11.百花繚乱の魔境
遠目に転移の門が見え始めたころ、ルーはゆっくりと着地の体勢に入りました。着地の際の突風をできるだけ少なくするためです。
普段ならそこまで気にしないのですが、ここは辺境であり、魔王の統治下にない魔族の住みかです。そしてここに住むのはおそらくフローラ族。彼らは花と共にある種族ですので、花畑を荒らすと彼らの怒りを買ってしまうおそれがあるのです。
わたくしはカティを連れて先にルーから降り、二人がかりで大きな風の幕を花畑にかぶせます。ルーの翼が起こす風から、少しでも花を守れるように。
慎重に降りてきたルーがとうとう花畑へ着地しました。花への被害は最小限に抑えられたはずですが。
そう思った瞬間、ルーはたくさんの人影に囲まれていました。ぎゃあぎゃあと、甲高い声で叫んでいるのが聞こえます。辺りを見渡すと、わたくしたちを取り囲んでいたのはやはりフローラ族でした。
彼らは十歳ほどの子供のような姿で、背中にはそれぞれ色や模様が異なる蝶の羽が生えています。彼らはレッガであればすっぽり入ってしまえそうなほど大きな花をそのまま服に仕立てており、色とりどりの花が咲いたツタを手足に巻き付けています。さらに同じような花が髪にもたくさん飾られています。
そんな彼らがたくさん集まったところは、見た目にはとても華やかなのですが、彼らの雰囲気はとても険悪でした。困りましたね、ここからどうしましょう。
わたくしたちが出方をうかがっていると、フローラ族の一人が前に進み出ました。地面につくほど長い髪をした優美な女性です。服装も他の者より豪華で、ひときわ多くの花が飾られています。きっと彼女がここのフローラ族の長なのでしょう。
ならばわたくしが出ていくのが筋でしょうかと考えていたら、その女性がこちらに呼び掛けてきました。
「花を散らす大きな鳥に乗る者たち、お前たちは昨日も南の花畑を荒らしたな。お前たちの長は誰だ。私はこの花畑の長、お前たちの長と話がしたい」
かわいらしい見た目とは裏腹に、凛として強そうな声です。彼女が言っているのは昨日ルーが休息するために地面に降りた時のことでしょう。花畑をできるだけ荒らさないようにわたくしたちはルーの背中で一晩過ごしましたのですが、それでも彼の足が花畑を踏みつけるのは防ぎようがありませんでした。
わたくしは無礼にならないよう、すぐに彼女に答えを返しました。
「長はわたくしです。申し訳ありません、花畑を荒らしてしまって。今から理由を説明します」
そう言ってわたくしが花畑の長の前に進み出ると、彼女はわたくしを上から下までじっくりと観察し始めました。
「お前はフェアリー族か。ならば私たちのことも分かるな。私たちはフローラ族、花を荒らすものは許さない。事情があるのならさっさと話せ」
「ええ。わたくしはリュリ、大山脈の向こうでは魔王と呼ばれています。わたくしたちはここにある転移の門を封鎖しに来たのです」
「転移の門か。魔王じきじきに出てこなければならないような事情があったのか?」
「はい。人間界に勇者が現れました。魔王を倒すべく、魔界を目指しています。彼らが魔界に来てしまう前に、急ぎ転移の門を封鎖しなければなりません」
「なるほど、事情は分かった」
どうやら花畑の長は話せば分かる方のようで、納得した顔でうなずいています。周りのフローラ族は勇者と聞いて驚いている者が半分、それよりも花畑を荒らされた怒りが治まらない者が半分といったところでしょうか。
「だが、このまま引き下がる訳にはいかない」
あら、風向きが変わってきたようです。きっと何か条件をつけてくるのでしょうね。
「山の向こうの魔王よ、あなたが私たちの地を荒らしたことについて詫びの証となるものが欲しい。大きな鳥を見た他の花畑の長たちがいずれここに様子を見にやって来る。彼らに何が起こったか説明しなくてはならない。そのときに、魔王が私たちに詫びたという証になるものが必要なのだ」
「分かりました。連れのものと相談しますので、少し待っていてくれますか」
そう彼女に頼み、わたくしは後ろに下がってみなと相談を始めました。周りのフローラ族に聞こえないように小声です。
「さて、詫びの証ってなにがふさわしいんでしょうか?」
「価値のあるものや、リュリ様にゆかりのものであればいいとは思いますが……」
「きらきらの宝石は価値がありますよお? あの人にあげちゃうのではなく私が欲しいですが」
「彼らにとって宝石は価値がありますかの。どうも宝石よりも花で飾りたてる方が好きなように見えますな」
「俺もレッガに同意。前に会ったフローラ族は、宝石には目もくれずにレースやフリルを山のように買いあさってたぜ」
「きらきらよりひらひら派でしたかー」
「リュリ様、それでしたらあれはどうでしょうか。前に見せてくださった桃色の透かし編みの。今もお持ちでしょう?」
「ええ、持っています」
わたくしの趣味の一つである、魔力の糸を用いた編み物。カティが言っているのは前に完成させたショールのことでしょう。淡い桃色から赤に近い桃色まで、たくさんの桃色に染め上げた糸を使って複雑に編み上げたものです。大変繊細でとても豪華なのですが、それだけに普段使いにするのは惜しく、編み上げたもののしまいっぱなしになっていた一品です。
収納魔法を使って空間の狭間からそのショールを取り出すと、遠巻きに眺めている周囲のフローラ族から一斉にため息がもれました。先ほどの険悪な雰囲気とは打って変わって、小声でひそひそと話しています。そっと聞き耳を立ててみると、このショールを褒めてくれているようです。どうやらこれは彼らの好みに合っているようでした。
わたくしがショールを手に花畑の長に向き直ると、彼女も表情をわずかに緩めています。
「花畑の長、こちらではどうでしょうか。わたくしの魔力を糸に紡いで、わたくしがこの手で編み上げたものです」
「これは良い品だ。魔王よ、詫びの品は確かに受け取った」
彼女はにっこりと笑うと、そのショールを肩に器用に巻き付けました。周囲のフローラ族から歓声が沸き起こります。優美な彼女に、桃色のショールはとてもよく似合っていました。
「さて魔王よ、花畑を荒らしたことについてはこれで終わりだ。そして転移の門についてだが、私たちも封鎖を手伝おう。勇者が来るとあれば、私たちにとっても他人ごとではないからな」
「ありがとう、助かります」
花畑の長はくるりと後ろを向きフローラ族を一か所に集めると、何ごとか指示していました。指示を聞き終えた彼らはいくつかの列に分かれ、列ごとにばらばらに動き出しました。よく見ると、赤っぽい装いの者が集まった列や、青みが強い装いの者が集まった列など、それぞれの列は装いの色味によって分けられているようでした。
そうやって全てのフローラ族がきれいに整列すると、花畑の長がわたくしに向き直りました。
「魔王よ、障壁の魔法を使ってくれ。私たちはその魔法は不得手だ」
わたくしはその指示に従い、転移の門に重ねるようにして障壁の魔法を発動させました。続いて花畑の長はわたくしに下がるように指示し、わたくしが十分に下がったのを確認すると、手を挙げて門に向かって振り下ろしました。
すると、全てのフローラ族がいっせいに舞い上がりました。彼らは列になったまま門に向かって素早く飛んでいき、固定の魔法を発動させながら次々と門に手を触れ、急旋回して上方に飛び上がります。
それぞれの列が色分けされているせいで、まるで様々な色の帯が門に向かって飛んでいるように見えます。虹色の門を銀に染めていく虹色の帯。周囲の花畑と相まって、それはとても美しい光景でした。
そうしてわたくしがただひたすらに感心している間に、いつの間にか門の封鎖が完了していました。普通に封鎖した場合の三分の一ほどの時間しか経っていないしょう。フローラ族は一人ひとりの魔力はそこまで高くないようですが、圧倒的に数が多く、しかも統率が取れているのでこのような方法をとることができたのでしょう。
門の封鎖を見届けた花畑の長はもう一度わたくしに向き直ると、心なしか胸を張り自慢げに言いました。
「わたしたちは花の中に生きるものだ。だから私たちは花のごとく美しくあろうとする。どうだ、美しいだろう」
「はい、とても素晴らしいです。それと、門を封鎖してくれてありがとうございます」
「例には及ばない。先ほども言ったように、私たちにとっても他人ごとではないのだから。それに、礼を言うべきなのは私たちの方だろう。あなたたちが来なければ、私たちは勇者のことなど知らずに危険な門のそばで暮らし続けていただろうから」
わたくしたちはそうやってお互いに頭を下げあいました。最初は少々行き違いがありましたが、こうして和解できて良かったです。




