絶えず堪えよ
『ダサいとか言うなよなー、せっかくお前に乗ってやったんだから』
『私はただ単に改まった挨拶をしただけだから。そっちの中学生染みた二つ名とは違うよ』
『センスが悪いなんて思わないぞ俺は。なんかカッコいいし』
『ふーん。そのカッコいい二つ名とやらを身内ノリでは飽き足らず電波に乗せて町中に広めるの? 深夜に迷惑行為なんて許されないわよ』
いざ部活を悪用するとなると途端に話の運び方が分からなくなった。しかしもう本番は始まっている、一旦オフレコになって打ち合わせをするような余裕はない。やりきらないと。
『…………そういえば、今日不思議な事があったわね』
『ん? 俺の知らないとこでか?』
『知らない筈はないけど、いつも校舎の鍵を開けて先に居るのは私だから知らなくても無理はないかもね。私達は部活をしに来ただけで変な事には巻き込まれたくないし、君は私のせいで早々に揉めた過去もあるから……今言うのは、まあ警告みたいな? 見て見ぬふりを続けると守命クンが部長責任を問われるかもしれないし』
『俺のせいかよ! まあいいや、責任を勝手におっかぶせられるなら是非聞きたいね、何があった?』
『夜な夜な学校に侵入してる人が居るみたい。普段は私が来る頃には居なくなってるけど、今日は違うの。ほら覚えてる? 伽堂さんの事。彼女、居るわよ』
『な、なにー』
……不自然じゃ、ないよな?
『……お、お前それは言わない方が良いんじゃないのか!? 聞かれたら逃げられるぞ!?』
『別に逃げられてもいいでしょ、警察じゃないし。それに、この放送は多分聞こえてないよ。深夜放送部と放送委員は違う管轄でしょ? 私達は外に向かって放送してるんだから校内に居る限りは聞こえないわよ。自分の家に電話を繋いでラジオの音声を拾ってるならともかく、これまで見逃してきたんだからそこまで用意周到にする理由がないでしょ』
『あー……じゃあ教室を虱潰しに探せば伽堂に会えるって事か。いや、会いに行かないけどな。俺が手引きしたって思われても困る、先生! 俺は無実ですよ! 文句は黙ってた一魅にお願いしますね!』
『私の声なんて聞こえないけどね。彼女、何をしているのかしら。流石に堂々と今も居座られると何してるか気になってくるような……見てきてもいい? 部活を放り出すようだけど、私はそもそも生徒として認知されてないし』
空気が変わったのを俺達は互いに肌で感じていた。
呼び出し方としては十分だ。放送が聞こえていないとは言わせない、榊麻は確実に校舎へやってくる。遠くに潜んでさえいなければすぐにでも突入してくるだろう。それを思えば、たとえ苦しい理由でも直ぐに一魅を離脱させて伽堂を守らせた方が良い。俺も頃合いを見て合流しなければいけないが、それには準備が必要だ。
『せっかくならそれを話題に放送を続けてもいいな。まあ、向こうの用事と言えば大体察しがつくよな? 前回の放送を聞いてくれた人なら俺と同じ考えが過ってる筈だ。伽堂結衣はこの放送のリスナーでさ、昨夜の俺の発言を受けてきっと除霊しようとしてるんだろうな。嘘を吐いたつもりはない、俺はこの放送に混ざる声を通訳しただけだ』
『家でやればいいのにね』
『いやあ、除霊だろ? なんか失敗したら幽霊が大量に湧きそうだし自宅でやりたくないんじゃないか? 何にせよあんまり関わりたくない。様子を見たらすぐに帰ってきてくれよな』
『了解』
透明人間の時もそうだったが、携帯を介せば部室から動いても引き続き放送を続けられる。携帯越しのスピーカー越しで音質は相当劣化していると考えられるがそれで何か行動がバレた事はない。一魅を行かせたのは携帯を繋いで戻ってきた体を整える為だ。マイクから離れた時点で彼女を認識する方法はなくなるので不自然とは思われない。そういう存在なのだとリスナーの中で共通認識が出来上がっているし。
『さて、アイツが来るまで一人で話さなくちゃならなくなった。けど一魅が例外なだけで本来俺は一人で入部したんだ。ラジオも俺一人で続ける必要があったんだよな』
『……これを聞いてる人、学生でも大人でもいいんだけど……この放送は一魅が居なくても成立するかな? 別に、姿が見えるようになったからってどうにかなるとも思えないけどさ、もし別の部活に入りたいってなったら俺に止める権利はないだろ。今はほら、俺しか見えないって優位性のお陰でちょっと力関係が上なだけで。そうなったら、リスナーの皆は聞いてくれるか? ……ああ、今すぐ答えが聞きたい訳じゃないんだ。ただ会話形式で部活をやってきたからどうも独り言で繋ぐのが苦手でさ。しんみりした話はやめよう、やっぱり時代は楽しい話だ!』
さて、一人で出来る話はあったか?
『あーあ、今日はちょっとしたうっかりで募集箱を持ってきてないんだよな。お便りを読むだけならどんだけ楽だったか。会話って難しいよなー。俺も彼女と話す時に話題を探すんだけど、こう……難しくないか? 男友達と話す時はさ、話題のしょぼさなんか気にならないのに何でだろうな。楽しく過ごしてほしいみたいに思ってるからかな……初恋って失敗するとか言うじゃんか。でもそれありきで交際するのって不誠実だろ? 趣味が一致して付き合った訳じゃないから、どうにも話題がな。あー……』
これは楽しい話じゃない。やっぱり会話相手が居ないとラジオは大変だ。それこそ毎週お便りを募集する形じゃないと部活が続けられない。今回は町内に向けて(ラジオはどの家庭にもあるので)放送される点を利用して榊麻を呼び出すだけだったから募集箱は本当に持ってきていない。一魅からの連絡が来てくれないと地獄だ。
『も、勿論付き合った理由はきちんとあるからな! 明るい姿に……惹かれたんだ。あーその、彼女は寝てるから今日この放送は聞いてない筈。だから言うんだが……いつどんな時も元気で明るくて、生命力の塊みたいな女子なんだ。それが本当に癒しで…………だから付き合っただけ、だから……まあ』
花影には申し訳ない事をしたと思う。一旦彼氏という建前を作って、自然消滅という形でお互い再スタートを切るつもりだったのに話題に困ってこんな心にもない事を。
公開放送で惚気るような彼氏が居て自然消滅は不自然だろう。この一件が終わったらまた花影と別れ方について話さないと。
いよいよ話題に困り始めた時、ようやくマナーモードで一魅から電話がかかってきた。ラジオに音が乗らないようゆっくり二人のマイクを近づけると、携帯を上向きに設置して静かに席を離れる。通話ボタンをオンにするのは忘れないで。
『守命クン、戻ったわよ』
『おう、遅いな! で、どうだった? あーちょっと待て。水持ってくるわ』
言いつつ席を離れ、部室を出た途端に駆けだした。この収録は校内には一切聞こえていない。その利点を踏まえた上でもう一度…………今度は一魅の独壇場だ。暫く持ちこたえてほしい。
俺が来るまで。
榊麻が来る前に。




