不明不可思議魑魅魍魎
「何だか大変な事になったみたいね」
「お前……他人事みたいに」
「他人事でしょ。ワタシは誰にも見えないんだから」
あの後、花影にはしっかりと注意を促しておいた。恋は盲目だとか恋愛脳だとかそういった発言で片付けていいような事態ではないだろう、凄く、嫌な予感がした。もし次にいい寄られる事があれば引き続き俺を彼氏として利用してくれとも伝えておいたから、一先ず危険はないと思いたい。
「俺達は妙な声について調べてた筈だったんだけど、何だかおかしな事になってきたな」
「一応忘れないでね。私達は榊麻小太郎について調査し、その結果を伽堂さんの付き人に報告する。水曜日に待ってるなら、明後日に」
「忘れたりしないよ。姫篠にも調査を頼んでるしな。二つは多分無関係だと思うんだが、どうも間が悪いな。こっちの方が被害を生みそうで怖いよ」
ラジオ開始まで残り一時間。早乗りしたのは一魅の連絡があったからだ。
『鍵が、開いてるみたい』
当たり前だが深夜放送部などという部活を除けば普通の学校だ。俺達は部活の為に鍵を渡されているが、それ以外の生徒は立ち入れないようにしっかりと戸締りをされている、いなければならない。ところがその前提が破られたとなれば侵入者が何らかの目的を持って校内に入ったとみるべきだ。泥棒なら警察を呼ばないといけないし一人で立ち向かうのはリスクを伴うが、こちらには一魅が居る。彼女がどんな行動をしても俺以外の人間はそれを認識出来ない。
それを利用して俺達も校舎にこっそりと侵入した。彼女に開けてもらえばたとえ昇降口付近に小細工をして侵入通知がなるような工夫(例えば扉を引っ張ったら時計がなるようにするとか)をしていてもその小細工は不発する。物理的干渉を伴っていようが、一魅の存在は間接的にも認識されないのだ。
「ていうかさ、合鍵なんかないよな。どうやって入ったんだ?」
「別に、放課後までに色々と準備すれば不可能じゃないでしょ。多分だけど私達と鉢合わせしない様に早めに侵入したのかな。放送開始の時間までに脱出すれば痕跡は見つからないって算段……私はともかく、守命クンは家からここに来ても部室まで一直線だもの」
「一々学校を歩き回る方がどうかしてるだろ。ま、今回はそんなどうかしてる奴のお陰で何らかの企みが明らかになったんだが」
「暇だったし」
忘れ物を取りに来たくらいなら見逃しても良いが、ここまで用意周到だとその可能性も低い。開けてあった窓は一階廊下の窓らしく、一度でも入れ違えば脱走は容易だ。だから見えない罠を張る。
「作戦は……お前が校門で待機して、俺が歩き回る。それでいいな?」
「ええ、問題ない。続けて」
「もうないよ! 続かないよこれ以上。言う事ないし」
「そう? ま、上手く行くといいわね」
だからなんで他人事。
一魅が校門前に立ったのを確認してから俺も改めて昇降口から携帯のライトを片手に巡回。全身の感覚を研ぎ澄まし不法侵入者を検知する。これまでも気付かなかっただけで実は侵入者が居たのだろうか。ただ、透明人間と戦っていた時に関してはそれどころではなかったから、もしもなんて考えるのは時間の無駄だ。
「…………」
人を探す手順は色々あると思うが、犯人がとっくに校舎から逃げ出している可能性を捨てるなら隠密捜査が適当だ。大声を出して焦らせてもいいが、早乗りと事前に窓を開けておく計画性から俺達が来た事を察知していても不思議じゃない。そうなると向こうは逃げる為にまず俺の位置を掴む必要がある。
廊下のど真ん中で立ち止まって、耳を澄ませた。
―――さて、どう動く?
既に位置を掴んでいるなら今動いた方が早いし、掴んでいないなら何故足音が消えたのかを疑問に思う筈だ。ここに来るまでも極力足音を消す努力は惜しまなかった、具体的には上履きを脱いで靴下のまますり足で歩いている。完全に足音を消した今、動くのかどうか。
窓から外を見遣ると一魅の方からも犯人は見つけられてないようだ。欠伸をしながら両手で×マークを作っている。俺が一階に居るからだろうか。少なくとも二階に上がった事に気づいてくれたら侵入者には一階に逃げる選択肢が出来る。
「…………ん?」
階段に足をかけたその時、ふと気になってここまで歩いてきた廊下を振り返った。侵入者がまだ残っている前提で歩き、何処に潜んでいるかという事にばかり気を取られていたが一階の教室全てが微妙に開いているのは変だ。侵入者は一年の教室全てに用事があったとでもいうのか?
試しにA組―――自分の教室に入ってみる。もうおかしい、椅子を片っ端から引かれている。B組も、C組も、それ以降の組も―――椅子を引かれている。もしや片っ端から机の中を覗いている? 探し物……?
心当たりが、ある。
勿論、関連性は不明だ。主観による因果の仮定、不法侵入者の探し物と俺の心当たりには何の関係もないかもしれない。飽くまで俺の過ごした時系列において―――心当たりは、非常に有力だった。
「一魅! もう大丈夫だ! 侵入者は多分もう居ない! 部室に行こう!」
窓を開けて彼女を呼び寄せると、間もなく階段の手前で合流。後日先生に怒られても困るので改めて戸締りをしつつ部室まで戻った。後三〇分でラジオを始めなければいけないが、情報共有には十分だ。
「急にどうしたの?」
「戸締りしててどう思った? 学校中の教室が開いてたよな? 中の椅子は全部引かれてて、机の中を悉く物色されてたように見えた」
「結論ありきの仮定に思えるけど、一先ず付き合うよ。君の言う通り教室は全部開いていたわ、何かを探してたように見えるって言われたら、まあその通り」
「多分、これを探してたんだと思うんだ」
俺が拾った生徒手帳を机の上に差し出すと、一魅は納得の行ったように手槌を打った。
「じゃあ侵入者は敷茂昭なのね」
「決まった訳じゃないけど、拾われた事に気づいて焦った可能性は考えられるよな。このマークは何か変だ。花影のクラスメイトだけじゃない、他のクラスの奴も堂々と身体触られてやがる。中には敷茂とは無関係に彼氏が居る奴も確認出来た。そいつが口でのキスを許してるんだぞ?」
他にも服を捲られて下着を撮られたり、谷間に指を突っ込んでいる最中の写真をツーショット気味に挙げていたり……男の俺から見ても気味が悪いような写真が堂々とSNSで晒されていた。 生徒間だけで繋がれるような状態の非公開アカウントとはいえ、あまりに抵抗がなさすぎる。ネットリテラシーとかいう問題ではないし、一番おかしいのは誰もその件について咎めない事だ。
付いていたコメントはどれも女子だし、コメントの内容もまるで敷茂にセクハラされる事が喜ばしい事であるかのような文章ばかり。流石の花影もなんで自分がこんな人を好きだったのか分からなくなる程で、あまりの気持ち悪さに体調を崩したような顔色で帰ってしまった。
「手帳に書かれてる女子全員のアカウントを確認出来た訳じゃないが、五人も確認出来れば十分だ。似たような事になってるし、多分誰も気づいてない……花影以外は」
「花影サンはどうして突然違和感を覚えたの? 本当に神社に行ってから? それとも言い出せなかっただけでずっと前から……」
「縁結びの神様が守ってくれたとするなら、彼氏役として行った甲斐はあったな。そこの真偽はどうでもいいが、もしこの手帳を探してるんだったらわざわざこっちも労力を割く必要はない。お前が持ってたらまず見つからないんだからさ」
「―――分からない事だらけで参るけど、部活は休めないわ。今日の放送は何について話す? 声については調べられてないし、この事? 敷茂昭が花影サンを狙っているなら、彼氏として牽制もアリだと思うけど」
「牽制ねえ……いや、露骨に関与してる感じを出すのは危なさそうだ。それより伽堂について語ろう。今日彼女に会った事を話題にしたら明日にでも榊麻から接触してくるかもしれないだろ。人が変わったかどうかを判断する術は俺達にないけど、見るからに変だったらそれくらいは分かるしな」
「一時間も話す事、あったかしら」
「ま、そこは膨らませようか―――よし、準備しよう」




