12.帰り道の途中
そうして無事に辺境にある転移の門を封鎖したわたくしたちは、来た道を急ぎとって返しました。行きは二つの門を封鎖しながらの旅でしたが、帰りは魔王城に一直線です。
カティによれば、ドライアド族とバフォメット族も無事に門の封鎖に成功したそうです。となれば、開いている門はあと一つ、魔王城のすぐそばの門のみです。この門さえ封鎖してしまえば、とりあえず勇者が魔界にやってくることはありません。
もっとも、時間がたてば新たな門がまたどこかに開くでしょうが、開き次第封鎖できるよう準備しておけばよいのです。勇者は人間ですから戦えるのはせいぜい数十年ですし、その間をしのぎ切れば問題ありません。わたくしたち魔族は人間よりずっと長く生きますから、その程度の時間であれば苦も無く耐えられます。
これまでの変わり映えのしない空の旅に少しばかり退屈していたわたくしたちですが、あと少しとなるとがぜん気も引き締まってきます。気分も新たに魔王城へ戻っていた途中に、突然その知らせは舞い込みました。
いつものように一人離れてルーの首のところに座っているカティが、突然何かを取り出して話し始めました。誰かと通信しているようです。
ルーの背中にいるわたくしたちには具体的な内容は聞こえてきませんが、切迫した様子であることは伝わってきます。なにか問題でも起こったのでしょうか。
わたくしたちが固唾を飲んで見守っていると、通信を終えたらしいカティが真剣な面持ちでこちらにやってきました。
「勇者が魔界に侵入しました。新しく開いた門を通ってきたようです」
カティがそう言った瞬間、わたくしも含め全員が固まりました。今さっきまで万事順調に進んでいた筈なのですが、一気に最悪の事態になってしまいました。
「リュリ様、ご判断を」
固まったままのわたくしにカティが声をかけてきました。まだ勇者が人間界にいる間であれば、様々な手配を彼に任せたままにしておけましたが、この緊急事態においては、魔族の長たるわたくしが方針を決めるべきなのです。
「分かりました。まずは状況を教えてください」
わたくしが言うと、カティは光の地図を二つ出しました。そこには今の勇者の位置と新しく開いた門の位置、そしてその門が人間界のどこに通じているかということが記されています。
「今回新たに開いた門、つまり勇者が通ってきた門はこちらです。この門から魔王城までは徒歩で四日程度かかります。周囲の魔族は私の判断で現在避難させているところです。必要であれば彼らに命じて勇者の足止めもできますが」
「足止めをするものが危険にさらされますから、できればその手は使いたくないですね」
「了解しました。もう一つの門、つまり私たちが封鎖しようとしていた門がこちらです。ここは魔王城から徒歩で半日ほどです」
そこまで説明すると、カティは魔界の地図の一点を指さしました。
「そして私たちが今いるのがこのあたり、魔王城までルーなら三日の道のりです。ただしルーに乗ったまま戻った場合、私たちが勇者に見つかってしまう恐れがあります。勇者に見つからないように魔王城に戻るのであれば、あと二日ルーで移動してそこから徒歩で二日となりますが、これですと勇者と鉢合わせてしまうかもしれません」
いずれにせよ、日程としてはかなりぎりぎりになりますね。前もって打てる手はあまりないかもしれません。
わたくしは二つの地図とにらめっこしながら考えました。どうせ今のわたくしには考えるくらいしかすることがありませんし、早く対策を決めなくては。
勇者をどうにかして人間界に送り返すのが当面の課題です。けれど勇者は魔王城に向かってきます。どうやれば彼の進路をそらし、転移の門に導くことができるか。
答えは簡単です、彼は魔王討伐のために魔界に来ているのですから、魔王でおびき出せばいいのです。つまり最適のおとりはわたくし自身。しかも良い塩梅に、すぐに使える転移の門は今二つ。
ここでわたくしはこう考えました。まずわたくしが急いで魔王城に戻り、魔王として勇者をひきつけ、逃げる演技をしながら魔王城近くの転移の門まで勇者をおびき出します。
新しく開いた門の方に誘導してもいいのですが、長時間逃げる演技をするのは骨が折れそうですし、それに勇者に魔界をあまりうろうろして欲しくありません。
そして門をくぐって人間界に渡り、そちらで勇者をまいた上で、新しく開いたもう一つの門から魔界に戻ってくれば良いのではないかと。一つ目の門は勇者が通った直後に、二つ目の門はわたくしが戻ってきた直後に封鎖すれば大丈夫だと思います。
ところが、この案をみなに話してみたところ、全員に却下されてしまいました。
「お前ひとりで危険を全部背負うんじゃねぇ」
「もう少し私たちを頼ってくださっても」
「リュリ様ひとりで人間界だなんて、危ないですよお」
「わしも反対ですな。魔王様はわしらを治める方ですからな、できるだけ直接の危険からは遠ざかっていてほしいものです」
『まおうさま、あぶないのはだめだよ』
みな一様に心配そうな顔をしています。こっそり聞いていたらしいルーまで一緒になって止めてきました。
「ですが、勇者をおびき寄せるにはわたくしが動くのが最適なのです」
「最適ですが最良ではありませんね。……貴女の案を少し修正してみましょう」
相変わらず心配そうな顔をしたカティが、考え込みながらそう言ってくれました。けれど、わたくしの危険を減らし、かつ勇者を確実に人間界に追い返すのであれば、あと使えそうな手はひとつだけだと思うのですが。
「勇者をおびき寄せる役目は、現在魔王代理を務めているガラントに担ってもらいましょう」
カティの言葉は、わたくしの予想通りのものでした。魔王が出ないなら魔王代理を出すというというもの。
「ガラントはワードラゴン族であり、あの種族は長距離の飛行を比較的得意としています。彼であれば、勇者を引き連れて人間界に渡った後、休みなしにもう一つの門まで飛び続けられるでしょう。リュリ様がおとりを務めるよりも容易に勇者をまくことができるはずです」
わたくしは素早く飛ぶのは得意ですし小回りも利くのですが、長距離を飛び続けることはあまり得意ではありません。カティの言う通り、ガラントの方が適任なのでしょう。
「カティ、でしたら彼が魔界に戻った後に、二つ目の門を塞ぐ役目をわたくしにやらせてください。わたくしがありったけの魔力を使えば短時間で門を塞ぐことも可能ですから」
実は、魔王として本気を出せば門を短時間で封鎖することも一応可能ではあるのです。ですがその方法では魔力を大量に消費する上、反動で数日は魔力が低下します。しかもその方法には速さ以外に何の利点もありません。
ですので、これまでの道程ではその方法を使わずにきました。しかし今は緊急時ですので、いざとなればその手を使うことも考えに入れなければなりません。
カティも今度はわたくしを止めませんでした。他のみなも「魔界に残って魔法を使うだけなら」と同意してくれました。どうやらこれで決まりのようです。
こうして方針が決まると、カティはガラントに連絡を取り始めました。ルーは進路を少し変え、魔王城から少し離れた草原を目指し始めました。
わたくしは勇者に気づかれることなく、人間界で勇者をまいた後にガラントが魔界に戻ってくる、新しい転移の門に向かわねばなりません。
しばらくして、ガラントとの打ち合わせを終えたカティによって、今後の日程が告げられました。
勇者が魔王城に到達するまで約三日。そこからガラントが魔王城に一番近い転移の門まで一日かけて勇者を誘導し、人間界に渡ってから丸一日かけてもう一つの新しい転移の門に移動。そしてガラントが転移してきた直後にわたくしが転移の門を封鎖する。
魔王城に近い方の門については、短距離の瞬間移動を得意とする鬼火族ことウィスプ族を呼んでおき、勇者が人間界に戻った直後に彼らに封鎖してもらう。
急ごしらえにしてはまずまずな作戦になっているかと思います。それにしても、転移の門さえ封鎖してしまえば平和になると思った矢先に勇者が魔界に来てしまうなんて、なんてついていないのでしょうか。
わたくしはみなに気づかれないように、そっと天を仰いで己の不幸を嘆きました。




