痛みの残響
姫篠。
その苗字を持つ人間は少なくともこの町において彼女しかいない。だが彼女と交流していて姉妹がいたなんて話は……一人居るのは知っている。だが名前が違うし、もう一人居るなんて言われなかった。
「いや、いや」
それだけじゃない。深夜放送部は卒業までに二人しか所属出来ないのではなかったか? うん十年前の録音なら何処かでルールが加わったと考えてもいいのだが、これは先代の卒業生だ。つまり去年……あまりにも早すぎる改変だ。まるで、そう。事故でも起きたような。
警察が基本事後対応な所からも分かるように、多くのルールは何か起こってから迅速に対処される。まだ何とも言えないが……二人にしないといけなくなった事情が去年生まれたからそのようなルールが加えられたと見たって不思議じゃない。
『この放送も何回目だ? 生活リズムが崩れてからもう何時に寝ても眠くてさ、記憶力が悪化してきたんだよ』
『私等だけだったらいいのにね。ほんと、楽しそうだからって参加する人達って無限の体力だよねえー!』
『私、辞めたいんだけど』
『まあそう言わないでくれよ。廻音が居るから俺達は上手くやっていけてるんだぞ? 畔村がよお、ヒステリック起こすもんで』
『アンタが情けないのがいけないんでしょ!? この町で一番人気のお店調べてほしいって話だったのにクレームが怖いとか何言ってんだか!』
『でもよお、あのお便りも変だからよお……どう考えても人気のお店は”ちはう”だろ?』
『かもしんないけど、こういうのって数字として出さなきゃいけないんだからやるっきゃないでしょ? うちの放送楽しみにしてる人は多いんだから!』
『……部活初めて最初の一か月、チラシ配りなのはどうかと思った』
『いいのよ皆協力してくれたんだから!』
「…………これ、いつの放送だ?」
「去年の夏のお祭りの日の深夜ですの」
「完璧に覚えてるんだな」
「でもこの声も、この名前も記憶にありませんの。神坂君や一魅さんがこれまでの放送で何を話したか、一言一句答えられるこの私が」
「…………お祭りか」
あの時は単なる心配だと思ったが、仇華先生は俺が深夜放送部に所属したと言った時、気になる発言ばかりしていた。
”―――その様子じゃ、何も知らないで入部したらしい。先輩達について何か聞いた事は?”
今は意味が変わってくるのだが、あの時貰ったお守りは何処へ行ったっけ。家族が俺の持ち物に干渉してくることはない筈だから多分学生鞄の中に入ったままのような。
『前日のお題”どんな女性も結婚したくなる男性、どんなの?”よね。面白そうなのあった?』
『権力者っていうお便りがあるぞ』
『大喜利する気ないじゃないのよ! ちょっとみんな、もっとまじめに私等を笑わせてみなさいよ! だーれがガチの要望を出せって? うちは結婚相談所じゃないんだから!』
『……鏡で見た自分自身、とかあるよ』
『それは単なるナルシスト! しかも鏡の自分を性転換させてない? どんだけ自分大好きなのよ』
『女性嫌いの男性。理由はストレスで痩せるからってのがあるけど俺はいいと思うな』
『そいつはもっと自分を大切にしなさいよ……もしかしてダイエットする時に一切何も食べないのがいいって思ってるタイプじゃないでしょうね……』
「…………なんか、聞いてる限りだと畔村先輩がツッコミで、お便りはボケみたいな感じだな。俺達とは方向性が違う。調べてる案件も下らない感じだ」
「お二人はお便りを調査のきっかけとしたり、二人で突っ込んでいる事が多いですものね」
「方向性が違う理由はお前にも分からないだろうな。無灯……うちの担任が首を突っ込むなみたいな事言ったらしいぞ。見えなくなった奴を探そうとするなって」
「…………それは、本当ですの?」
「どういう意味だ?」
「透明化の時の話でしたら、覚えているのは妙ですの。先代の話でしたらあまりに時間が経ちすぎていますから。もしかするとお便りを出したのは先生かもしれませんね」
「ああー…………えっと、そうそう。あの人が何か知ってるのは間違いないと思うよ。俺も、あの人が何か知ってると踏んで聞き出そうとした事がある。せめて証拠を持って来いって言われたせいで逃げられたけど」
「証拠?」
「あの先生、話すとき尤もらしい理由ばかりつけるんだ。だからその、証拠できちんとあの人が不可思議な現象について何か知ってるだろうって事実を突きつけないと駄目なんだよ」
「そういう意味ですのね。でも……難しいでしょうね。深夜放送部に担当顧問は居るのですか?」
「いない。話をつけに行きたい時は大抵校長に相談してる。もし担当なんだったら部室に活動記録の察しがあるし、そこから無灯の名前が出るだけで良かったんだけどな……」
まだラジオは続いている。一魅を呼ぶべきではない理由についてはまだ判明していない。ああいうくらいだから既にこの放送を一度聞き直しているのだろう。いつそう思える話が来るのか。
『───そういえば、あの件。捜索願の奴』
『弓水一魅を探しています? 進展あったの?』
『……お祭りの日に、見たって情報が沢山』
『そりゃ変だろ。あの捜索願、連絡先とか以前に名前しかないんだぞ? なんだ見たって』
『でも見たんだって。後ろ姿…………横顔……覚えてないけど見た事は覚えてるみたいな?』
『デマだろそれ。口だけなら何とでも言えるもんな』
『アンタってほんと馬鹿ねー。捜索願なんて私達が子供の頃から張り出されてるのよ? この町にとっては古臭いネタっていうの? 誰か困ってるなら見つかってほしいけど、嘘を吐く理由の方がないでしょ? だから多分、これは本当。少なくとも情報提供者はそう思ってる。だから姫篠も困ってんでしょ?』
『特徴は一切覚えてないんだろ? 他に何か言う事ないのか?』
『……見たって人が全員、今は行方不明』
「…………ッ!」
舞子さんが気を利かせて放送を切ってくれた。けど、いや、もうどうでもいい。頭が混乱している。
「弓水一魅の名前を聞いた時から……私の頭にはぼんやりとこの放送が思い浮かんでいましたの。しかしラジオでは至って普通の人ですし、神坂君にも警戒した様子が見られません。お聞きしますが、この当時……つまり去年のお祭りはどうしていましたの?」
「毎年お祭りは参加してるよ。一魅と知り合ってからはずっとアイツと二人きり───正確に言うと俺が警察もひっくるめてトラブル起こしたから友達を九割くらい失ってさ。だからこういうめでたい日は大抵二人きりで楽しんでるよ。金魚すくい、上手いんだよなアイツ」
「それを目撃した可能性……いいえ。一魅さんは誰にも見えていませんね。お祭りの日だけ見えるというなら神坂君は既に把握しているでしょうし。ただ、居たのは間違いないと」
「何が言いたいんだよ?」
「一魅さんが誰にも見えないのは本人の気遣い───或いは何者かが施した術法ではないかと疑っています。敷茂昭先輩のような、尋常ならざる手段……そうでもしなければこの放送にある通り人々を何処かで隠してしまうのではと」
伽堂はいつの間にか前のめりになっていた俺の掌を優しく掴むと、頭を振って言った。
「誤解をしないでほしいのですが、一魅さんを邪険にしたい訳ではありませんの。ただ私は、この事実を本人に教えようと思わないだけです」
「…………一魅は、俺に自分の身体を見つけてくれる事を期待してる」
「でしたら猶更、残酷ですの。神坂君がどうして例外に当たるかは不明ですがこの放送の通りならば……ただ一魅さんが見えてしまうだけで、逆に私達は見えなくなるのですから」




