薄氷のお嬢様へ
『はいどうも。皆さんこんばんは深夜放送部です。挨拶が適当になってきたど、もういいよな』
『今日は何を話すの? ギリギリで来たから全然話題の整理なんて間に合ってないわよ』
『んー、そうだな。お便りの話でもしようか。ほら、声が被って聞こえるっていう奴……調査って程でもないんだけど、俺達以外に喋ってる奴が居る疑惑って面倒なんだよな。俺はお前が見えてるけど、声の主は誰にも見えてないんだ。学校だけならまだ許容できたけどこのラジオ、大人も聞けるからな。流石に許容するにはクレームが激しくなるだろうからと……だよな?』
『それで、有志からの情報でこの怪奇現象は初めてではないと知ったの。中学校の頃にとあるクラスで似たような現象が起きたらしいわ。すぐ収まったらしいけど、それを聞くまで守命クンは知らなかったみたい』
『クラスで分かれてると学年が一緒でも空気感が違うからな。この町で通える学校が一つしかない以上そのクラスも膨大だったし……すぐ収まった騒ぎなら知る由もない。と、そんな話はどうでもいいんだ。ひょっとしたら町の人の方が詳しいかもしれないが、俺達は不登校のお嬢様である伽堂結衣に会いに行った』
この話は当然舞子さんが聞いていて翌日のティータイムとやらに本人の耳にも伝わるが問題ない筈だ。会った事まで秘匿してほしいなら事前にそう言っている筈。とにかく、好きに言おう。舞子さんの最初の対応からして俺達以外は門前払いを食らっているだろうし。
『いやあ、お嬢様って感じだったよな。部屋も広すぎたし、住んでる人も伽堂含めて所作が綺麗だったし、別世界に行った気分だ』
『私なんて見えてないだろうに構わずもてなしてくれたのは、個人的には良かったわ』
『そうそう。暇だから俺達のこの放送も聞いてくれてるんだよな。お陰様で会えたと言っても過言じゃない。ま、大した情報はなかったけどな。そもそも情報が食い違ってて、伽堂自身は何も知らなかったんだ』
『そういう意味じゃ無駄足だったね』
『いや、そうとも限らないよ。あんまこういう話をするのもどうかと思ったけど……みんな知っての通り、俺はおかしな奴さ。こんな形で一魅の存在を証明しなかったらきっと今も変人か狂人だったんだろう。俺が女子その物を嫌ってるなんて噂を流してる奴も居るよな。聞いてる人はそれを信じてたか? 今は彼女が居るからあり得ないって思ってくれてるなら何よりだ。でも友達は一人でも多い方が良い、あんまり多くないからさ。伽堂は周りになんて言われても気にしないような人だったから、俺の悪評なんて気にしなかった。そんな人をまた見つけられたのは……嬉しかった』
『いつも、私が傍にいるのにね?』
『おい、俺以外に見えないからって嘘はやめろ! 居る時と居ない時がちゃんとあるだろうが!』
『私、気になってるんだけど。もしキミに彼女がまだ居なかったら、伽堂さんはどうだった? 要するに……タイプだったかを聞かせてよ』
『俺の彼女も聞いてる前で言うのかよ……まず、俺が選ぶ側って前提が間違ってるな。向こうの方が経済的にも見た目的にも上だ、選ぶのは向こうだろ。これ以上はこの話やめないか? 許嫁が居るらしいし』
『存在しない仮定の話ならしてもいいと思わない? お互い縁のない話なんだし』
何とか伽堂の話題を繋いできたが、榊麻はこれで食いついてくれるだろうか。どうせ後で様子を見に行くつもりだとしても、本人から接触しに来てくれた都合が良いのも事実だ。
『……もし俺が今の彼女と交際してなかったら、まあアタックはしてたんじゃないかな』
花影のスレンダー体型からして一貫性はある方だろう。まあ伽堂は引き籠っているせいか運動も大してしておらず、かといって飲食も控えめだから単純に薄いし細いのだが。個人的な拘りと言われてもいい、あれをスレンダーに分類するのは違う。
『…………』
『何だよ……馬鹿らしい話題に付き合ってやったのに反応が鈍いぞ。せめてお前だけは反応してほしかったな』
一魅が携帯のメモ書きで聞こえないメッセージを見せてくる。「私はタイプじゃなかったのか?」と。因みに今はそういう話をしていない。単に俺以外に見えない人間のスタイルなんてここで引き合いに出してもと思っただけだ。
そしてこれはこれで答えに困ったので、
『因みに関係性は一旦置いといて、見た目だけでもお前が気になった男子って学校に居たか?』
話題を振って、筆談を不可能にさせた。
一魅の声が男女問わず非常に好評なのは分かっていたが、俺のその場凌ぎが学校でここまでの影響を及ぼうとは思っていなかったし、一魅から『男子も女子も居る』なんて発言が飛ぶとも思っていなかった。具体名は出さずに活動時間を使い切ったせいか俺と同じクラスの男子はその話題で盛り上がるのもそうだが見た目に気を遣うようになり、何なら女子までもがメイクに力を入れ始めた。
―――アイツの見た目なんて教えようがないから、そりゃ皆知らないけどさ。
恰好次第で王子様に見える中性的な見た目では断じてない。無いのだが、それを伝えたところで客観的に証明する方法もない。人間は見たいものを見るだなんて言われるが、まさかかつて俺に『友達が出来ないから妄想に取りつかれてるんだ』なんて言った奴までもが同じような末路を辿るとは思わなかった。余談だがその女子については嫌いだ。一魅の存在を否定したから。
「こりゃ……凄いな」
「え!? 一魅ちゃん居るのか?」
「いや、独り言だけど」
クラスの雰囲気が変わったと言えば聞こえはいいが、姫篠はキラキラし始めたクラスにやや引いていて居心地が悪そうだ。勿論俺も同じ気持ち。明るくなるのは結構だが変化が急すぎる。
「なあ……その玲子? 一魅の声の何処がいいかっていう……アンケートを取ってるんだけど」
さしあたって見た目に気を遣いだした女子の一人に声を掛けると、彼女は呼吸を置き去りにする勢いでまくし立てた。
「えーまじ声聞いてると安心するっていうか、なんかウチの心の中の女がキュンってしちゃうの♪ ねえ神坂、どうすればヒトミンは見えるようになる? あ、ヒトミ様って言った方がいい?」
「ち、近づくなって! 知らん知らん! 知ってたら俺がとっくにそれを広めてるよ!」
『もうさーいこー! 最近長時間寝るより寝不足でもラジオ聞いてた方が幸せな夢を見れてるっていうか~。んーもっと早くラジオ聞きたかったなー! 聞かなきゃ損でしょマジ!』
『ね、ね。今度どんなお便り送る? もっと弓水さんに喋らせましょうよ!』
『……事件をでっちあげるとか』
『おー!』
「おーじゃない! でっち上げなんてしたら取り上げないからな! これ以上面倒事を増やすな!」
学校が影響を感じやすいだけで、町の大人も話せば似たような反応を見せてくるのだろうか。仇華先生には用事がないと会いに行きたくない(話が長いから)として、参考意見が欲しい。一魅の声が嫌いとは思わないが、流石にここまで影響を及ぼすような魔性を持っているなんて思えない。じゃあそれをずっと聞いてる筈の俺はどうして正常なんだ、となる。
「――――――」
いや、正常ではないか。
ここに居る奴は誰も、正常じゃないかもしれない。ふと背中に気配を感じ、振り返る。
「…………昼休み、屋上」
「え、え?」
「知りたいんだろ。俺の事。榊麻小太郎の事」
土気色の肌をした今にも死にそうな青年はそれだけ呟くと、頼りない足取りで教室を去っていく。透明人間と一度でも相対したせいだろうか、肌感覚で理解した。
誰も、榊麻の事を認識していない。




