”見えない”縁
『何で知ってんだよ』
『何でって、そりゃこんなゴーストタウン手前の町なんか人の出入りは見張られるもんでしょ。祭りん時は人が多すぎるからないだろうけど、まあ今は違うし。見てたのがたまたま私だったってだけだし?』
『見張られる……?』
『言葉の綾だっての。で、相談って何よ。時間はダイジョブだから好きに相談していーよ』
『そんな事より俺は榊麻とかの調査結果について教えて欲しいんだが』
『それは帰ってきて時間があったら教えたげるからさ。どうせそこで聞いたって何も出来ないっしょ? ちょっと極端だけど沖縄でカミサカだけが解決出来る事件があっても向かえないよね。そんな感じ』
『…………今から凄く難しい質問をする用意がある。準備はいいか?』
『準備してないつったら、カミサカは質問しないの?』
『する。だから頼ったんだ』
『なんじゃそりゃ』
『実は一魅からプレゼントを要求されてさ。物を言ってくれるならいいんだが察しろって言ってきたんだよ。ヒントは俺も欲しがる物らしい。ただ、俺と一魅が同時に欲しがる物なんてない筈なんだ。どうだ、分かったか?』
こんなアホな質問は気心の知れた姫篠にしか頼めない。伽堂や花影を頼ったらそれこそ困った顔をされるだけだ。姫篠は俺のトラウマを理解しているし、一魅についても以前から”そういうモノ”として黙認している。
同性ならではの答えを期待したのだが、返ってきた答えは実に単純だった。
『分かる訳なくなーい?』
『……そこを何とか!』
『何とかならないっしょ。カミサカ以外はヒトミちゃんの姿形も分からないんだよ? あの子の声にメロメロな奴も居るけどさ、男女大して関係ないのはやっぱ見えないからなんじゃないかなって。声だけで正確な顔は想像出来ないから、みんんなに都合の良いヒトミちゃんを見てるっての?』
『何の話してるんだ?』
『無茶苦茶って話。カミサカが分からないモンを他の誰かが思い当たる訳ないじゃん? 同性だからって思いついたらエスパーっしょ』
頼みの綱は切れた。蜘蛛の糸だと思って伝ったそれは糸どころか降雨の錯覚であり、手繰って昇る事もかなわなかったのだ。電話越しに俺が一魅の容姿を伝えたところでこの問題は解決しない、百聞は一見に如かずとも言うし、容姿から欲しい物を読み取るのも大分エスパー寄りだから。
関係値の深さは別にして俺を知る人間は何人も居るが、一魅と直に触れ合える存在は俺しか居ないのだ。改めて姫篠にそれを突きつけられると返す言葉もない。
────俺の欲しい物、か。
そして同時に一魅が欲しい物。単純に考えても埒が明かないなら考え方を変えよう。丁度電話の先には思考の壁打ち役が居る。電話を切らない時点で姫篠には付き合う気があると察した。
『俺と一魅を繋いでる物って、何だろうな?』
『出会ったきっかけってそもそも何よ』
『全くの偶然だよ。本当にただ出会っただけなんだ。最初は他の人に見えないなんてのも分からなかったし、子供の頃はやり方なんて分からなくても友達を作れたりするだろ』
そこに強いきっかけがあれば縁のある物を贈ればいいのだが、そういう思い出は今の所見つからない。
『まあ……お前ともどうやって友達になったかは正直覚えてないからさ。実はきっかけ自体はあるのかもしれないけど』
『それは私も。ってか覚えてる方が凄いって』
覚えているのはトラウマを刻んだあの言葉だけ。トラウマとは過去の人格を心の中で置き去りにしてしまう事だと本で読んだ事がある。ならばきっと、当時の俺は今よりずっと酷いショックを受けたのだろう。今もそれを引きずっている。
『……俺はただ、一魅を皆にも見えるようにしたいだけなんだ。誰からも認識されない世界なんて辛すぎる。俺一人じゃその悲しみは背負えないよ』
『それはヒトミちゃんの方もそう思ってる感じ?』
『じゃなきゃ俺に自分を見つけてほしいなんて言わないだろ。今のアイツには俺しか頼るアテがないんだ。俺しか……』
『ならばーカミサカがもっと寄り添わなきゃね。はい、解決』
『ん?』
『だからさ───』
「浴衣を買う時、不審がられてたわね」
「まあ女性モノを幾ら女性から頼まれた体でも買いに来る奴っておかしいもんな。体型とか当てずっぽうでやってるようなもんだし」
「この浴衣はフリーサイズだから関係ないわよ。でもキミには関係ない話か、実物は当日まで見られないんだから」
帰路についていた。町に続く電車に揺られ、俺達は隣り合って座っている。夕日はとっくに落ちかけで山に近づけば暗闇が一気に押し寄せてくるようだ。電車のガタンコトンといった走行音と僅かな揺れだけが俺達の意識を通過している。
「……今度はもっと、時間がある時に行きましょう」
「いいな、それ。帰るときどんだけ駆け足だったんだっつー話だし」
乗客はいない。俺達だけだ。厳密に言えば電車に乗っている内に消えていったという方が正しい。だからだろう、一魅が肩を寄せてよりかかってくるのは。髪の毛が俺の身体まで伸びている。
太腿に乗せられた手を優しく握ると、彼女はただ黙って受け入れた。
「……え?」
「これしか思いつかなかった」
手を離して一魅に掌を開けさせると、紐で括られた小さな鈴があった。まあ、俺が入れた。手首につけた同じ鈴を見せると、彼女はすぐに真似をして手首で結んだ。
「お前が欲しい物、俺が欲しい物。お揃いの物って持ってなかったよな。欲しい物とか全然さっぱりだったけどさ、そういえば俺等って深夜放送部だしラジオ番組みたいに番組アイテムみたいなの欲しくないかなって思ってさ。連帯感……っていうか、何だ? スポンサーとか居ないからそういうの作れないけど、俺達がお揃いアイテム持つ事くらいは出来るだろみたいな……あーその。うん」
「……………」
「……お前の起こすどんな事柄も俺以外に伝わらない。けど俺も、見る以外でお前が何してるか分からないんだ。だからせめて、これをつけて俺に教えて欲しい。お前が近くに居るって事。動いたら鳴るだろ」
「……こんな鈴の音で私の居場所が分かるなら、十分近くに居ると思うけど」
「本当にそうか? 俺は、意外と遠くまで聞こえる派だ。夜の町は静まり返ってるからな。少なくとも聞こえたら俺は安心出来る。俺の目に届かない場所でも、弓水一魅は存在してるんだって」
それは昔からくすぶっていた不安の一つだ。彼女をお化けとは思わないが……俺から離れたら誰からも観測されなくなるその存在は、果たしてまだ形を保っているのか、という。連絡を取ろうと思えばいつでも取れる、会えばそこに一魅は居る。それでも不安は拭えなかった。
「……守命クンは本当に、心配性ね」
「鳴っても俺以外には結局聞こえないのがミソだ。これで合ってるかな?」
「―――そういう事にしておく。私が思っていた物よりずっと、嬉しいから」
改めて、手を繋いだ。
二人で、揺れている。
「駅に着いたら起こして。少し、眠るから」
「……ああ、お休み」
電車はトンネルの中へ。車両もまた黒に満たされ一切何も見えなくなるも、ただ二人の鈴だけが静かに転がっていた。




