無垢の契りは決して違わず
「デートは無事に終わったみたいね?」
今夜の放送十五分前、部室に着いた俺はパイプ椅子を並べて無理やり横になった。一魅がイジってくるであろう事は想像出来たが、今の俺にはユーモアを以て返す余力もない。放送中にしてくれたらきっと返すと思うので今は放っておいて欲しい、という態度だけ出して束の間の休み時間を味わっていた。
「…………」
「オフレコだから何も発言しないんだ?」
「……疲れた。何でこの部活には休みがないんだ」
「そんな事言われても、放送に穴を開けるラジオ放送なんてないわよ」
「別にあるだろ! テレビだろうがラジオだろうが枠が一個空くくらいでにっちもさっちも行かなくなるような造りじゃない! けどこの学校は頑固だから昔ながらのルールを変えようとしないんだ! うわああああああ!」
「本当に疲れてる?」
「………………無理やりテンションをあげたら誤魔化せるかなって思ったけど、より疲れただけだった。少し休ませてくれ」
将来的には社会に出て八時間労働をしなければいけないらしいが、部活動がその前哨戦だと言うならもう俺は音を上げている。八時間労働なんて悪だ、大罪だ、何らかの罪に問える責め苦だ。想像するだけでも身震いがする。
「……気の置けない仲ってさ、いいよな」
「突然どうしたの?」
「偽装デートは楽しかったけど……やっぱり肩肘張ってたし気も落ち着かなかった。自分でももっと体力はある方だと思ってたんだけど、精神的な体力はそうでもないみたいだ」
微妙に噛み合っているような噛み合っていないような散逸した会話を繰り返す。ここにきて彼女はイジるのをやめ本格的に心配し始めたようだ。傍まで近づいてくると、不安そうに顔を覗き込んできた。
「大丈夫だ、放送はちゃんとする。休んだりしない」
「本当に疲れたなら、今日は帰ってもいいんじゃない? 私一人でもラジオは出来るし、心配しないで」
「そういう意味じゃない……んだ」
息を大きく吸って一時的に元気を取り戻し、上体を起こす。放送まで後五分。
「この放送は……お前の為にやってる。ラジオを聞いて……普段お前の捜索願を出してる奴が来るなり、お前の情報が来るなり、何でもいいけど―――手がかりが欲しくてやってるんだ。どんな形でもいい、何が起きてもいい、それでお前がみんなから見えるようになるんだったら俺はそれでいいんだ。『見つける』ってのはそういう事だろ?」
さあ、芸能人ではないが収録の時間もこんな調子ではリスナーに心配されてしまう。気合いを入れる為にも頬を叩き、無理やりにも自分は疲れていないと脳に言い聞かせる。俺が着席したのを確認してから一魅もまたスイッチに手を触れ、放送開始秒読み。
「…………それでも心配だから、今日は私がメインで話すわ。相方としてよろしくね」
「任せろ」
『皆さんこんばんは。深夜放送部の怪異、もしくはスクールゴーストの弓水一魅です』
『神坂守命です。お前、いつそんな二つ名を頂戴したんだよ』
『仕方ないでしょ。君以外の誰にも姿を認識されないんだから、私が交流出来る場所はここしかないの。カメラ持って歩き回ってくれたら話しかける事は出来るけど、それって迷惑だし』
『本部活ではあまりにセンスのない二つ名を撤回させる為、一魅の二つ名を募集します。あ、でもお題じゃないからそこは勘違いしないでくれ。誰か思いついたら、俺に言ってくれ」
『ちょっと』
『まず二つ名を名乗る機会なんてあるのか? 別に名前があるんだからいいじゃないか、みんな苗字か名前で呼ぶもんだろ普通は』
『ラジオだってラジオネームって偽名を使うじゃない。この募集箱の中にどれだけの偽名が入ってるか』
『ラジオネームを偽名っていう奴初めて見たよ。そうだけどそうじゃないだろ!』
話の流れを彼女に合わせるだけだ。疲れていても簡単に話を追えて非常に助かっている。自然な流れで募集箱に手を突けると、一魅は無作為に一通を読み上げた。
『これなんかどう? 偽名、モテすぎ男さん。入学してから三年間モテ期が途切れなくて困ってます。弓水さんの好きな男性のタイプはなんですか? もしタイプの人が居たら学年だけでもいいので教えてください』
『ラジオネームって言えよっ。にしてもこの名前はちょっと……嘘だな、モテすぎる奴はこんな事聞かないし、がっついてないし。これは偽名かもな』
『好きな男性のタイプ…………』
『質問は自由だけど変な話だよな。声はこうして聞こえるけど誰もお前の姿は見えない。捜索願だって出てるのは名前だけなのに、評判がいいんだ。見えない美人と交際したがってる』
『この投稿が、私と交際したがってるの? だとしたら急すぎてお断りだけど。私はこの人について何も知らないし』
『という訳で一魅の好きなタイプは偽名を使わない誠実な人でした。では次のお便りを読んでみましょう』
『え、勝手に進めないでよ……まあいいけど』
たとえ姿が見えなくても大勢に受け入れられている事実は俺としても嬉しい限りだが、ちょっと釈然としない感情がないと言えば嘘になる。今までどんなに訴えかけてもあしらってきたのに、ラジオを始めた途端にこれだ。言い方を選ばず言うなら面白くない。
『……ラジオネーム、学校つまらないさん。学校の行事は定型的なものばかりでつまらない、もっと新しいイベントを開催するべきだ! 町全体も巻き込んで盛大にやろう! ……だって』
『中々反応に困るな。体育祭と文化祭と修学旅行……概ねその辺りを挙げてるんだろうけど、これ以上増やすったって何を増やすんだ? 祭りはもうあるし、考えてみたら意外としっくりこないぞ』
『ミスコン的なのは?』
『もっと権威のある場所でやってくれよな……後、姿の見えないお前から言わないでくれ。自虐に聞こえる』
『水泳大会』
『水泳部が強いだけだし、うちのプールに何百人も入るスペースはない。近くの川でやってみろ、誰か溺れるからな』
『こうしてみると確かに思いつかないけど、例えば全校かくれんぼとか鬼ごっこが出来たらこの人は満足しそうじゃない? 定型から外れてるし』
『イベントはイベントだけど、学校が許すかな。まあ、こんな部活を維持してるような学校だから申請したらワンチャン通るかも……もし開催が決定したら今度はそれをお題に隠れ場所を話そう。攻略の共有だ』
『私の勝利が決まってるゲームなんて面白くなさそう……ふふ』
『全身反則人間だもんな』
仮に実施されるとしたら一魅の存在は真っ先に排除されるだろう。透明人間を見つける方法がない以上、彼女は参加させられない。もしくは俺を鬼にすれば……だが、俺が嘘をついて一魅を見つけたと報告しても誰も疑えない訳で。
もし彼女も参加出来るんだったら、その方が勿論良いに決まってる。同じ青春を過ごしたいのもそうだが……透明人間を認識する方法がある、と言われている様なものだから。
『―――次のお便りを読んでいい?』
『うわ、機嫌悪くなった。どうぞ』
『ラジオネーム、純愛至上主義さん。神坂守命には恋人が居る筈なのにどうして恋人でもない人とラジオをやっているんですか? 弓水一魅はお前の物じゃない、解放しろ! ……途中からガラが悪くなっちゃったわね』
『当たり前だけど校内に設置してあるから生徒のお便りが多いな。他のお便りはないのか?』
『これは駄目なの?』
『どう話しても荒れる気がする。確かに恋人はいるけど、その人は話題に出されて面白がるタイプじゃないから詳しく語りたくないんだよな。この間もそれで迷惑かけたのもあって遠慮したい』
『じゃあこれは?』
一魅が次に募集箱から取り出したお便りは、他のどの手紙とも違う黒い色紙に白の色文字で文章が綴られていた。見た目だけで興味をそそられる手紙に、一魅は眉を顰めて音読する。
『ラジオネーム、高嶺の花さん。いつもお二方のラジオを聞いております。一つ質問があるのですが、お二方が話している時、後ろの方で声が聞こえるのは裏方がいらっしゃるのでしょうか? 部活動に無関係の人物を参加させるなんて非常識だと思います…………って何? これ』




