空っぽで空しい冠
「それで? 感想は?」
伽堂の……いや、舞子さんの録音を聞かせてもらうと、確かに一魅の言ったような発言をしており、彼女が意図的に情報を伏せた可能性はこれにてゼロとなった。疑っていたわけじゃないが、どうしても意識を失っている間の発言について知りたいと思うならやはり鵜呑みには出来なくて。
「…………声が、聞こえるな」
これまで自分たちの放送を聞く機会に恵まれなかったが、確かに二人がどちらか喋っている間に呪詛のようなうめき声のような細々とした声がノイズのように混ざってきている。聞き取れる程じゃない、というか今聞くと何を言っているのかさっぱりだ。取りつかれている時の俺はどうも……声の中身を聞き分けられたっぽい。
「放送、今日も聞かせていただきましたの。榊麻君が私を不明にしてしまうとは具体的にどのような手段で行われるか聞かせて下さらない?」
「……悪い。実は俺にも良く分からないんだ。あの時の俺はミナシゴオトメをやったせいか憑りつかれててな。多分今も……幽霊は俺の中に居る」
「そうですの……」
「でも幽霊は良い事を言ってくれた。榊麻が悪霊に取りつかれてるって情報は、俺達の間ではまだ可能性でしかなかったがお化けが直接言及したなら確信をもっていいと思う。俺の中に居る幽霊もアイツの中に居る幽霊もこの町に伝わる方法で除霊すれば……全て元に戻る筈だ。今日やってきたのは他でもない、この家に書庫があるなら是非見せてもらいたいんだよ」
「私も書庫の中身を全て把握しておりませんの。ここを訪ねるよりまずはこの町の図書館を探した方が望みがあるように思えますけど」
「問題ない。だから一魅は今日、ここに居ないんだ―――って見えないか」
昨夜の一件でかなり心配をかけてしまったが少なくとも今日が始まって以降はまだ意識を取られていない。あの時は丑三つ時だったから乗っ取られたというような仮説は立てられるが今は細かい道理など無視して構わない。乗っ取られてないならそれでいいのだ。
だから一魅には改めて図書館へ向かってもらった。手分けして探せる且つ向こうは一切誰にも気づかれないところがこの分担作業のメリットだ。
伽堂は空のティーカップをソーサーの上に戻すと無駄のない所作で立ち上がり、くいっと指で舞子さんを呼んだ。
「は~い。お呼びですかぁ」
「舞子。神坂さんをウチの書庫へ案内してあげて」
「お嬢様が直接ご案内なさらないんですか?」
「私は少し用事があるから後で向かう予定。では神坂さん、後は舞子に」
「ではでは神坂様、私についてきてくださいねぇ」
何故この家に書庫があると思ったのかなんて、大した理由はない。初めて客間に通された時、ガラス越しにそれっぽい部屋を見ただけだ。本がずらりと並んでいたから書庫……少なくとも伽堂のコレクションだろうと思った。何、駄目で元々だ。沢山本のある場所を挙げたら最初に図書館が出てきて次は彼女の家が思い浮かんだだけ。学校の図書室は最初から除外している、あそこにあるのは勉学に使える本ばかりで全く面白みに欠けるから。
「それにしても憑依されていたのですねぇ。聞いておりましたが全く気付きませんでしたぁ」
「…………当然ですよ。一魅も気付かなかったんですから」
「……ごめんなさい、ほんの冗談のつもりだったんですぅ。嫌味のつもりで言った訳では」
「分かってます。アイツに分からないなら貴方に分かる筈もないんですから気にしないで下さい」
舞子さんは割烹着のポケットから厳つい鍵を取り出すと分厚い鍵穴に差し込み、ぐるりと回した。
ガチャン。
「こちらがお嬢様の書庫になります。正確には伽堂家が代々集めてきた書物ですが、今はお嬢様しかおりませんのでねぇ。私一人で整頓させていただいておりますが、お嬢様も含めて伽堂家の方々は本の虫でいらっしゃいますから、もしかすると既に散らかっているかもしれません」
「ここに仕えて舞子さんは長いんですか?」
「まあ、それなりといった所です。何かご用件があれば今のうちに、お嬢様の手伝いに行かなくてはなりませんので」
用件…………トイレの場所は何処かというような話なら出せるが、そんなの聞かなくても最悪自分で探せる。舞子さんから得られそうな情報は何か、あっただろうか。
「……伽堂は何を調べてるんですか?」
「プライベートな事ですから私の口からお答えする事は出来ませんねぇ。今回の一件には無関係とだけ回答させていただきます。お嬢様、ご自分で案内なさればいいのに私に押し付けるんですからぁ」
「ああ、元々役目が逆だったんですか? 何でまた交代を?」
「ふふ、殿方と二人きりの状況になってしまうのが恥ずかしいだけですよぉ」
その……殿方に位置する俺はどんな気の利いた返しをすればいいのだろう。反応に困って愛想笑いをしている内に舞子さんは扉を閉めて去っていった。振り返れば佇む、本の壁。表紙を見ても娯楽とは一切かけ離れた中身と察せる書物が山とある。埃を被っていないだけマシだ、と自分を騙して端の一冊を手に取った。
「重っ」
これが辞書だったとしても納得出来る。速読の技能はない故、いよいよ俺も引き籠らなくてはならないのか。
意識を再び乗っ取られる事はなく、一時間。関係ありそうなタイトルを選んでいるとはいえ未だ空振りだ。『悪魔召喚』『日本に広がる怪異の巣』『幽霊の正体』『割譲された国の真実』……無関係な本を読んだ気もするが、ミナシゴオトメに関わる話は一切出てこないどころか降霊術の話すら言及されない。”悪魔の定義”とか”跋扈する怪異の特徴”とか”幽霊と怪異は似て非なる存在”とか、聞きたい話はそうじゃない。
弱音ではないが、こんなに長く感じた一時間も久しぶりだ。俺の体感通り太陽が動くならとっくに日は沈み家に帰っていなければならない。いや、会いに来てる時点でもう放課後だが……まだ夕日はばっちり顔を出している。
既に嫌気が差しているが、図書館へ向かった一魅に比べればこれくらいは何でもないのだろう。しかし俺はもうとっくに限界気味だった。誰か話し相手が居ないとこんなにも時間は無意味で……退屈だったとは。
「成果はありましたの?」
聞こえてきた声に背中を押されて条件反射で居住まいを正す。当たり前だが後で来る約束をしていた伽堂がやってきたのだ。どんな顔で対応すればいいか分からなくて、振り返らずに答える。
「あったら、俺はもうとっくにこんな場所から出てるよ」
「気に入りませんでした?」
「そうじゃない。一人で手がかりがあるかどうかも分からない場所を探すのは大変だと思っただけだ。ここに絶対あると分かってるんだったらもう少し頑張れるんだけどな……一魅の奴が図書館から手がかりを持ってくる保障もない。だったら俺も頑張るしかないよな」
「…………しゅめい君。『行方不明』という本は読んだ?」
「そんな本あったっけ? でもタイトルからして関係なさそうだぞ。お前、さっき自分で言ってたじゃないか。書庫の中身は全て見ていないとか。何でその本が関係あると思ったんだ?」
そして今読んでいる本も空振りだ。途中から流し読みをしたが脱線してしまった。著者に悪気はある筈もないが目の前に居たら一発蹴っ飛ばしたくなるくらい気が立っている。
「おい、無視するなよ。伽………………」
振り返った先に、伽堂の姿はない。それどころか、扉も開いていなかった。
席を立って本棚に目を遣ると、『行方不明』という本を見つけられた。今まで見逃していたと言われても全然納得出来るタイトルだが、その本だけは俺に見つけてほしかったように埃を酷く被っていた。両隣を挟む本に埃はなく、その足元も同様、まるで誰かが後から本の隙間に差したように、それだけが薄汚れている。
適当に流し見をするとどうやらそれは手書きの物語で、著者は不明。しかし最初の文に、俺は目を惹かれてしまった。
『遍く人の人生は、神の悪戯によって不明となる』。




