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19.門の向こうへ、二人で


 それからは盗賊に会うこともなく、わたくしたちは転移の門までたどり着くことができました。門をくぐる前に、近くにいるだろうカティにそっと魔法で呼びかけました。


『カティ、聞いていたと思いますが、これからわたくしは勇者と共に門をくぐり、盗賊を討ちに行きます』


 思った通りカティは近くに潜んでいたらしく、すぐに返事がありました。


『本音を言えばお引き止めしたいところですが、致し方ありません。貴女が人間の盗賊ごときに遅れを取るとは思いませんが、どうかお気をつけて』

『はい、行ってきます。すぐに戻りますから』


 そうして手短に会話を打ち切った時、ちょうどクリスが話しかけてきました。


「リリィ、あの虹色のものが門だね?」


 それを聞いてくるということは、やはり彼は魔界に来た時の記憶がないのでしょう。


「はい。あの虹色の平面を通り抜けると、人間界に出られます」


 クリスはそれを聞くと、用心深く門に近づき、いきなり頭と右腕を同時に差し入れました。次の瞬間、彼の全身が門の向こうに消えます。


 そのまま少し待ちましたが何も起こらないので、わたくしもそっと門をのぞきこんでみました。そこは岩肌がむき出しになった洞窟の行き止まりで、岩の壁にある人ひとり通れそうな幅の割れ目から、通路のようなものが続いているのが見えました。


 目の前ではクリスが三人の盗賊と戦っていました。壁を背にして囲まれないように上手く立ち回っています。と、岩の割れ目を通って四人目の盗賊が現れました。クリスはまだ気づいていないようです。いけない、このままでは。


 わたくしは腕も門の中に差し入れ、そこから風の魔法を刃にして飛ばしました。威力を絞って放ったその魔法は、それでも四人目の盗賊の足を深く切り裂くには十分でした。悲鳴を上げて四人目の盗賊が倒れこみ、その場の全員の目がそちらを向きます。

 その隙に、わたくしもそっと門をくぐり抜けました。壁伝いにクリスのところへ向かいます。


「リリィ、助かった!」


 わたくしに気づいたクリスが手短に礼を言ってきました。そうしている間にも、先ほどの悲鳴を聞きつけたのか、一人また一人と盗賊が増えていきます。わたくしはクリスの左手側に陣取ると、さらに風の魔法を飛ばしていきました。


「な、なんだこの女!?」

「魔法を使うぞ、気をつけろ!」

「男の方が強いぞ、女からやっちまえ!」


 盗賊たちが声を掛け合っています。わたくしの方に殺到してきました。クリスの方が強いだなんて、まったく見る目のない連中ですね。


 わたくしは内心あきれながら、落ち着いて一人ずつ片付けていきました。この程度の人数なら一度に倒すことも簡単なのですが、わたくしの本当の強さをクリスにさとられて怪しまれてはいけませんので、あくまで一人ずつです。うっかり盗賊に囲まれてしまったら、その時はその時です。いずれにせよ、彼らはわたくしの敵ではありませんし。

 それにわたくしに殺到する盗賊たちを見たクリスが「卑怯者め!」といって激高し、わたくしの盾になろうとしてくれているので、本気を出さなくても、盗賊たちに囲まれずに済みそうです。


 そうやって二人で黙々と盗賊を片付けていると、気づけばわたくしたちに立ち向かってくる盗賊は誰もいなくなっていました。


「リリィ、君は強いんだな。おかげで助かった」


 剣についた血を払いながらクリスがわたくしに話しかけてきました。彼はあちこち血で汚れていますが、全て返り血のようでした。


「いえ、わたくしはただ魔法を使っていただけですから。あなたに守ってもらえなければ危なかったです」


 本当は守られなくても全く問題はなかったのですが、守ろうとしてくれた彼の気持ちは嬉しかったので、そう答えておきました。


「君も無傷のようで良かった。さて問題は……おそらく盗賊たちはまだ残っているだろう、ということか」


 わたくしに優しく微笑みかけたクリスが、一転して通路の先を厳しい目でにらみつけました。

 最初に倒した盗賊が言うことが正しければ、ここには四十人程度の盗賊がいるはずです。そして今わたくしたちが倒したのが二十人前後。まだかなりの数が残っています。それに。


「それに頭らしき人物が見当たらない、それが一番の問題だ」


 クリスはわたくしが人間の常識には不慣れなのだろうと判断したらしく、丁寧に説明を始めてくれました。

 確かに、わたくしは人間界の常識についてはぼんやりとした知識しかありません。世間知らずの魔族の娘として扱ってもらった方が、何かと都合が良いのも事実です。


「これだけ多くの盗賊がいれば、それをまとめる頭が必要になる。そしてここの盗賊の頭は、それなりに経験を積んだ者である可能性が高い」


 クリスが、わたくしたちがさっき通ってきた転移の門を指しています。


「彼らはあの門を見つけた後、いきなり全員で魔界に行くのではなく、まず斥候を出して向こうを探っている。これは、ある程度集団を率いることに手慣れた者の手口だよ」


 わたくしは黙ってうなずきました。クリスも真顔で、さらに説明を続けました。


「そして盗賊の頭なんていうのは大概分かりやすい見た目をしている。下を従えるには見た目もそれなりのものにしておく必要があるからね。無法者の集団を束ねるのなら、なおさらだ」


 そう言えば、ガラントが魔王代理に選ばれた理由の一つに、彼の見た目が人間の想像する魔王の姿とよく合致するから、というのもありましたね。


「今までに倒した盗賊の中に、頭らしい者はいなかった。だから頭はおそらくこの先にいると思う」


 彼は通路の先をにらみながらそう言うと、わたくしの方を向きました。


「頭とその取り巻きは、おそらく今までの盗賊たちより腕が立つ。危ないから俺のそばを離れないで」

「はい。クリスも十分に気を付けて」

「ああ。君がいると、俺はいつもより強くなれるんだ。今だったら何だって倒せる気がするよ」

「クリス、こんな時に何の冗談を言っているのですか?」

「冗談じゃないんだけどね」


 彼が投げかけてくる真剣な瞳にどぎまぎしながらも、それを悟られないようにしながら慌てて彼の気をそらします。「何だって倒せる」の中には魔王も含まれているのでしょうし、この状況で、彼がかつて魔王を倒そうとしていたことを思い出してしまったら大変です。


 そしてわたくしはクリスの背にかばわれながら、通路の奥に向かって慎重に進み始めました。




 そこは通路というよりも、ただの岩の割れ目でしかないようで、足元には大小様々な大きさの岩がたくさん転がっていました。しかも逃げていった盗賊たちの血で足元が滑るせいで、転ばないように歩くのすら大変です。大きな岩を越えて進む時などはクリスが手を貸してくれました。


 そうしてどれだけ進んだのか分からなくなってきた頃、突然広間のような空間に出ました。魔王城の玄関くらいはあるでしょうか。


 その空間の向こう側に、大きな岩がいくつか組み合わさってできた隙間があり、そこから日の光が漏れてきているのが見えます。おそらくあそこが外に通じているのでしょう。

 そしてその陽光を背にして、人影がいくつも立っていました。目が慣れてくるにつれて、それぞれの姿が少しずつはっきりしてきました。


 中央に立つ人物が一番体格に優れていて、太い腕にもがっしりとした胸元にも大きな宝石をいくつもはめ込んだ黄金の装飾品をごてごてと光らせています。

 おそらくあれが盗賊の頭でしょう。強そうですし偉そうですが、服装の趣味が良くないですね。盗賊の頭の周りには十数名の他の盗賊たちが並んでおり、みな剣を抜いてこちらをうかがっています。殺気がここまで漂ってきます。


 一触即発の空気の中、盗賊の頭が口を開きます。見た目の悪趣味さにふさわしい、ひび割れてがさがさとした低い声でした。


「お前らは何者だ、いきなりあっち側から現れて俺の子分をいたぶりやがって」

「盗賊に名乗る名などない」


 クリスが冷たい声で言い切ります。この空気ではどう転んでも戦いになるのは避けられませんし、友好的に対応する必要はないと判断したのでしょう。わたくしも同意です。


 彼のその返答を聞いた盗賊たちの殺気がさらに膨れ上がります。わたくしはこっそりと、クリスに風の魔法で守りの壁をまとわせました。これだけの人数による乱戦になってしまっては、わたくしでもとっさに彼を守るのは難しいでしょう。ですから彼に気づかれないように、あらかじめ守りの魔法をかけておいた方がいいと考えたのです。




 その場の全員がぴたりと止まりました。誰が最初に動き出すのか、それを互いに探りあっているのです。しばらくして、しびれを切らしたらしい誰かが動く気配がしました。次の瞬間、その場の全員がいっせいに戦い始めました。


 クリスはわたくしを後ろにかばうようにして、次々と盗賊と切り結んでいきます。わたくしに気を使っている分彼の動きは鈍く、時々盗賊の剣が彼をかすめています。彼にあらかじめ守りの魔法をかけておいたのは正解でした。

 わたくしは彼の足手まといになっている分、少しでも彼の負担を減らそうと、両手を目いっぱい動かしてそれぞれ風の刃を飛ばし続けていました。クリスが守ってくれているおかげで、わたくしのところまで盗賊はやってきません。


 それを嬉しく思う一方、歯がゆくもありました。わたくしが魔王であることを隠さなければ、この程度の相手にこうも手こずることなどありませんのに。クリスがこんなに苦労する必要はありませんのに。


 しばらくそうやって戦っていくうちに、盗賊たちは数を減らしていきました。辺り中にうめき声と血の匂いが満ちていて、そこに立っているのはわたくしとクリス、そして盗賊の頭の三人だけ。

 クリスが剣を構え直し、じりじりと前に進みます。わたくしも彼から離れないように注意しながら、その後に続きます。

 

わたくしたちが広間の真ん中あたりまで進んだ時、盗賊の頭が突然叫びました。


「お前ら、よくもやってくれたな! だがお前らもここで終わりだ!」


 言うが早いか、盗賊の頭は懐から何かを取り出して掲げました。その何かが光を放ちます。それに続き、何かが破裂するような音がどこかから聞こえてきました。


 あれは魔法の道具だ、と気づいた瞬間、すさまじい轟音が頭上から響き渡りました。わたくしの視界はあっという間に、崩れてきた岩で埋め尽くされていきました。



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