行方不明なイミを識る
「神坂様、今日はお一人ですかぁ?」
「勿論、一魅は連れてきてません。というか別件を任せてます。お礼を貰いにきました」
「はぁい、お嬢様は首を長くしてお待ちしておりましたよ。それではこちらへどうぞぉ」
物置については一魅と花影(時間があれば)に任せた。二人はコミュニケーションなどさっぱり取れないが、関係ありそうな物を物置から出してくれればそれで十分だ。しかし逆はない、伽堂は俺に触れるかもしれないが、触れるだけで一魅の存在は見えないのだから。
居間に通されると、伽堂は放課後のティータイムに興じていた。今日、彼女は果たして学校に来たのだろうか、特別交流を取る気もないから気にしていない。あまり問題にされていない所を見ると、それなりに登校はしているのだろう。
「一魅さんはおりませんね?」
「いない。用事を押し付けて俺だけでやってきたよ。一応理由を用意しないと納得しないだろうから……ってか元々それを聞きに行ってもいいなとは思ってた」
「はい? 何ですの?」
「勘違いだったらそれでもいいんだけど、伽堂はずっと深夜放送部の放送を聞いてたのか? 俺の世代から聞くようになったんならこの話はなかった事にしてもいいんだが、もしもお前が前から放送を聞いてたんだったら聞かせてほしい。前の奴について」
「…………成程? 確かに神坂君がラジオパーソナリティとして有名になったのは透明人間の一件から。当時の私は引き籠っていましたから仮に貴方が宣伝をしていてもそれを知る術がありません。自分をきっかけにするのは不自然だと」
「ああ。まあラジオパーソナリティとか言われるとなんかすごい実力のある奴になるから訂正してほしいけど……」
飽くまで部活動という心持ちは忘れないようにしたい。悩まされてる事件とは無関係に、今の放送はもっとうまくやれたとか、喋りたい事を逃したとか心の中では反省しているのだ。そんな俺の戯言など聞き流したように伽堂は気持ちよく頷いた。
「確かに私は以前から深夜放送部の放送を聞いておりましたの。神坂君がここに入学する前からその活動は存じています。今の様にメンバーと交流する事はありませんでしたが。実はお礼というのもその件に関連する事柄でして」
「一魅を連れて来るなって言った理由は?」
「説明には順序がありますの。今はとりあえず、昨夜の放送を確認しましょう。舞子、録音を」
「ただいまお待ちしますねぇ」
「……昨日の分も聞いてたんだな」
「中々興味深い内容でした。もしも神坂君が今日いらっしゃらないのなら舞子を使いに出して今夜にでもお誘いしようかと思っていた所です。花婿ともなるとやはり心が通じ合うみたいですのね」
「……せっかくだから聞きたいんだけど、俺を花婿って事にしてどうしたいんだ? 学校で何か言われるのかとも思ったけど現状無風だぞ」
「ちょっとした保険ですからお気になさらず」
世間話をしている内に舞子さんが昨夜の録音を再生する。現在、あのお便りを出した人間が誰かを知るのは俺だけだ。伽堂とこの件を共有するかどうかは、情報次第である。協力関係にあるのと悪戯に不安を煽るのは訳が違う、とにかく俺の中で整理がついてから情報を出したい。
「このお便りですが、疑問点が大きく二つありますの」
「この人がどうしてこんな事を知っているかと……後は何だ?」
「学校では今回の放送を否定しませんでした。透明化が、性質上消えた事すら認識されなくなるからですの。失踪がこれらと無関係ならば幾らでも否定材料を出せるのに中立を貫いた……それは曖昧な判断などではなく、透明化が関連していると認めているような物です。すると何故このお便りをくれた人はそれを認識出来ているのでしょう? 卒業生が影響を受けているならその影響は既に手遅れな程進行していて今更どうしようもない筈ですの。先代だけならばいざ知らず、この言い方ではまるで歴代の卒業生の末路まで把握している様ではありませんか?」
「……確かに」
そしていずれの世代も問題なく”卒業”出来ているように見える。少なくとも学校はこれまで問題にしてこなかったし俺達はそれを知らなかった。当然、一魅も。
「さて、改めてこの話を。神坂君の言う通り私はこうなる以前から放送を聞いておりました。その昔、お父様が聞いていらっしゃるのを目撃して真似を。確か神坂君は当初私の記憶力を頼りにここを訪ねましたよね」
「そう、だな……もしかして放送は前から聞いていたが今となっては思い出せないとか?」
「仰る通りです。内容も、話していた人物も覚えておりませんの。しかし放送を聞いていた事実は覚えております。これは一体どういう事でしょう? 透明化は存在した事実すら忘れてしまうというのに」
「それは……お前が引き籠ってて失踪を知りようがなかったから幸運に恵まれたんじゃないのか? だってこの話をされなきゃお前も卒業生は卒業したって思ってたんだろ? 一魅が見えないのもそうだけど本人が納得する形で認識が歪むからな、だから───」
「再生機器越し、だからでは?」
伽堂が空になったマグカップをソーサーの上に置く。何やら自信のありそうな顔は引きこもり故時間だけは沢山あると言わんばかりに安楽椅子探偵の様相を呈していた。
「一魅さんの姿は誰にも見えない、触れない。その声は誰にも聞こえない、あらゆる計測機器を以てしても出所を探知できない。ただし間に音声機器を通せば聞く事だけは可能。その一貫性のないような性質は、今回の透明化と関係があるように思いますの。私も舞子も卒業生のその後など知らず、声も名前も覚えておらず、しかし聞いていた事実だけは覚えています。それはラジオを通してリスナーだったからなのではと」
「何が言いたいんだ?」
「リスナーというだけでは失踪の事実を認識できませんが、この家には例外が存在します。リアルタイムで聞いているリスナーばかりの中で、私はきっと数少ない後追いの者……放送は全て録音していますの」
「……!」
それは。
誰の所有物ではないとされた上で部室に放置された私物のように、名前の書かれていない手がかり。存在しているだけで意味のある無の痕跡。
「一魅さんをどうして呼ばなかったか。それはこちらを聞けばわかります。舞子」
「少々お待ちくださいねぇ」
仇華先生は卒業生が決まって失踪すると言った。透明化の性質上、噂話という事もあり得ない、きちんと失踪を認識している。
伽堂は俺達がこの部活を始めるずっと前からリスナーだったが、昨夜の放送を聞くまでは失踪という事実を知らず、声も名前も覚えていない。だからこれまで俺達に何も教えられなかった。
仇華先生は、これまで何度もお便りを出しているが読まれなかったので検閲を疑った。同じ内容とは言われなかったが、検閲を疑うならその中身は今回のお便りに近い情報……つまり卒業生の話に関連していると考えた方が良い。
あの人は、覚えているのか?
透明人間となった花影を記憶していた一魅のように。違いは仇華先生は誰からも見える普通の人間という事。
「お嬢様、準備が出来ましたよぉ」
「神坂君、たまには私と一緒にリスナーの立場を味わいましょう。今から流れるのは先代の…………いいえ、今となっては行方不明な誰かの声ですの」
『皆さん、こんばんは。深夜放送部三年の鷺実衛多です』
『こんばんはー。畔村奈々《あぜむらなな》でーす!』
『……二年の、姫篠廻音』




