先代の遺産
「改めてここを探す必要性に迫られるとはね」
昨夜の放送の反響は直ぐに翌日返ってきた。透明人間の一件は俺達放送部の知名度を(というか視聴率?)を大きく引き上げた事件だ。誰も気付かなかった怪奇現象を解決したばかりか居なくなった事にも気づかれなくなりそうだった被害者を救出した。その功績による善性が深夜放送部に謎の調査依頼が舞い込んでくる理由である。
今回は学校卒業生が毒牙にかかっているという投稿だった事、現に透明人間の一件は被害者が生存した上で改めて被害を訴えた事実があるところから学校側も投稿については否定せず、中立の立場を貫くと全校集会で明言した。その上で深夜放送部からの調査には前向きに協力してほしいとも。
気持ちは嬉しかったが、卒業生の話となれば真っ先に調べるべき場所がある。部室の物置だ。
「そもそも先輩達は無事卒業した筈じゃなかったか? 行方不明になってるなんて知らなかった」
「登校者の素性が気になる所ね。私達でさえ知らなかったのにどうしてこんな情報を持っているのか」
お便りを読んだ一魅の反応だが、意外にも動揺はなく冷静だった。というより最初から一切関与なんてしてないかのようにフラットで一瞬仇華先生の方が間違っているのではないかと思ったくらいだ。
考え直さなかった理由は単にその判断をするには早計だと思ったからだが、一夜明けて考えてみれば俺の挙動も不自然だった気がするし何より毎度あの投稿を排除していたなら突然読まれて真っ先に考慮すべきは”誰が入れたのか”だ。以前まではそう思いたくなかったが、やはり伽堂やら花影やら姫篠やらと比べると一魅は愛想が悪く、分かりやすい動揺を見せる方がむしろ変だ。
「……どうかした?」
「いや、物置に手がかりが眠ってるとしたら俺等アホだなって」
疑っている相手が近くに居ると視線まで吸い寄せられてしまうのは俺の悪い癖かもしれない。それこそ不自然に視線を逸らすと、一魅は首を傾げて直前の自虐を否定する。
「そんな事はないと思う。透明人間の件を初めて調べた時は単なる見間違いかもしくはちょっとした怪談程度の投稿だったでしょ。卒業生の話を前から知ってここに来た訳じゃないんだから、気に病まないの」
「高校に来てから初めて存在を知ったからな……はぁ」
「なにか億劫なの?」
「……あんだけ掃除したのに、俺達でまた掘り返すのかって」
「掃除って、そういうものでしょ?」
「そうなんだけどさあ!」
「この部室は部員だけの秘密基地なんだし、独占してる使用料みたいなものだと思った方が気が楽よ。それに……何か見つかる可能性が高いと思わない?」
「何でだ?」
「二人しか所属出来ない部活にあれだけ物が置かれてたのって今考えたら妙じゃない? 私物らしき物も取りに来ないで卒業したのもおかしいでしょ。透明人間然り何らかの影響で”卒業した事になって”消息を絶ったと考える方が自然」
「……確かに?」
「私達も含めて全員が卒業生の消息に違和感を抱けなかったのなら、既に手遅れと考えるのが自然でしょ。でもここには、卒業生の遺した物が沢山ある。これを見せて回っても誰も消えてなくなった卒業生の持ち物だと認識しないかもしれないけど……この部室に用事があるのは深夜放送部だけ。その事実があれば十分。卒業生の消息を追う手がかりがここにある可能性が高いもの。虱潰しに探すよりはだけど」
「……そういえば、お前は透明化の影響を一切受けなかったもんな。俺は花影の名前を忘れてたけど、お前はしっかり覚えてた」
「透明人間としての年季が違うからね、当然でしょ」
「悲しい自慢だ……」
さ、いいからやりましょ。片付けも随分時間がかかったけどどうせ誰も協力なんてしてくれないし───」
「神坂! 神坂神坂神坂か~~~~~~~みさか!」
うるさいくらいに名前を呼ぶその声が部室前で立ち止まる。声にかき消されて二人共黙ってしまったせいで奇妙な静寂がこの場を包んだ。気まずくなって扉を開けると、軽く息を切らした様子の花影が立っていた。
「ど、どうした?」
「聞いたよ! 昨日の放送! ていうか今日の集会も! 卒業生について調べてるんだよね! 私にも協力させてよ!」
「…………」
「…………協力って言ってもな」
一魅は話がややこしくなるので基本的には会話に混ざらない。それは俺達で取り決めた事だが、今はたとえ聞こえなくても仲裁に入ってほしかった。
「花影。気持ちは嬉しいんだが簡単に判明するとは限らないぞ。部活に集中してた方がいいんじゃないか?」
「部活に支障が来す程の調査なんてないでしょっ。そういうアンタだって深夜放送部なんだから!」
「……敷茂昭の一件は解決してない。そっちは大丈夫か?」
「え、あ。そうそう。その件で言いたい事あったの。なんか、先輩の方から言い寄ってくる事なくなってきたし、友達もアンタの悪口言ったりして別れるのを勧めなくなったんだ」
「……?」
一魅と顔を見合わせる。確かに昨日は一芝居打ってぎゃふんと言わせたが、あれは軽々しく彼女を”見える”と言われてムカついたからだ。花影に対する接触にも釘を刺したが、この程度で折れるような人間とは思わない。
「他に変化は?」
「話すのはいいんだけど、とりあえず入れてよ。中で話させて」
「分かった。扉は……開けとこうか?」
「アンタ女性に触れないんでしょ。それに一魅ちゃんだって居るならそういうの気にしなくていいって。え、居るよね?」
「そうか。じゃあ一魅、ちょっと外の様子を見ててくれないか?」
「…………盗み聞きする人が居たら勝手に送還しておくから」
これで密室に二人きり。焦っているのは俺の方だが、花影はきちんと対面に座って接触をケアしてくれている。仮にも恋人関係にある者として感謝しかない。
「で、変化はあったか?」
「うん、別れろとは言わなくなった代わりに、なんかぼんやりする事が増えたの。話してる時にたまにボーっとするみたいな。もう私って諦められたのかな? 小耳に挟んだんだけど違う子が同じように誘われてるらしくて……」
「その子は、引っかかったのか?」
「…………彼氏、居たらしいんだけど。別れたって。多分元カレの男子がその子の悪口凄い言ってたから」
「男子は同級生だったのか。ま、お気の毒だが今はどうしようもないな。あんまり
そっちの交友関係を知らないんだが、大体部活の同期と同じクラスの子でいいんだよな? 誰にも何もされてない?」
「うん、私には普通。あの人に靡かなかったせいかな、恋バナでハブられてる感じもするけど、でもそれは渡曽は話題についていきたくないってのもあるし───わ、私には刺激が強すぎるもん」
顔を赤らめてそんな風に言う辺り、内容は概ね察せられる。これ以上言う必要はないと掌で制止すると、彼女は黙って頷いた。
「ぶっちゃけさ、神坂が何かしたとしか思えないんだけど。どう?」
「何かしたはしたが、そんなクリティカルに効くって思ってなかった。一魅が見えるなんて大嘘を暴いて恥かかせただけなのにな」
「じゃ、じゃあさ! そのお礼って事で協力させて! 何でもいいからアンタの力になりたいの! 人手は多い方がいいでしょ、校長先生だって協力しろって言ってたじゃん!」
「調査に協力ってそういう意味じゃないような」
「私が! 協力! したいの!」
勢い余って席を立つ程の剣幕に圧され、俺は返すべき気遣いを忘れてしまった。ただでさえ面倒を抱えているのにこれ以上妙な面倒に巻き込む訳にはと、偽物なりに恋人を心配してこれまで断ってきたのに。
「わ、分かった。ありがとう…………」
俺の知る限り、花影薫織がここまで押しの強かった瞬間などないような。いや、あった。あったが、あれは俺の過失だ。フラれたのが俺のせいと言われたらその通り過ぎる。でもあの時は泣いていたし。
「で、でも協力ったってまだ方針も決まってないぞ?」
「そこは大丈夫、私、指示待ち人間じゃありませんしっ。お兄ちゃんについては覚えてるよね、私の……悩みの種の」
「忘れないよ、元凶だからな」
「お兄ちゃんもここの卒業生なんだ。妹の特権で色々聞いてみるねっ!」
考えてみれば当然の話。この町で生まれたからにはこの学校を経由して社会に行くのが殆どだ。町を出ずにここ以外の学校を進んだ人間は───残念ながら知らない。同じクラスでも違うクラスでも、小中高、交流はなくても顔くらいは知っている。
「…………卒業生、か」
「どうしたの?」
「いや、方針を考えてた」
最初は一魅と二人で物置を探そうと思ったが、花影が卒業生に話を聞けるなら、もう少し大胆な手法を取ってもいい。よくよく考えてみればこれはチャンスだ、俺が自然に一人になれる。
伽堂はお礼の際に一魅を同伴するなと言った。
物置の奥にあった人形は、”ヒトミはいない?”と彼女を警戒していた。
あの人形が接触してこない理由はやはり人形視点でも一魅が見えないからだろう。俺の隣に居ない瞬間なんて結構あるが、見えない側からは俺を介してしか断定できないのだ。
さて、どっちにアタリがある?




