二人のセカイ
―――やっぱ少し限界があるのかな。
身体的接触もなしに仲良しの彼女とするのはそこまで不自然なのか? そういうカップルだっている筈だからやれると思ったのに、ここまで悪評を流されるのは想定外だ。目の前でキスをしろとか言われたら……どうにもならない。これが好みの問題なら抑えればいいかもしれないが俺のトラウマは根深いのだ。無意識下での拒絶を有意識下では対処できないのである。
―――せめて伽堂がどうして触れるのかだけでも分かればいいんだけどな。
トラウマは単なるトラウマではなく、何かしら道理があっての症状だと判明した。ならば花影も同じ例外に入れられたらこの手の問題は解決するだろうと確信している反面、好きでもない女子を相手にそんな真似をするのは不誠実だとする自分も居る。
好きでもない……に語弊はあるが、花影にはこんなややこしい事情を抱えた男など本来お似合いではない。彼女が幸せになるなら幾らでも最低最悪な彼氏を演じる用意はあるが、それは今じゃない。その時が来るまでは守らないと。
「やあ、神坂の子供。こんなところで立っているなんて珍しいな」
一魅を校門前で待っていると、旅館の方から坂道を上って仇華先生がやってきた。作務衣姿は遠くからでも判別出来るつもりだが今回は声をかけられるまで全くその存在に気づけなかった。それだけ俺も思い悩んでいたのだろうか。
「仇華先生! アイデア出しの散歩ですか?」
「いーや今回も校内のお便り箱にはがきを出そうと思って来たんだ。そこにまさか深夜放送部ご本人が居るとは……まさか弓水一魅も居るのかな?」
「いや、居ないですよ。待ってるだけなんで居ない方が正しいですね。先生も一魅目当てですか?」
「いいや、そんな事はないよ。君達の他愛もない放送もそうでない放送も僕は全部聞いているからね。どちらのファンという事はないさ。時に手計君。二人は放送の際に箱の中を確認すると思うが、どちらが先に中身を見るんだ?」
「守命! それで”しゅけい”って読む人いませんからね? どちらが先に見るかなんて言われても、事情がなかったら大抵は一魅が先に鍵を開けてるからアイツですよ」
「ふむ…………そうか」
「何ですか?」
特に役割を決めたつもりはない。そんな厳密に部活ルールで決まっている筈もなし、一魅に先に見られて俺が困る理由もないからそのままだ。仮に俺が放送中先にお便りを読んでも、それが最初の開示とは限らないが、それで何か不都合があるのかと言われたら、ないだろう。
先生は作務衣の中から紙切れを取り出すと、俺に向かって押し付けるように手渡した。
「では君に託そう。失くしても問題ないさ、何せお便り箱には同じ内容のお便りを入れているからな!」
「目的は!?」
「ふむ…………どうやらまだピンと来ていないらしいな。君は疑問に思った事がないのか? もしや彼女が検閲しているのではないかと」
「……何のために?」
「さあ、僕は一リスナーだからな、ただ、確証はあるつもりだ。僕はこれまで何度もお便りを出しているがただの一度も読まれなかった。都合の悪い情報を弾いているのは間違いないよ。暫くどの範囲で都合が悪いか調べるつもりだったが君が居るなら話が早い。今夜は是非そのお便りを読んでくれたまえ」
「………はあ」
ではでは、と仇華先生は両袖に腕を入れたまま来た道を戻ってしまった。あの人については自由人且つ奇妙な性格からいまいち掴めない。ただ今回は珍しく話も長くなかったし―――見過ごせない発言もしてきた。一魅がお便りを検閲しているなんて。何の意味が?
事の真偽は置いといて、このお便りは一旦隠しておこう。
「お待たせ」
噂をすればではないが、殆ど同時に一魅が校門からひょこっと顔を覗かせた。制服の内ポケットにお便りを入れた瞬間は見られていない筈だ。
「お、遅かったな。校門で待たされるなんて初めてだ」
「傘を探してたの。今日、天気予報だともうすぐ雨が降るみたいだから。知らなかったの?」
「全く」
会話も程々に二人で肩を並べて歩き出す。一魅が少し体を寄せて腕を組んでくるのを俺は黙って受け入れた。
放送部に入ってから、こんな風に帰る事もなくなっちまったな。
小学校も中学校も、毎日こんな風に帰った。一魅は好奇心旺盛で、それでいて誰にも見えないせいか限りなく暇で、俺のあらゆる行動に付き合ってくれた。下らなくてもそうでなくても時々呆れるくらいで決して俺の事を見捨てなかった。
喋る事がなくても、気まずさなんてまるでない。そこにはかけがえのない信頼があり、裏のない愛情があるから。
「今日は何をするの?」
「バスで都会に行こうぜ」
厳密には向こうも真の都会に比べたら田舎らしいが、山に囲まれたこの町に比べれば都会すぎるのでそう呼んでいる。一魅が驚いているのは決してその予定が突飛だからではない。
「今から行ったら……確実に日が暮れるけど」
「放送に支障を来すって? 確かにそうかもしれないけど、向こうで遊びたいんだよ。久しぶりに……お前とボウリングしたいしな!」
「……そう、分かったわ。久しぶりで腕前が落ちてるかもだけど、それを手加減したなんて言わないでね」
「仮にそうでもお互い様だからな。お前も、俺に負けた時に言い訳すんなよ?」
「ふふ……」
肩の力を抜こう、深夜放送さえしなければ俺も単なる男子高校生だ。
「この時間が……永遠に続けばいいのに」
町の寂れ方もあってか、夕方から夜にかけてバスを利用する人間は少ない。そもそも放課後に利用すればそれが殆ど最終バスだ。帰りは電車を使うしかないが、その電車にしても本数を著しく減らされており、楽しく遊べるようで時間の猶予がそこまでない。
休日でもないと学生達が外出したがらないのもそれが理由だ。小学校の頃はもっと早く終わったから放課後に即遊びに行く奴も多かったっけ。皆が同じバスに乗り込むものだからまるで遠足が始まったみたいだった記憶がある。
「やっぱ人が居ないと良いな。お前も遠慮せずに座れるし」
「もうすぐお祭りが始まって、観光客が来る度に自然に囲まれて空気が良いなんて言うけど、私はやっぱり息苦しいわ。ずっと狭い籠に閉じ込められてるみたいで」
「気持ちは分かるよ。遊ぼうと思えばそりゃ無限に遊べるけど、娯楽の絶対数が少ないよな」
ここでしか味わえない雰囲気や楽しみがあるのも否定しないが、それは俺達にとってあまりに身近過ぎる。有難みを感じるのは非常に難しい。それを説かれたらその瞬間は感謝出来るだろうが、そんな揮発性の高い感情に意味などない。そこに在る内は、真の感謝なんて出来ないものだ。
「そういえば、新作のゲームが発売されてるんじゃない? そっちは見に行かなくていいの?」
「んなもん、予定に含むまでもないよ。予定って言うならむしろ、大事な用事がある筈だ。せっかく外出するんだから、新しい浴衣とか買わないか?」
まだ気が早いというのは分かるが、見るだけならタダで見るだけならやはり遅いも早いもない。一魅は何か言いたげに口を開いて―――自分から頭を振ってやめた。
「サプライズ精神がないわ。君に驚いてほしいのに」
「おいおい、大丈夫だろ。制服もそうだけど、お前は何処かから服を用意してくるじゃないか。盗んだなんて言わないよな? 制服とかサイズぴったりだし」
「……そこ、やっぱり気になる?」
「教えてくれるなら」
俺達の関係なら、後ろめたい事なんてない。
「………………実は。凄く馬鹿みたいな話で、誤魔化してるように思えるかもしれないんだけど」
「ああ」
「…………」
「目が覚めたら、”そこ”に置いてあるの」




