命守りし、忘れたまえ
「はい、水を持ってきたよ」
「ありがとう。残る準備は……鏡と、自分の身体の一部と、呪文か。伽堂がやったんだから出鱈目とは思ってなかったけど、名前は後からついたんだな。孤児で乙女……最初にやった奴が女性だったんだろうか」
「鏡は…………どうしましょう。手鏡があれば良かったんだけど」
「お前は鏡に映らないから持つ意味がないもんな」
「メイク、してみたいんだけどね……誰か机の中に置いてたらいいのに」
「置いてる奴居ないだろ。勉強道具じゃないんだからさ……」
探している時間もない。放送開始までもうすぐだ。
俺達は放送中にミナシゴオトメを試そうとしていた。
単に放送とは無関係に試す時間が足りなかったのもあるが、一番は放送の度に混ざっているらしい声がどんな影響を与えてくるかを確かめる為だ。本を読んでも間違った終わらせ方をしてはいけないなんて書かれていなかった……どころか、記載されていたのは呼び出しの手順だけでここに集めた本だけでは終わらせ方など一ミリも登場しなかったといった方が正しい。
放送で大々的に行えばメッセージで情報を教えてくれる人が居るかもしれないし、混ざる声が良くない影響を与えてくるのかもしれない。もしそうなればチャンスだ。ミナシゴオトメとは無関係だが幽霊に取りつかれた際の対処法とやらは見つけられた(この町、大昔は取りつかれるのが日常茶飯事だったのか?)から、それを試すつもりである。
「……鏡が必要っていうのは、要するにもう一つ反射する物体が必要って意味でしょ? だったらもう携帯の画面でもいいんじゃない?」
「……俺のはもしかしたら誰かから有力情報が来るかもしれない、お前の携帯貸してくれ。俺が持てば、幽霊にも見えるだろ」
二つ返事で渡された携帯の画面を消すと、その暗転面をバケツに汲んだ水と合わせ鏡になるように設置する。バケツを足元に置いて机の上に携帯を置けば簡単だが、文章を見てそれっぽく仕上げたので間違いがあっても知らない。でも合わせ鏡自体はこれで完成している。
「放送開始残り二分。何とか間に合ったわね」
「一時間の放送中に降霊術を生収録なんて先輩の誰もやってないだろうな。こりゃ深夜奔走の注目アップも間違いなしだ。俺はそろそろ大人達の意見を聞きたいよ」
「誰も何も言わないの?」
「まあ、こっちから聞く暇がないってのはあるけどな。文句も言われてないから悪評もないんだけど、もっと皆が肯定的になってくれたらお前の情報も集まりそうなんだが」
仇華先生についてはノーカウントだ。悪い人ではないが話が長いから用事がない時には会いたくない。
「じゃ、行くぞ……」
「キミとなら、いつでも」
『はい。どうも皆さんこんばんは。深夜放送のお時間です。もうそろそろ自己紹介は要らないと思うけど、神坂守命だ』
『弓水一魅。ねえ、もうそろそろ自己紹介省略しない? ローカル番組だし』
『部活のことローカル番組とか言うなよ。別に番組編成もされてないし給料も出てないからな。ところでリスナーの皆は、また声が混じってるのか? 俺達から聞こえない謎の声が聞こえてるなら……今日は良い放送になるぞ』
外部の人間はさておき、個人メッセージにはクラスメイトからの声が続々届いている。やはり放送には俺達以外の声が混ざっているらしい。ついでに花影からも同じ証言を得られている。
『よしよし、普段はお題に合わせた話題なんか話したりするけど今回は検証回だ。テレビだったらもっと盛り上がったんだろうがうちはラジオ一筋、出来るだけ状況を説明するから全員脳内で上手く想像してくれよな』
『この妙な声についてお便りをいただいた事があると思うけど、私達なりに調査を重ねた結果、この声は心霊現象であると判明したわね。そこで今回はお化けが近くに居ると仮定して降霊術をやろうと思ってるの。こっくりさんは誰か分からない幽霊を呼び出すけど、こういう状況なら確実にこのお化けが来てくれるんじゃないかと思って。目的が分かったら放送の邪魔をしないでくれるかもだし』
『一応注意だけ! 俺達は部活とはいえとんだ悪ガキだからやってるだけで、自分がまともだと思うならどうか真似しないでくれ。普通に危ないし、噂によると降霊術による被害者も居るらしいからな。手順は一部省いて説明するから、聞いてるだけじゃ分かんないぞ。どうしても気になるなら各自勝手に調べる事だ』
そしてその勝手に調べる行為は資料の殆どを部室で管理しているので俺達が回収したと推理出来ない限り同じように調べる事も出来ない。図書館に行けば資料くらいある筈だという考えはむしろ裏目だ。一魅が勝手に取ってきたから貸出記録も残っていなければ誰かが勝手に取ったという結論さえ抱けない。
『まずは水を用意する。洗面器でもバケツでも、多分コップでもいい。ある程度の水を溜められる入れ物に水を注ぐんだ』
『次に鏡。合わせ鏡を作るのよね』
『女子の方が真似しやすいとは思うが、さっきも言ったけど半端な気持ちでマネするなよ?』
そしてここから手順を放送上では省く。合わせ鏡を作ったら水を少し揺らし、映りこむ景色が現実と一致しなくなるのを待つらしい。目安としては自分の指を合わせ鏡の中に映すと分かりやすいそうな。指を指と認識出来ないような映り方をするらしい。
『えー……次の手順は何だっけ』
『呪文。ほら、ちゃんと読んで』
『この文章古すぎて読みにくいんだよな……』
景色が現実と一致しなくなると言われても、水面を揺らせば歪むのが道理だ。本に書いてあったとはいえいまいち想像しにくい変化とやらを期待する事三分、一魅が動揺したような声を漏らして俺に変化を伝えてきた。
覗き込んだ先では水面が揺れているのに景色の歪みが変化しなくなり、目安に使っていた指が全く映らなくなっていたのだ。これは誰がどう見ても現実と一致していない。
『……よし。じゃあ読むぞ。ミナシゴミナコミナシゴミナコ、乙女は一人、頼れる影は己のみ。ミナシゴ一人、一人はミナコ、頼れる己は影にのみ』
『…………これで、水面に何かが映るの? 私にはまだ何も……』
『ミナシゴミナコミナシゴミナコ、乙女は一人、頼れる影は己のみ。ミナシゴ一人、一人はミナコ。頼れる己は陰にのみ』
『……』
『一魅?』
ほぼ同時に携帯にメッセージが届いた。花影から、『放送に紛れていた声が止まった』との事。
続いて合わせ鏡の方を覗き込むと誰かが反射面からこちらを覗き込んでいる。決して一魅の顔が映っている訳でもまして俺の顔が映っている訳でもない。でも誰かが確かに、こちらの世界を見ている。
『せ、成功したのか? マイク動かしてもいいな、声を拾うかもしれない』
『呼び出したのは私じゃないし、質問はお願い。マイクは私が動かすから』
「神坂守命。お前は間違えた」
『え?』
『この声は……守命クン?』
「俺は……いや、お前はずっと間違えてたんだろうな……今すぐこの水をひっくり返せ、それで状況は変わる。忘れるな。今回で二度目だ。お前なら伽堂を助けられる…………頼んだぞ」
『何?』
『守命クン、言う通りにしてみたら?』
言われた通り、バケツの縁に手を書ける。部室がびしょ濡れになるのを承知でひっくり返そうとすると―――頭を殴られたような激痛が、思考を震わせる。
『守命クン!?』
抗う余地もなく、意識を失った。




