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14.その一瞬に全てを込めて


 人間界から戻ったわたくしたちは、結局カティに見つかって三人まとめてお説教されてしまいました。

 もっとも、しでかしたことに比べて随分と控えめなお説教でしたので、もしかしたらカティはわたくしが泣いていたことに気づいていたのかもしれません。彼は夜目が利きますし。


 そしてお説教から解放されて天幕に戻り、いざ眠りにつこうというときにパーシェが力いっぱい抱きついてきました。彼女はまだわたくしのことを心配しているようです。護衛見習いの彼女にここまで心配させてしまうなんて、これでは魔王失格ですね、まったく。


 その日はパーシェと二人抱き合って眠りました。その温もりもまた、先ほどの日差しを思い出させる幸せなものでした。




 次の朝、いつもより早く目が覚めました。やはり少しだけ緊張しているようです。仕方ないとは思います、何せ今日わたくしが首尾よく門を封鎖できるかどうかに全てがかかっているのですから。

 レッガの手による素晴らしい朝食をとっていると、あまり寝ていないらしいカティが疲れた様子で報告を始めました。


「人間界には魔界ほど多くの斥候を送れないので情報が不確かですが、ガラントはほぼ予定通りこちらの門に向かっているようです。ただ少々問題も生じています。勇者の仲間に飛行の魔法を使えるものがおり、そのせいで逃げるガラントと追う勇者との間があまり空いていないようなのです」

「勇者の仲間、ですか。そういえば最初に遠見の水鏡で勇者の姿を見たとき、彼には同行者がいたような気がします」

「それが勇者の仲間ですね。仲間は二人いて、大きな両手剣を使う剣士と、様々な魔法に長けた魔法使いです。状況によって案内人や荷物持ちが同行していることもあるようですが」

「魔法ならリュリ様のほうがすごいんだからねー! 剣もベル様の方が絶対強い!」

「お前、そこは『私の方が強い』っていうところだろ」

「私、槍使いですもん」


 どうやらパーシェは、見ず知らずの勇者の仲間に対抗心を燃やしているようです。


「ともかくそういう訳ですので、可能な限り短い時間で門を封鎖できるよう準備をお願いします。最悪の場合、ガラントが駆け込んできた直後に勇者が追ってきかねませんので」


 カティが冷静に恐ろしい可能性を告げてきます。ああ、ますますわたくしの責任が重大になってきました。


「カティ、ガラントが戻ってくるのはいつ頃になりそうですか?」

「このまま順調にいけば昼頃ですね」

「分かりました。これから準備にかかります」


 わたくしは朝食を終えるや否や、門の封鎖の準備にかかることにしました。気合を入れて臨まなければ。




 門の封鎖は、通常であれば障壁の魔法を発動させそれを門に重ねてから魔法で固定する、という流れですが、このような非常時においては少し手順を変えることも可能なのです。

 障壁の魔法を発動した後、障壁を門に重ねる前に固定の魔法を途中までかけておき、その後一気に大量の魔力をかけて、門に障壁を重ねると同時に固定の魔法を完成させるというものです。最後の工程で消費する魔力が膨大ですので、あくまで緊急時のみの手段です。


 わたくしは障壁の魔法を門から数歩の距離で発動させ、表面に魔力を乗せて固定の魔法を書き込み始めました。まんべんなく、むらなく均一に。今が緊急時だと分かってはいるのですが、この単純作業にはやはり心を穏やかにする何かがあるようです。

 いけません、気を引き締めなくては。そう言えばみなはどうしているのでしょう。わたくしは目を障壁に向けたまま、耳を澄ませました。すると、兄様とパーシェがすぐ後ろで話しているのが聞こえてきました。


「パーシェ、お前も構えとけよ」

「はーい。いざとなったらリュリ様を守らなきゃですしね」

「それもあるが、最悪勇者がこっちに来ちまった場合は力づくで押し返す羽目になるかもしれないからな。一発ぶん殴って門の向こうに放り投げて、リュリが門を封鎖できるようにする、それが俺たちの任務だ」

「めんどくさいですよねー。いっそここで勇者倒しちゃいたいですー」

「それは駄目だ。勇者が倒されたとなれば、人間どもがいきり立っちまうかもしれねえ。魔術師どもが力を合わせれば門の封鎖も解かれちまうかもしれないし、そうして各地の門から一斉に軍勢送られたりでもしたら、たまったもんじゃねえからな」

「そうですね、僕も同感です」


 おや、カティも会話に加わったようですね。


「勇者がいる限り、人間は魔王討伐の責務を全て勇者に任せっきりにしがちです。いわば勇者は人間にとっての希望の星。もっとも、リュリ様は歴代魔王の中でもことさら平穏を望まれる方ですので、人間たちに討伐されるいわれなどないのですが」

「わしの知る限りでも、人間界に干渉しようとしたのは四代前の魔王様が最後でしたなあ。人間たちの短い寿命では、当時を知る者などとうてい生きてはおらぬ筈ですがの」


 レッガがそう付け足します。かつて人間界を侵略しようとした魔王がいたことはわたくしも聞いてはいますが、それは前のわたくしが生まれるよりもずっと前のことでした。


「ああ、話が反れましたね。つまり、希望の星たる勇者が倒れれば、逆に人間たちが奮起してしまう恐れがあるのです。その方が僕たちからすると余程危険なんですよ、特に今の勇者は不思議なくらい弱いですから。記録に残る歴代の勇者は、いずれも魔王と互角に戦えるだけの強さを持っていたというのに」

「ええっ、そうなの!?」


 驚くパーシェ。わたくしも驚いています。魔王討伐という名目を掲げて旅立ったのなら、腕が立ちそうなものですが。


「そうなんだよ。勇者はまだ若い上に、新しく門が開いたせいであっという間に魔王城までたどり着いてしまったから、実戦経験もあまり積めていない。そのせいなのか、彼の実力は普通の人間よりそこそこ強いという程度でしかない。たぶん、ワードラゴン族の中では戦いが苦手な方であるガラントでも、勇者一人なら互角に戦えるはずなんだ」

「だったら私でも勝てそう……ベル様なら仲間も含めて三人まとめてのせちゃいますね」

「だから倒したら駄目だっつってんだろ。しかしそこまで弱いとなると、うっかり倒さないよう手加減するのが大変そうだな」


 兄様がぼやいています。勇者相手に手加減の心配をしなくてはいけないなんて、予想外でした。


「まあ勇者が弱いといっても、実戦では何が起こるか分かりませんので、二人とも気を引き締めてください。リュリ様が門の封鎖に専念できるように」

「当たり前だ」

「分かりましたー」

「それではわしはそろそろ隠れるとしましょうかの」


 兄様とパーシェが武器を構える気配がしました。兄様は身の丈ほどもある特大の両手剣を、パーシェは細身の短槍を得意としています。彼らは収納魔法を使えませんが、同様の効果を持つ魔法の道具を身に着けていて、そこに得物をしまっているのです。一方のレッガは戦いが苦手なので、勇者が近づいたら周囲の森に身を隠すことになっています。


 カティがわたくしの横に来て、門を見つめながら身構えました。そろそろガラントが戻ってくるようです。

 彼の猫の耳に付けられた耳飾りがきらきら光りながら小さな音を立てています。斥候やガラントとのやり取りはこの耳飾りを介して行っていたのでしょう。辺りがとても静かなので、わたくしにも微かにその内容が聞こえてきます。ガラントは必死に何か叫んでいるようでした。


『カティ殿、門が見えてきました! しかし勇者がすぐ後ろに!』

「あなたは速度を出すことだけに専念し、全速力で門に飛び込んでください」


 カティはみなに聞こえる声でそうガラントに答えました。わたくしたちに緊張が走ります。


『くっ、追いつかれ……あと三、二、一』


 ガラントが残りの距離をつぶやくのが聞こえました。わたくしは門を見つめます。ガラントの黒い鼻先が虹色の平面から現れました。頭、腕、肩と次々に見えてきます。体が全て現れ、続いて大きな翼が、そして最後に立派な尾が。

 ガラントの全身がこちら側に現れたのを見届けた瞬間、わたくしは全力で魔力を込め、障壁を門に重ねて固定しました。魔力があふれて辺り一面を真っ白な光で埋め尽くします。


 魔力の白い光が収まったとき、転移の門の虹色の平面は銀色に変わっていました。そしてその前の地面には、一人の人間が倒れていました。



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