不明なキミよ、冥府に見え
神は遊びが好きである。
神は恋が好きである。
神は人の幸せが好きである。
神は人を等しく愛するが、故に誰も祖を知らない。
神はキミよ花よと愛されど、底なしの渇きに満たされた。
神は願いに連なった。やがて誰からも忘れられた。
神を識るモノよ、どうか人を忘れずに。
神はすぐ傍で、ずっと見ている。
「…………」
俺がこのページを見ているのは栞紐が挟まっていたからだ。普通、栞紐は本に付属しているから上から見ればその存在など一目瞭然なのだがこの紐は切られた状態で本に挟まっていた。だから栞紐なんて挟まれる為にあるような存在だから平べったくて、ページを開くまで気づけなかった。紙を捲る際の僅かな膨らみなんて、よく自分でも気づけたと思う。
「…………」
「お探しの情報は見つかりましたの?」
「わっ」
今度こそ、伽堂が書庫にやってきた。直前と違って今はこの目で姿を捉えられている。俺が驚いた事に彼女は怪訝な様子で目を伏せている。
「……何を驚いていらっしゃいますの? 後で行くと言いましたのに」
「伽堂……さっきも来なかったか?」
「どういう意味ですの?」
「いや、何でもない。こういう密室に居ると些細な音にも敏感になるのかもな。それよりこの本だけど……心当たりあるか?」
本の中身は見せたところで問題ないだろう。伽堂は適当にページを捲った後、やはり栞紐のところで目が留まって手書きの文を眺めている。文章の意味について心当たりがあるなら是非教えて欲しいし知らなくても問題はない。少なくともこの情報には意味があると確信出来る。謎の声がそう言ったから。
「……埃っぽいですの。このような本が家にあった記憶も不確かですが、何処にあったのですか?」
「書庫に入って手前の本棚だよ。お前が右手を伸ばした先の……そう、そこ」
「ここですのっ? それはおかしいですね、書庫に用事があるなら誰でも目に付く場所ですから、舞子が気づかないとは思えませんの。隣り合った本が埃っぽくないのも不思議で……まるで後からさしこまれたような」
だから俺も不思議に思っている。手がかりを探しにやってきたのに、手がかりを直接届けられた気分だ。十中八九その通りなのだが、どうしてあの声は俺の為にそんな事をしてくれるのだろう。
……図々しいと言われても仕方ないが、こんな謎の本を渡すよりさっさと答えを教えてほしかった。
「……でも神様の話でしたら、少し心当たりがありますの」
「お?」
「でも関係があるとは思えませんの。だってこの町がかつて村だった頃、周囲を囲む山に神様を見出し信仰の対象とした話ですから。今でもその名残として山を開いて出来た道路の脇……この町の入り口とも呼べる場所には道祖神が祀られておりますの。それだけの話です」
「神様ってだけで関連性を見出すのも変な話だしな。まあでも、この村に元々そういう神様が居たって事実は関係あるかもしれない」
透明人間が実在したのだ、神様の実在を否定出来る材料が俺にはない。それに放送に紛れる声とやらも……大昔の話が元ネタらしいではないか。
「そちらの本は持ち帰っていただいて構いませんの。心当たりのない本ですし、そもそも汚らしいですから」
「―――いや、今はいいや。何処かに保管しておいてくれないか? こんな本を今持ち出しても話が混乱するだけだ。そもそもの目的は除霊方法を探す事だしな。さあ、こいつは一旦忘れよう、ここに来たからにはお前も探してくれるんだよな?」
「ええ、勿論ですの。何だか放送部の部員になったみたいで楽しくなってきましたの」
会話出来る人間が来るだけでやる気はとっくに戻っていた。何より書庫の主だ、全ての本を把握は無理でもある程度までは選別できる。何なら部活の時間ギリギリまで粘ってもいい、いやでも、流石に家には帰ろうか……
「伽堂、悪いけど電話貸してくれないか? 今日は帰らないって」
「それは……気合いが入っておりますのね。構いませんの」
家に帰って、何がある? 特に今の俺は悪霊に憑りつかれているのだ。家に帰って迷惑を描けたらと思うといたたまれない。関わりが少ないように見えるだけで両親の事は嫌いじゃない。一魅の存在を表立って認めていないにしても、俺が彼女と遊ぶ事にはいち早く口を挟まなくなったから。ついでに言えば、恋人を作れという空気感も……出してこなくなった。
だから嫌いじゃない。単純な話だ。
まるで世界が、一魅を基準に回っているみたいじゃないか。
「いやぁ、お嬢様が誰かと作業をなさるなんて何年ぶりに見かける光景でしょうかぁ。私、感動で前が見えませんよぉ」
「舞子、静かにして。見てるんだから」
「頼むぞ、人間カメラ!」
結論から言うと、除霊する方法は見つかった。だがその方法はあまりに複雑で、とてもじゃないが一日で覚えきれる量ではなかったのだ。要点だけまとめて部室に持って行こうにも俺は自覚があるくらい要点をまとめる能力に難がある。俺の中では分かりやすくても一魅が分かるかどうかは別の話、分からなかった場合はただの二度手間と不安要素が多々あった。
「…………なあ伽堂、本当に良いのか? 学校に向かって手順を指導してくれるなんて有難い話だけど……」
「神坂君の懸念は、榊麻君が私を襲いにやってくるのではという事でしょう? 分かっています。分かっていますが、いつまでも引き籠っていてもここはシェルターではありませんの。その気になればいつだって襲えます」
榊麻はあれ以来姿を見せていない。それもまた問題点の一つだった。除霊の方法を見つけたとしてどうやって彼を見つけるか―――その答えを伽堂は示したのだ。自分を囮に、決戦の場を学校とすればいいのだと。
深夜・学校・少人数。警察の入る余地はなく、証拠隠滅をする時間だって十分にある。一魅の存在はどうせ見えないから向こうからすれば俺だけが障害物……襲いたいなら、まず乗ってくる。
「校舎こそ違いますが、学校で起きたトラブルは学校で解決するべきですの。それに…………いえ、これは全てが終わった後にでも」
伽堂は本を閉じると、ハンガーにかけてあった制服に手を伸ばし、私服の上から着用する。
「袖を通すのもいつぶりでしょう、制服なんて……もう着ないと思っていましたのに。舞子、留守番をよろしくお願いしますの。私は学校で行きます」
「はぁ~い。どうかお気をつけてぇ。そして……ご無事を願っています」
「スカート、大丈夫か?」
「膝丈ですよ? 規定通りですけど」
「私服のスカートはもうちょっと丈があっただろ。慣れないかなって」
「……ご心配なく。肌を見られる事に抵抗がある訳ではありませんの。それに予感がしています。走り回らないといけないような予感……いえ、もう確信ですの」
除霊の為に必要な道具は全部で三つ。
拘束具……今回は縄。
蝋燭…………ライターがないのでマッチ付き。
鏡。
後は学校の備品で何とかなるらしい。覚えるのは伽堂に任せてしまったから俺も良く覚えていない。時刻は一時十二分。放送開始までざっくり五〇分として、到着までにも時間がかかる。準備する時間はそれほど残されていない。
「深夜に学校をトラップハウスにするなんて昔見た映画みたいだよ」
「クリスマスのですか?」
「ああ。知ってるか? まあ相手はあんな間抜けな悪党じゃなくて……狂人だけどさ」
除霊はともかく、榊麻を誘い出す手順は非常に単純だ。今回行うのは待ち伏せと言って差し支えない、有利は圧倒的に俺達の方だ。
「除霊が成功したら登校してきてくれよ。花影とか喜びそうだし」
「考えておきますの」
あの時殺されかけた恨みを、ついでに晴らしてやろう。




