腕の力が強くなりました。
わたくしたちはそうやって、しばらく空中で抱き合ったままでいました。
パーシェがひとしきり泣き続けた後、ようやく落ち着いてきた彼女を連れて足元の森の中に下りました。この辺りに人はいないようですが、万が一見つかってしまったら大変ですから。
彼女はまだ時々ぐすぐすと鼻を鳴らしながらも、今の状況を教えてくれました。
「リュリ様が、勇者と人間界に行っちゃった後、様子を見ようとして門をくぐろうとしてみたんです。でも、全然通れなくて。頑張って門に手を突っ込んでみたんですけど、指先が岩みたいなものに触れるだけで、それ以上先に行けなくて」
パーシェが腫れぼったくなった目をこすっています。可哀そうなのでそっと回復の魔法をかけました。パーシェは小さく目を見張ると、ぺこりと頭を下げてまた話し始めました。
「あ、ありがとうございます。えっとそれで、カティ様がリュリ様に呼び掛けたのに、全然返事がなくて。いつも冷静なカティ様もすっかり取り乱しちゃうし、みんないっぱい心配したんですよお」
いつもの調子が戻ってきたのか、パーシェは少し恨みがましい上目遣いでこちらをにらんできます。
「結局、翌朝リュリ様から連絡があるまで、みんな一睡もできなかったんです。カティ様が『リュリ様から連絡があった』っていった時のみんなの喜びようっていったら……ベル様もちょっぴり泣いてましたもん。あ、今の内緒ですよ」
悪いのはみなを心配させたわたくしですし、兄様の名誉のためにもそれは内緒ですね。知らなかったことにしておきましょう。
「で、状況が分かったから私がリュリ様を迎えにいくことになったんです。ほら私、魔王城の宝物庫から魔法の道具をいっぱい持ち出してましたでしょう? あの中に姿を隠せる魔法の外套があったんです。それをかぶって門から飛んできました」
なるほど、先ほどパーシェが突然現れたのはそういうことだったのですか。彼女が持ち出した魔法の道具が思わぬところで役に立ったようですね。
「で、『そんな道具があるなら俺でもいいだろ』って言ってベル様も迎えに行きたがってたんですけど、飛べる私の方が適任だってことになったんです」
すっかり元気になったパーシェは、得意げに胸を張っています。確かに、迎えなら飛べる彼女の方が良いでしょうね。
「そしたらベル様、『だったら行けるぎりぎりのところで待ってやる』って言いだしたんですよね。たぶん、門のあっち側で待ってるんじゃないですかねえ。ベル様って、リュリ様のこととなると聞き分けがないから」
パーシェが兄様の物真似を交えながら説明してくれます。ふふ、兄様がそうやってごねている姿が浮かぶようです。
「あ、そうそう! リュリ様が戻ったら、魔王城で腕によりをかけてご馳走作ってくれるってレッガが言ってました! 勇者を追い返せたお祝いも兼ねて、盛大にやるから楽しみにしていてくだされ、って」
「それは楽しみですね」
ほんの少しの苦い思いを隠しながら、わたくしはそう答えました。勇者を人間界に追い返せたことは、魔界にとっては喜ばしいことです。
「色々ありましたが、こうして無事にあなたとも合流できましたし、あとは魔界に戻るだけですね。お迎えありがとう、パーシェ。それでは戻りましょうか」
「はーい! 門の封鎖を解除してくれたウンディーネ族のみんなも心配してましたし、早く戻って安心させてあげましょう!」
その日、わたくしたちは森の中で休むことにしました。わたくしは朝から歩き続けていますし、パーシェに至っては丸一日以上不眠不休で飛び続けてきたのだそうです。
目的の門までは、パーシェなら全速力で飛び続ければ半日くらいで着くらしいのですが、持久力に劣るわたくしでは、おそらく一日以上かかるでしょう。元気な時であっても少し骨の折れる距離です。それに、今のわたくしたちは二人とも疲れ果てていますし、ここは一晩ゆっくり休むべきです。
パーシェは腰につけた収納魔法の道具を使い、空間の狭間から食料や毛布を取り出しました。「最低限のものしか持ってきてないんですよお」とのことでしたが、クリスとの二人旅の間は、食料すらその場で調達するしかありませんでしたし、それを思えば少しでも物資を持ってきてくれたのはありがたいことでした。
わたくしは再度カティと連絡を取ろうとしたのですが、またもや彼からの返事はありませんでした。パーシェに何かあったのかと聞いてみましたが、彼女も何も知らないようでした。仕方ありません、また明日改めて連絡してみましょう。
柔らかな苔が生えた大きな木の根元に獣除けの魔法をかけ、二人一緒に毛布にくるまると、わたくしたちはあっという間に眠りに落ちていきました。
早朝、不自然な音を聞いた気がして目が覚めました。とても遠くの微かな音が、辺りの山に反響して響いてきたようです。じっと耳を澄ませていると、もう一度同じ音が聞こえました。何かが爆発したような、そんな音です。
わたくしのかたわらではパーシェも目を覚まし、同じように聞き耳を立てています。
「おはようございます、リュリ様。何でしょうね、あの音?」
「おはよう、パーシェ。爆発音のようにも聞こえますが……」
この音によく似た音を聞いたことがあるような気がして、記憶をたどりました。ああ、そう言えば、盗賊の頭が魔法の道具を使った時の音に似ています。とするとこの音も、魔法の道具による爆発なのでしょうか。
わたくしは胸騒ぎを覚え、パーシェに頼んで上空から偵察してもらうことにしました。飛んで偵察するだけならわたくしでもできますが、視力は彼女の方が遥かに上です。
パーシェは魔法の外套をかぶって高く飛び上がり、しばらくして戻ってきました。
「えーっと、あっち……北の方で何かあったみたいです。森の中から二筋煙が上がってました。焚き火にしては煙が多すぎますし、山火事とも違うような……何ていうのかな、煙の強さと広さが変なんですよう」
どうやらその煙は、彼女が今まで見たこともないようなものだったらしく、どうにか煙についてわたくしに伝えようと苦戦しています。
北の方。わたくしがクリスたちと別れたのがそちらの方でした。彼らに何かあったのでしょうか。
「もう一度見てもらえますか、パーシェ。今度は遠見の魔法をかけますから」
わたくしがそう言うと彼女は目を閉じました。そのまぶたにそっと触れて魔法をかけると、彼女はまた先ほどと同じように偵察に出ていきました。
遠見の魔法は、かけられた者の視力を強化する魔法です。元々視力に優れる彼女であれば、驚くほど遠くのものまで見ることができるでしょう。
パーシェは、今度はすぐ戻ってきました。とても慌てた様子です。
「見えました、けどよく分かりません! えーっとですね、北の遠くの方にですね、たぶんあれって人間の兵士かな? 同じ格好をして武装した人間がいっぱいいました!」
兵士がたくさん、ならばそれは軍隊でしょう。こんなところで何をしているのでしょうか。
「さっきの煙はその人間たちが出したものでした。人間たちが大きな柱? 筒? みたいなのを運んでて、その端から煙が出ていました」
パーシェが見たものが何なのか、この説明ではよく分かりません。おそらく、わたくしも知らない何かなのでしょうが。
「それで、その人間たちは南に、つまりこっちに向かって進んでます。まだまだ距離があるので大丈夫ですが」
そこで彼女は首をかしげました。何か思い出したようです。
「あ、そういえば人間たちのちょっと南で何か動いてましたねえ」
先ほどから感じている胸騒ぎが、少しずつひどくなっていく気がしました。
「パーシェ、もう一度だけ見てもらえますか? それが何なのか気になるのです」
「リュリ様は変なこと気にするんですねえ。分かりました、まだ遠見の魔法は残ってるんで、そのまま行ってきまーす」
三度偵察に出るパーシェ。次に彼女が持ってきた知らせは、予想通りの、でも到底信じられないものでした。
「大変ですリュリ様、あの人間たち、何故か勇者を追いかけています!」




