楔の外でキミを██したい
「ふふ、ストライクね」
「やるなあ……」
町の外へ出るなりやる事と言えばボウリングに決まっている。当然だがあんな山に囲まれた町にボウリング場なんてない。ボウリングだのダーツだのカラオケだの───その手の娯楽とはまるで縁がない町に居る以上、向かわない理由の方を探すのが難しかった。子供だけで多少危ない事をしても人口の問題で監視の目が届かず咎められないという利点があそこにはあるが、人目ばかりで多少窮屈でも遊べるなら俺はその方が良い。
とはいえ、中学までの俺と一魅の交流を都会でやったら幾らか問題になっている気がする。精神に問題があるとか、霊能力が開花しているとか。何度でも言ってやるが一魅はお化けではない。原因不明ながら周囲の人から見えなくなっているだけの人間だ。その証拠に、声だけは機材を通して誰にでも聞こえているだろう。お化けだとするならうちのクラスは全員霊感がある事になってしまう。
「お前、さてはどっかの休日でこっそり外に出て練習してたな?」
「その場合、ワタシは無料でボウリングをプレイしている事になるけど?」
「まあ……大分怪奇現象寄りだな」
とは言ったがその怪奇現象を認識出来るのも俺だけだ。他の人間はどうやってもそこに”誰か居る”という認識が出来ない。伽堂達もそうだが、一魅に話しかけている時はそこに”一魅が居る”という体を貫いているだけだ。居ると分かっている訳じゃないから、俺が嘘をついたらそれまでである。
ボウリングが好きなのは一レーンでゲームが成立する事と、周囲から一人に思われても大して問題ないからだ。一方で俺達だけはスコアで盛り上がれる。ただ店員だけは一人の人間が二人分の靴をレンタルしているから違和感を覚えているかもしれない。
学生の懐事情的な話をすれば俺だけがレンタルをして一魅をこっそり招いても別に問題ないどころかそれを咎める手段もないのだが、さっきも言った通り俺は彼女を人間として見ている。そういう不正は発言とは裏腹に幽霊扱いしているようなものだ。そういうのは誠実じゃない。
「これ、勝ったら何かくれる?」
「うーん、何が欲しいんだ?」
「そこは察してよ。長い付き合いなんだからワタシが何を求めてるかくらい分からないの?」
「分かるかぁ!」
怒りのままに投球、ストライクしか狙っていない為ど真ん中を通った時はもしやと思ったが真ん中だけを上手く抜いてしまって、左右に数本残しての結果は七本。プロではないので、スペアを取れるかどうか。
「本当に分からないの? キミも欲しいと思っていたのに」
「俺も欲しい? 何だそれ」
あまり深く考えていないのもあるが、その発端は彼女にある。
『目が覚めたら、”そこ”に置いてあるの』
それは私服も含めて、あの町に居る間何者かが彼女の衣食住の衣を保障しているという事ではないのか。だが一魅も俺以外に自分が見える人間が居るという話をしてくれた事はない。つまりそいつは一魅に一切気づかれずにお世話をしているという事になる。
食と住は無断で他人のを借り受ければどうにかなるが制服ばかりはどうしようもない。あの町の人口が少ないからこそ断言できるが、一魅より胸の大きな女性は存在しない。だから、ぴったりのサイズの制服を誰かが持っているなんてあり得ないのだ。そいつが何故バレないように世話しているのか放送を聞いて俺に接触してこないのかは依然不明だ。来てくれたら話は早いのに。
「あっ……」
「何で真ん中狙ったの?」
「狙ってねえ!」
「いよいよワタシが勝つんじゃない───あっ」
迫真のガター。
「下手っぴ」
「黙ってよ」
今日の放送で正体不明の人間は反応してくれるだろうか。してくれないなら……どうすればいいだろう。
「この後、買いに行く?」
「浴衣か? そうだな、あんまり遊び呆けていても時間が足りなくなるし……お前の欲しいモノは分からないけど、浴衣を俺が買いながら中身を知らずに済む方法は思いついた。存分に選んでくれ」
「そう、なの? だったらお祭りの日は……一日中一緒に居てくれる?」
「え、うん」
「………………約束、だからね」
その日、世界は弓水一魅に都合が良くなった。何をどう投げてもストライクしか取らなくなったのだ。
「相変わらずここは、品揃えが沢山あるな」
ショッピングモールなんて大層な建物はウチにはない。少し遠出をした者だけがそこで買い物する機会を得られる。俺達の町の近くにもあればいいなと思った事もあるが、この手の建物は自然に囲まれた町に対して雰囲気が合わない。個人的にはナンセンスだと思うし、俺以上に保守的な町の老人達が反対運動をするだろう。
「買いに来ておいて今更だけど、まだ浴衣の季節には早いと思わない?」
「まあ、早く展開しておけば売上の機会も増えるとかそんなんじゃないか? 季節感の話をしたら冬に炬燵でアイスとかも意味分かんないだろ。温まってるのに冷たいモン食うのかよって」
「それは話が違うような……」
「冬服が秋の時点で出てるって話の方が適切だったか? そう考えると季節感なんて概念も曖昧だな。まあ秋はこの辺り冬みたいに寒いけどさ」
逆に春も夏みたいに暑い……とはならないが、暑い日が続くのは確かだ。他愛もない話題で間を繋ぎながら衣類を取り扱うコーナーに到着。夏に向けた新作の浴衣が幾つも並んでいた。
「それで、方法はどうするの?」
「まずお前が買いたくなった浴衣を見つけたら俺に決めた事だけを言ってくれればいい。そうしたら俺はサングラスを買ってくるからそれを着けて、目を瞑ったままお前にレジまで引っ張ってもらう。後はそれを袋に入れてもらってお前に渡せば完璧だ」
「サングラス……ないけど」
「それは、お前が悩んでる内に買ってくるよ。サングラスなんてそれこそ季節とかじゃないからな、少し探したら見つかるさ」
「……早く戻ってきてね。出来れば一緒に見たいから」
「まあ、頑張るよ」
この時使うサングラスは本来の用途ではなく、目を瞑って歩く異常者扱いされなければいいだけだから機能性は問わない。それだけなら百均の店で売っている筈だ。売り場に一魅を残して小走りで目的地に向かう。来たのは久しぶりだが百均売り場はそう簡単に畳まれるような大きさではない。問題なく到着するだろう。
さて。
離れた理由は実際別の所にある。勿論嘘はついていないのだが、ボウリング場での話だ。俺もきっと欲しいと思っている一魅の望む物……それをこの道のりまでに考えなければならない。サングラスなんて最初から目的物がハッキリしているなら多少買う時間がかかっても怪しまれない。サプライズを重視するなら俺だってやり返す準備があった。
───そんなの、あるかな。
欲しい物なら幾らでもあるが、二人して望む物というと途端に絞れなくなる。そもそもの話、一魅は同級生の中で物欲が薄い方だ。何もかも欲しくないという訳ではなく、妥協ラインが低いと言った方が適切か。例えば網で川の魚を捕る時、『あの魚が欲しい』みたいな事は言ってくれるが、祭りの射的で一番高い景品を欲しいなんて言わない。簡単に手が届く物しか求めないからこういう謎かけをされるとどうも……。
「…………」
俺は一魅のその欲望の薄さをこれまで気遣いだと考えてきた。俺が彼女の望むモノを与えられないと分かっているから、悲しませない様に妥協しているのだと。それは……自分で言いたくないが、『誰からも見える肉体』を見つけられていない現状が創り出している失望だ。
そんな一魅が望む物。内心頼りないと思われてそうな俺が望む物───。
こういう時に頼るべきは女友達。
『カミサカ? 今度は電話な訳? つーか私に調査とか頼んどいて勝手に解決した感じにすんのやめない?』
『それはごめん! でも……今度はすぐ解決する筈だ。相談に乗ってくれ』
『や、別にいーんだけどさ。てか文句じゃねーし? 私はずっと調べてんだけど、 透明人間も榊麻小太郎についても面白い事が分かってきたっていうか……』
『え?』
『まーそんなのはどうだっていっか。話してごらん』
『今の流れで言えるか!?』
『いいじゃん。カミサカ、外に居んでしょ? 知ってるよ、全部』




