校外部活内活動
姫篠の家は知っている。幸運な事に、或いはちょっとした偶然により。俺の家から徒歩五分もかからないの場所にあるから本来はもっと親しくなるべき間柄なのだろうが、アイツは絶賛反抗期でその理由は家が厳しいからだ。一魅の存在を認めてほしくて俺が起こした事件は真っ当な生活を歩んでほしい大人にとって好ましい物じゃなかった。それだけの理由で……理解のある知り合い程度に落ち着いている。
校外でアイツがどんな風に過ごしているか把握していない以上、訪ねるなら家を狙うしかない。それはいいのだが問題は彼女の両親が対応してきた時だ。昔は即座に警察を呼ばれた。頭のおかしい奴と自分の娘を絡ませるんじゃないと。今は……どうだろう。
「…………」
どんな対応をされたって構わない反面、また警察を呼ばれたら無関係の人間にまで話が及んでしまうから少し躊躇っているところだ。まるで空き巣のように家の周囲をうろうろと歩いてから、腹を決めたようにインターホンを押した。
扉の奥から呼び出し音の鳴った音がする。無性に落ち着かなくて両手であちこち自分の身体を触っていると直に扉が開き、中からお目当ての人物が応対してきた。
「ひ、姫篠っ。よお!」
「え、あー、意外? カミサカがウチに来るなんてさ。よく来れたよ、色々トラブったのに」
当たり前だが放課後に部活動をしていない学生の殆どは既にオフだ。姫篠も例に漏れずブカブカの制服からサイズのあった部屋着とホットパンツを着用している。久しぶりに私服を見ると何だか……別人みたいだ。
「何か用?」
「用がなきゃ来ないよ。ただその前に……ごめんな。透明人間について色々調べてただろうに勝手に解決しちまって」
「んや、気にしないで。好きで調べてるだけだし、終わった感出してるけどまだ全然じゃないの? 調べたところ、手に負えない空気は感じてるかも。カミサカも調べてないんでしょ? 同じ理由で」
「……ノーコメントだ。これ以上俺達にはどうしようもないって理由はあるけどな。実はまたお前に手伝ってもらいたいんだ。今度はすぐ終わりそうもない……緊急性も薄いけどな」
「それ、ここで話せるん? つーか、公衆。中に入った方が良さそうだけど」
「やだよ! 分かるだろ、家の中は接触のリスクが高まる……狭いからな。その問題を抜きにしてもお前の両親が…………」
と、そこまで言いかけて気が付いた。ここまで呑気に話しているのに彼女の両親が割って入ってこない。こういう形で交流したのも随分前だが、それにしたってまるで家に誰も居ないみたいだ。
「両親……共働きだったか?」
「ん? いや? 今日はたまたま居ないだけだよ。明日もたまたま居ないだろうね」
「……? そう、か。なら運が良いや。で、調べてほしい事なんだけど、榊麻小太郎って奴が同学年に居るらしい。そいつについて調べてくれ。出来れば昔どんな奴だったかも知りたい」
「おーいいよ。理由は聞いちゃ駄目な奴?」
「ラジオで言及された声関連の話とだけ。小太郎が犯人って言いたいんじゃないぞ、そいつの情報が必要なだけだから」
「カミサカは何すんの?」
何をする、と言われても特にするべき事はない。一魅と合流する予定しかなかったがそう言われると他にやるべき事がある気もする。
「後始末かな」
「ふーん。じゃ、頑張ってね」
姫篠が玄関を閉めるまで見送ると、俺も踵を返し速やかに校舎へ。合流する前に花影の様子を見に行こうと思えたのは彼女のお陰だ。嘘の交際関係故、出来るだけ顔を合わせまいとしていたが少なくとも会いに行く素振りは見せないと恋人っぽくない。
女子水泳部に顔を出す事自体が性別的に気まずいという話については一旦考えないでおこう。遠目に見る分には問題ない筈だから。
「いいねー早いねー!」
「かおりん最近タイム良くない!? これがかれぴっぴ効果か~」
「それ古い」
可能な限り誰からも死角になる位置から遠巻きにプールを見つめる。こんな山中にあるような町だ、部活もストイックさよりは和気藹々とした側面が強く出ている。果たしてここが強豪校だったならもっと部員全員が真剣に取り組んでいたのだろうか、しかしどのような部活であれ強豪になりうる学校なら深夜放送部なんて部活は存続を許されていないだろう。
―――大丈夫そうだな。
少なくとも今は、問題ないと判断しよう。本命の恋人に俺のせいで振られた事には大変責任を感じているから、そのせいで部活にも集中出来なくなっていたらどうしようと思っていた。その心配が全くの杞憂に終わって何よりだ。同じ部活の友達にその件をいつまでも弄られていたらどうしようと思っていた自分が馬鹿らしい。
これ以上の様子見は単なる覗きと変わらないと思って草むらから飛び出すと、うっかり爪先が何かを蹴飛ばしてしまった。小石を蹴ったかと思ったがそれにしては手応えに重心を感じなかった。自身の足の方向から飛ばした物を見つけて拾い上げると、それは生徒手帳だった。
「…………敷茂昭?」
聞いた事のない名前だ。交友関係の狭い俺に聞き覚えがあったらむしろおかしいが、名前からして女子ではない。適当にページを捲ってみると書道でもやっているような綺麗な字がすらすらと。あまり綺麗な字を書けない俺に言わせれば文句なしに達筆だが、問題はその書かれている字の方だ。
沢山の女子の名前が書かれている。その殆どに聞き覚えはないが、俺の目を引くには十分な名前もあった。
美河量子←✓
相川曾根←✓
弓水一魅←?
花影薫織←×
一魅と花影の二人を除いて殆どの名前にはチェックが記載されている。その数はおよそ三〇人ちょっと。名前が女子っぽいだけでひょっとしたら男子が紛れている可能性もなくはないが……パッと見は女子の名前が集まっている。
落とし物なら職員室に届けるつもりだったが、一魅に相談してからでも遅くはない。もしかすると俺が男子だから共通点や相違点を見つけられないだけで彼女だったらすぐに分かるかもしれないし。
「おーい、一魅~!」
改めて昇降口から校内に入って頼れる相棒を探していると、彼女は一年生の空きクラスで立ち尽くしていた。そこはE組であり、俺の知り合いには誰一人縁のないクラスではある。
中に立ち入ると、一魅は足音に反応してパッと振り返った。
「守命クン。姫篠サンとは会えたの?」
「ああ、そっちは心配しないでくれ。お前こそ榊麻のクラスは分かったのか? あ、ここ?」
「名簿を片っ端から探していけば見つかるから大した手間じゃなかったよ。彼が机に置いていった教科書なんかも見てみたけど目に見えておかしいかと言われたら、判断出来ないわ」
「判断出来ない?」
「何の変哲もないから評価出来ないって意味。味のない料理を美味いとも不味いとも言えないでしょ」
「やっぱ直接会わなきゃダメなのか……部活は?」
「活動中の部活には全て行ってみたけどそういう名前は聞こえてこなかったから今日が休みの部活か所属してないかのどちらかね。正直途方に暮れちゃって次の行動を決めかねてたとこ。だからちょっと休憩」
胸が重いのだろうか、一魅は真っ先に机の上に胸を置いて、それから突っ伏すように腕を組んだ。徒労だったと感じた瞬間精神的に疲労が倍増する気持ちは理解出来る。俺も適当な椅子を取って対面に座ると、さっき拾った生徒手帳を彼女の前に差し出した。
「これさっき拾ったんだけど、お前は共通点とか分かるか?」
「ん…………私の名前が書かれてるなんて珍しい。共通点は分からないけど私だけ”?”マークな理由は見えないからでしょ。キミ以外に姿を認識する方法がない以上、✓も×もないでしょ。これらのマークの意味は色々あるだろうけど……✓が連続してて×が現状花影サンだけなのは彼女だけが何かを満たしていない、もしくはやっていないという意味。他の人は……一部C組の女子じゃない? 見覚えのある苗字があるけど」
「分かった! 告白したかどうかだ! 多分……✓済みの奴は玉砕したんだな」
「ワタシ、キミにも告白された事ないけど? それにするかしないかなら?マークなんてつけられないでしょ」
「それもそうか…………まあ持っててもしょうがないし写真だけ撮って職員室に引き渡してくるよ。流石になんか変だし、花影にも見てもらわないとな」
「待って。何処でそれを見つけたの? 場所次第では盗まれたんなんて思ってもないだろうから持ってても良さそうじゃない?」
「草むらだけど……持ってる意味がないだろ? 中身について聞きたいなら写真を撮ればいい」
「もし何か後ろめたい行動の証拠になるなら捏造だって言われるだけよ。自分の信用がどれだけないか、もう忘れたの? ワタシの為にと……キミは目に見える信用を全部捨てたのに」




