退屈に睥睨する
伽堂結衣。生活水準の高さからおよそ俺達とは違う世界に生きる学生とばかり考えていたが、流石に欠伸をしながら登場されると勝手に抱いていた緊張感も少しばかり解れてしまう。スカーフで髪を縛ってお洒落なポニーテールを作っている辺りは気品を感じるのに、ぱっと見の印象と行動が一致しないのだ。
「……伽堂結衣さんですか?」
「そのように堅苦しい呼び方は好きではありませんの。同い年ではありませんか、どうぞ呼び捨てで構いませんわ。それともラジオのように慣れて行く過程が必要ですか?」
「ラジオ、聞いてくれてる……のか?」
「生では聞いておりませんの。毎日舞子に録音させてティータイムに聞かせてもらっています。そちらの……姿は見えませんが、弓水さんの声が素敵ですわね。しかし何よりお二人が自由に話しているラジオはとても楽しそうで……内容如何にかからず聞き手としてリラックス出来ますの。これからも活動頑張ってくださいな」
「はぁ、それはどうも」
一魅の声をここでも褒められるか……嬉しくないとは言わない、存在を認識されない彼女がこういう形で褒めそやされるのは俺としても嬉しい。けれどもなんか……難癖と言われたらその通りかもしれないが引き換えに俺の存在感が失われていくようで複雑だ。俺も褒めろなんて言いたい訳じゃない……けど。ここまで圧倒的に差があると彼女一人でもラジオが成立するみたいに聞こえてしまう。
まあ、それはそれでいいか。
ラジオは自己主張や承認欲求の為の活動ではない。全ては一魅の謎を解決する為だ。その過程で俺が空気になっても気に病む必要なんて存在しない。だって、俺は特別な存在じゃないから。
「ラジオを聞いてるって事は、俺達がここに来た用件も察しが付いたり?」
「いえ、全く。ただ私は深夜放送部のファンですから会ってみたかっただけですの。用件の方は? もしや応募してもないのに何かしらの懸賞に当たってしまったかしら」
「限定キャラクターグッズなんて作ってないからそこは安心してくれ。あ、でも作った方が良いのかな。一魅をモデルにすれば人気が出たり……」
「守命クン、私でお金儲けするつもり?」
「いや、そんなつもりはないんだけど! リスナー増やす方法としては妥当かなあって。この話は後でしよう、実は俺の知り合いに貴方と同じクラスに居た子が居て……」
お便りで指摘された声はその子が中学校の頃にも確認されていたが、当時のクラスメイトがある儀式をしてから聞こえなくなって話題として沈静化。そこまで伝えたところで伽堂はポンと手槌を打った。
「お便りのあれですのね。少し話が見えてきました、しかし話を聞く相手が間違っていますわ。当時話題になったあのトラブルを解決したのは私ではなく榊麻小太郎というクラスメイトですの。私はただ居合わせた……いえ、現場に居合わせたという訳ではなくて、同じクラスメイトだっただけです」
「あ、その話が聞きたかったんだ! 同じ話を当時のクラスメイトからも聞いてたんだけど、名前が思い出せないみたいでさ。伽堂結衣って子は記憶力がいいから思い出せるって話を受けて、それで」
「あら、それは一体誰から? 言えません?」
「花影って奴だ。覚えてるか?」
「ああ、花影さんでしたのね。私の事を覚えているなんて光栄ですわ。彼女は元気?」
学校に行って直接確認してくれよ、と言いたい口を手で抑える。その事情に踏み込むべきだろうか。少し真面目な話をすると今度はその人間に話を聞けばいいのでここで帰ってもいい。だがそれは血も涙もない対応だ、相手はリスナーでありラジオのファン……雑にこの場を引きたくない。
「学校に行って直接確かめればいいのに。私と違って姿は見えるんだし」
「一魅。やめろ」
「弓水さんはなんて?」
「……学校に行って元気かどうか確かめればいいだろって言ってる。学校に来てない話もちゃんと聞いてる。勉強が簡単で退屈だから行かなくなったみたいな……本当なのか?」
「お取込み中失礼しますねぇ」
会話に割って入るように舞子さんがお盆と共に現れ、伽堂の前に紅茶を置いて去っていった。彼女はカップの取っ手を摘まむように持ち上げると一口呷ってまた机に戻した。
「半分は正解です。学校の進路支援などなくても私にはお父様が居ますから。この町の風習? 慣例? なんと言いあらわしたらいいか分かりませんが、許嫁もおりますので恋愛にいそしむ必要もありませんの」
「残り半分は?」
「榊麻君はあれ以降完全に人が変わってしまいました。今はどうか分かりませんが、ある時からしきりに私に対して接触を試みようとしたのです。ですから彼と会わない為にも学校へ通うのはやめましたの。そうだ、お二人共、ここに来られたのも何かの縁でしょうから確認してくださいませんか? どうせ向こうに用事があるのなら私に知らせるくらいの手間はついでではありませんか?」
一魅と顔を見合わせ、一言も交わさぬ内に意思を通じ合わせる。そのくらいの手間なら問題ない。ただ、万が一にも近づくと危険があるのなら一魅に見てもらった方がいいだろうか。それで報告は俺がすればいい。
「どうやって報告したらいい?」
「そうですね、毎週水曜日に裏門で舞子を待たせます。彼女に報告して下さったらそれで構いませんわ」
「毎日は駄目なんだな?」
「舞子は…………私につく唯一の者ですの。彼女に何かあればこの屋敷は忽ちゴミ屋敷になってしまうでしょう。主として、それは困りますから」
「って事は、お父さんはこの家に居ないのね」
そう言われるとそうだ、高校生に全ての責任が覆いかぶさっているなんておかしな話だが、この様子では少なくとも別の邸宅に住んでいる可能性の方が高い。お金持ちなりに複雑な家庭事情を抱えているといった所か。
「分かった。じゃあ榊麻の方を尋ねて聞いてみるよ。今日は会ってくれて有難う、応援よろしくな」
「……神坂さん、これからも活動を応援していますわ。二人共、決して仲違いせぬように。私の楽しみが減ってしまいますの」
距離を感じるような挨拶を受けて俺達は屋敷を後にした。榊麻について教えてもらったのはもとより、気になる情報もちらほらと。何だかまたややこしい話になる予感だけは増してきた。
「とりあえず私は榊麻クンのクラスから調べるわね。守命クンはどうする?」
「…………まあとりあえず、頼るアテはあるから言ってみるよ。まだ透明人間の件について調べてそうだけど、調べてもらってるうちに解決しちゃったからな、悪いと思ってたんだ」
「姫篠サン?」
「ああ……とりあえず連絡を取ってみようかなって思う。姫篠の奴、何してんのかな」
背を向け小さくなっていく屋敷をもう一度振り返る。門の前では最初に出迎えてくれた舞子さんが恭しくお辞儀をしたまま動かず。
二階の窓からは伽堂が嬉しそうに手を振っていた。




