淫シ邪教
「じゃ、邪教?」
この町のお節介な感覚、他人のプライベートを覗き見るような不快感は住人なら誰しもが一度は感じただろう。幸い俺は一魅の一件で少なくとも両親からはそのような事を言われなくなった。あれは田舎特有の他人の事を知りたがる隔絶社会の一面だとばかり思っていたが、邪教?
「邪教ってのはえーと、認めがたい宗教みたいな意味だよな?」
「それ以外に何かありますの? 邪悪協会みたいな?」
「守命クン、道徳に反している教えが蔓延っているという認識でいいと私も思うよ。特別な意味合いはないと思う、邪教は邪教」
別に俺だって難癖をつけたい訳じゃない。邪教なんて脳内スマホで変換してもそれ以外の言葉なんて出てこないから意味は分かっている。ただ幾らこの町がプライバシーの概念を忘れているからってそれを邪教呼ばわりはあんまりではないか。自分の気に入らない校則があってもその学校を誰も社会の歯車養成学校とは言わないだろう。
―――あれ、別に間違ってない?
いやいや、これは俺が出した例えがおかしかっただけ。慣れない事をしたら恥をかいたというだけだ。
「俺もこの町の風潮? 空気感は好きじゃないけど邪教はあんまりだろ。呪われてるなんて大袈裟だ、だったらこの町は旅館なんて経営出来ないし祭りに人も来ないしあの神社だって禍々しくないとおかしい!」
「…………」
「守命クン、キミの邪教のイメージが極端すぎて伽堂さんも困惑してるみたいよ」
「え? いやだってあの神社は別に見た目が普通だろ?」
「そういう話をしている訳じゃないんだけど……何処からツッコんだらいいのかしら。邪教って『自分は邪悪ですよ』感を露骨に出してる訳じゃないのよ。だからその反論はセンスがないわ」
「神坂さん。何やら弓水さんにも言われているみたいですが、それはボケでしょうか。でしたらあまり面白くないですの」
「―――ごめん」
もういいよ、ボケで。その方がプライドを守れそうだ。
「でも、邪教って言うからには相応の理由がないと納得できないぞ。お前は何を思ってそう判断したんだ? その言い方からして、邪教に抗う為に架空の許嫁を用意したんだろ」
そしてその許嫁が嘘だと周囲に見破られない為に引き籠った。一切の面会と交流を絶てば誰もその嘘は暴けないから。
「この家には私と舞子しかおりませんが、それこそ正に理由なのです。お父様とお母様がこの町を離れる直前、私に言いました。”この町は呪われている。私達は生きる為に逃げなければならないが、卒業したら必ずお前を迎えに来るからどうかこの町に吞まれるな”と」
「…………」
「そ、それだけの理由で?」
自分の声が聞こえないのを良い事に一魅は素直な感想を漏らした。そう、素直……正に俺も同じ事を思ったから、心を読まれたのかと疑ったくらいだ。親にそう言われたからこの町は呪われているだなんて無根拠甚だしい。親とは血が繋がっているだけで無条件に信頼出来る人物ではないと知っているからこそ、俺はその理由を冷めた目で見てしまう。
「……理由は、終わりなのか?」
「私も馬鹿ではありませんの。呪われているかどうかの真偽はさておき、何故両親が逃げなければならないのかを舞子と共に調べましたわ。ずばりこの町には恋人を作らねばならない風潮―――ではなく、決まりがございますの。恋人を作り、やがて子供を作り、その子供を山へ見せに行く―――ここに暮らす大人に一切の例外はなかったのです。私の、両親以外は」
「……山へ見せに行かなかったのか?」
「ええ、私の両親は縁結びの神社をきっかけに結ばれたそうですから、その恩返しにと神社へ見せに行ったそうですの。その程度の違いに一体どんな意味があるかは分かりませんでしたが、それを知られて以降町の方々からお友達を紹介されるようになったのです。決まって全員、男の子」
「…………成程?」
「同時に両親の仲を引き裂かんとするような出来事も多発しました。お父様は幸いお母様一筋ですから全てお話ししてくださいましたが、そのどれもが夫婦間に亀裂を入れかねない悪意に満ちていて―――ですから私を置いて自分達は離れたのです。転校だけは、どうしても出来なかったそうで」
話が読めてきた。細かい正誤(山へ見せに行かなかった事が本当にいけなかったかはまだ伽堂の主観による判断だ)はさておき彼女の両親は町の決まりを守らなかった為、町の大人達はその埋め合わせなのか代償なのか伽堂に決まりを守らせようとしたのだ。
「降霊術でお前は何を聞いたんだ?」
「”ミナシゴオトメ”という儀式では、将来を未来の自分が教えて下さるそうです。そこで私は……見知らぬ男と契りを交わし、この手で両親を殺してしまうと聞きましたの」
◇
『アナタは…………このままでは呪いに身を絡めとられてしまう……』
未来の私の姿をハッキリ見る事は出来ませんの。しかし顔が見えずとも声は悲しく、その目に生気は宿っておりませんでした。
『冗談、ですのよね!? 私が、お父様とお母様を……! そんな、事が!』
『ワタシ……みたいにならないで。アナタにはまだ……未来が」
『どうすれば! どうすればいいのですか!? 私は……私を助けて下さい!』
『…………誰も……信じないで。決して恋人を……』
それが未来の私が遺してくれたアドバイスですの。許嫁の用意や籠城はそれを聞いた私が捻りだした案にすぎません。
◇
その話をするにあたって涙はとうに枯れたのかもしれないが、やはり瞳が潤んでいる辺り耐えがたい苦痛を感じているのだろう。同じ立場だったら俺はどうする、未来の自分とやらの発言を信じて行動に映るのか。それとも……これはこっくりさんよろしく自分になりすましたお化けの悪戯だと断じて聞かなかった事にするのか。
一魅は何か言いたげだが、この空気に口を挟みたくないらしい。ぎゅっと机の上で拳を固めて口を噤んでいる。
「呪いを信じる客観的証拠はございません。しかし両親と未来の私が同じ言葉を口にしたなら信じるしかありませんの」
「……良く分かった。榊麻はあれか、お前が正しく儀式を終わらせなかったとかでおかしくなったんだな?」
「概ね合っています。問題はそれが私の意思ではなく、彼の勝手な介入によるものです。夜はどんな場所だろうと大人の目がありましたから、人目を掻い潜るには逆に人気がある時にやるべきだという判断をしましたの。それがまさか彼に幽霊が憑くだなんて」
「……アイツはお前の事をとにかく知りたがってた。俺を殺そうとしてたくらいだし、お前も同じような目に遭う可能性が高い。どうだろう、そっちで幽霊を追い払えたりしないか?」
「…………」
「なら俺達が調べよう。”ミナシゴオトメ”だっけ? それの文献……あー、ネットか? それとも両親から聞いた?」
「町の図書館ですの。しかしもう閉まっていますわ。神坂さん、私の事よりも貴方は放送に混じる声について調べるべきでは? 昨日も声が混ざっておりましたの」
「何か、更にややこしくなったわね」
屋敷を後にするなり、一魅が思い立ったように口を開いた。
「というよりいい様に使われてる気がするわ。だって放送に混ざるノイズはこの町に昔あったイジメによる被害者がどうのこうのっていう話だったでしょ? 榊麻クンがおかしくなったのは彼女が行った儀式のせいだけど、その榊麻クンの存在を知りたかった理由は花影サンの教えてくれた騒動を止めた人物だったから」
「花影が榊麻の名前を忘れてたから伽堂を頼る事になったんだよな。なんだ意外と単純だぞ。榊麻は今様子がおかしくて話を聞ける状況じゃないが、幽霊を追い払えば話も聞けるはずだ、アイツがどうやって解決したかさえ分かればいいんだし」
帰路の脇にあるコンクリートの壁に二人で座る。夜は人の目があると彼女は言ったが、俺の動向なんて誰も気にしていない。散々小学生の頃に暴れたせいなら、今は有難い。
伽堂が未来の自分を頼りその言葉を信じたように、俺にとって一魅は俺だけが見えるし頼れる存在だ。いつでもそれが出来る安心感は何にも代えがたく―――学士絵の本文から解放された放課後なら、幸福すら覚える。
―――必ず俺が、お前を助けるからな。
夕焼け空を見る横顔に、心の中でそう誓った。
「とりあえず、今日は早めに部室集合ね。図書館から関係ありそうな本を持ってくるから準備しておいて」
「無断で入ってもバレないだろうけど、虱潰しに探したら夜が明けるぞ。大丈夫か?」
「図書館だって本を管理する為に分類別に仕分けしているんだから、こっちだって手がかりがない訳じゃないわ。まあ、期待してて。透明人間の利点、存分に活かさなきゃね」




