落日に陰る恋心
「お待たせしましたの」
「アンタよりは短かったけどね」
「お前等は着替えがあるんだからそりゃ短いよな」
二人は真新しい服に着替えられるのだからただ身体を洗えばいいだけだ。俺みたいに時間稼ぎをする必要なんかまるでないし、俺は俺で時間稼ぎ出来ていない。女性陣は服を着ているのに何故自分は上裸なのか。
「……? おかしいな。体格差があるのに服のサイズがそこまで違ってないだと?」
「あ、これ舞子さんのなんだよ。伽堂さんのは流石にちょっと、細すぎるっていうか」
「あの人、この家で割烹着以外着るんだ」
元は部屋着、そしてその目的はリラックスにあるのだから、真ん中で軽く留まっているだけの大きな青色のワンピースと手を広げればムササビみたいになりそうなだぼだぼのパジャマからはお洒落の欠片も見当たらない。選んだのか適当に配られたのかは分からないが……選ぶ余地があるだけ羨ましい。
かといって、俺が女物の服を着る訳にも行かないのだが。
「私を誰だと思っていますの。あの服は趣味で着せている訳ではございませんの。仕事の時間が終われば着替える事もあります」
「もしかして神坂守命君、私が水着姿で部屋をうろつくと思ってた? 部活中みたいに」
「だとしたらこの家にはどんだけ服がないんだ? まあちょっと、俺の思い込みがあっただけだよ」
「なーんだ。てっきりうちの彼氏が変態なのかと思っちゃった」
「あのなあ……ってそうだ。戻ってきたら二人に聞きたい事があったんだ。伽堂、お前いつから敷茂昭と知り合いなんだ?」
「え?」
どうも花影の方は知らなかったらしい……というか当然だ。ここに来る前にそれっぽい話はしたし、その話に不自然な点などなかった。最近学校に通い出した人間とどうやって交流しろというのか。
「し、知り合いなの?」
伽堂はすぐには答えず、自身の携帯を手に取って納得したようにソファに座る。
「この通知を目撃したんですのね」
「人のプライバシーを覗くなんて最低とか言うなよ。物凄い通知が来てたんだから嫌でも気づく。そんでもって通知の文章があまりにも……口に出すのも汚らわしくてな。普段ならお前が誰と絡んでようと俺には関係ないけど、その人はちょっと問題児なんだ」
「伽堂さん、その人は駄目だよ! その先輩はぜんっぜん一途じゃないし、何なら女性と盛りたいだけの最低野郎なんだから!」
自分の友達がメロメロな光景など今更見たくもないだろうに、花影は伽堂の為にSNSを開いてまた一から敷茂昭がどれだけ最低な男か説明し始める。是非もなくこんな男は嫌いになるべきだと言わんばかりの力説ぶりに俺だけが苦笑いを浮かべていた。何というか、花影の中では敷茂昭の事が好きだった瞬間が黒歴史になっていそうだ。
「成程。どうやらかなり不埒な方のようですのね」
「お前達はどうやって知り合いに?」
「結論から申し上げると、直接会った訳ではないのです。クラスも違いますから。ただ登校すると、クラスメイトと話さなくてはなりませんよね。貴方達が人前で恋人を演じているように、私も許嫁の嘘を聞かれるたびに話さなければなりませんの。当然、許嫁の話は嘘ですから会わせろとか写真を見せろとか、そういった類の頼みは聞けません」
「……もしかして、そんな許嫁なんて放っといて敷茂先輩と仲良くなった方がいいとか言われたの?」
「そうですね。私は断ったのですが、改めて人間関係を構築するのに際して連絡先をクラスメイトに交換してしまったのが災いしたのです。誰かが私のアカウントを橋渡ししましたの」
「出会った事がなくて分からないんだが、敷茂昭先輩ってのはそんなに魅力的なのか?」
「第一印象はいい人だよ。だから私も……す、好きだった時期がある訳だし?」
「まあ、そうですの?」
「会った事がないなんて知ってるだろうにそんな奴の連絡先を渡すクラスメイトもどうかと思うけどな……」
「神坂君、あまり私のクラスメイトについて悪く言わないでほしいですの。皆さん、勉強を教えてあげればすぐに心を開いてくださるのですから」
そういえば勉強が簡単すぎるからというのも不登校の理由だったっけ。まあ榊麻のトラブルに比べれば理由にもならないような理由だと思うが(伽堂の学習意識はそこまで高いように思えない)。
しかしそう言った事情は抜きにしても、対価が勉強を見るだけであって餌で人を釣っているような。果たしてそれは健全な友人関係になるか疑問だったが、一魅と友人な俺が言えた義理ではなかった。あれも、健全ではない。
「でもそんなクラスメイトに連絡先売られたんだよね……」
「花影こそ大丈夫か? 実は俺に黙って粘着されてるとか……」
「う、うん。それは大丈夫。彼氏いるからの一点張りで何とか……まあさっきも言った通り友達から色々言われてるけど。伽堂さんみたいにはなってないから」
「何かあったら言えよ。自然消滅出来るようになるまでは彼氏として、トラブルはこっちで面倒みるから」
「…………ありがとね」
暴力沙汰に発展しそうなら一魅を頼るしかないから出来ればこれ以上の面倒は起きない事を願っている。一方で透明人間やら幽霊の憑依やら、オカルトチックな話に比べれば単なる問題児なんて案外大した事のない問題だ。唯一不可解なのは、第一印象に反して女性に対してあまりにも下品な事くらい。
「話を聞いていると人物像が掴めませんのね。いっそ本当にデートくらいはしても―――」
「やめとけ! お前まで敷茂推しになられてもこっちが困る! 花影だってせっかく昔のクラスメイトと友達になれたのに性格が変わったら嫌だろ」
「そうだよ! あの手帳に伽堂さんの名前が刻まれたら嫌だからね!?」
「……あれは俺達が持ってるからそんな事にはならないと思うけど」
「ご安心を。私だって単なる興味本位でそんな提案をした訳ではございませんの。実を言えば…………心当たりがあります」
「何に?」
「他人を傀儡のように、所有物として服従させる手法についてです」
「ではこちらをどうぞ」
そう言って伽堂が書庫から舞子さんに持ってこさせたのはボロボロに朽ちた古い写真だ。俺はモノクロ写真の世代ではないが、それでも写真という技術が生まれて普及したのは歴史的に言うと最近よりという事くらいは分かる。だからこの写真は……ざっくり六〇年前から一〇〇年前くらいだと思う。
「これ、何? 写真が荒くて分かりにくいけど……山が背景に見えるから、お祭りで山神様人形を立ててる場所かな?」
「中心の男以外は顔が分からないな。というか……隠してるのか? 顔布で」
「こちらはこの町がまだ村だった頃に撮影されたそうですの。見て分かるように、十数人もの女性が顔布を覆って、まるで自分たちの意思がないかのように佇んでいます。中心の方は村長の家系……ご先祖様ですね。この年は随分、子供が生まれたそうですの」
「それの何が関係…………いや、そうか。邪教か」
この家に両親が居ないのは彼女の両親が悪意に満ちた事を村の人間に繰り返されたからだ。伽堂の父親は母親を守る為、そしてその愛に背く事のないよう村を離れた。
さらに言えば”ミナシゴオトメ”で伽堂は自分が見知らぬ男に娶られ両親を殺してしまう未来を知った。
『ワタシ……みたいにならないで。アナタにはまだ……未来が』
『…………誰も……信じないで。決して恋人を……』
「はい。お父様は縁結びの神社にとても感謝しておりましたの。お母様と会えた事を何よりの幸運とし、私が生まれてきてくれた事を感謝しない日はありませんでした。そして口癖のように、好きになる人は選べよと言っていましたの。あれは単なる娘可愛さと当時は思っていましたが、この写真を知ると見方が変わりませんか?」
「邪教って何の話?」
「……説明がややこしくなるな。ざっくり言うとこの町に広がってる恋人を作ろうみたいな空気感に対する蔑称だよ」
「あー…………でもそれと敷茂先輩とどう関係あるの? みんな顔なんか隠してないし、そんな方法があるならみんなやってそうだけど」
「顔を隠しているのは重要ではありませんの。花影さんの言う通り、そのような方法があるかの確証には至りません。子供が生まれた事実については役場で調べれば証明出来ますが、人を操る手法などと非科学的な術法は存在を証明出来ません。ですが、神坂君はこれまでその非科学的な存在と向き合い戦ってきたのではなくて?」
「透明人間はそうだけど、榊麻の一件はお前のトラブルだろ。当初俺達が解決したかったのは放送に混ざる声だ。好きで向き合ってきた訳じゃない」
「どちらにしろ非科学的な存在はこの町で観測出来てしまっています。弓水さんもその一人です」
「一魅は存在するよ! 俺しか見えてないだけだ!」
「勿論分かっています。だからこそ私は心当たりを話しましたの。こんな話は、数々の非現実と向き合ってきた神坂君にしか出来ませんし、頼れませんから」
伽堂は改めて自分の携帯を机の上に出すと、俺達に向かって肩をすくめた。
「そういう事ですから、深夜放送部に実績を積ませる為にも一肌脱ぐといっておりますの。さ、文面を考えて下さい」
「…………有難いけど、ちょっと信頼しすぎだぞ。誰も信じるなって未来の自分からの助言はどうした?」
「名は体を表します。神坂守命……命を守るという名前、私は好きですの。それに誰も信じるなと言われている私が発言を預けているこの状況こそ、何より信頼の証ですのよ?」




