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行方不明なキミをシる  作者: 氷雨 ユータ
2nd BRD  触れないカノジョのハナシ
22/27

誓いは朽ちず

 普段は信心深い人間でもなければ特定の宗教に入れ込む生活もない。日常に馴染んだ宗教行為は幾らでもあるだろうが、それは特別何かを信じているという意味ではない。だからここに来るのも初めてだ。一魅とはここに来た事がない。

「神社って確かお参りのルールあるよね? 知ってる?」

「勿論知ってる…………ずっと前からお前と行きたかったんだ。まあお前は部活を優先してたんだけどな」

「いつまでそんな事引きずってんの! 私が悪かったって言ってるんだから許してよ! で、どうすんの? この鳥居は普通に潜れる?」

「……えっと。中央を避けるんじゃなかったかな。人が多かったら無理なんだろうけど、基本的には神様の通り道だからって何処かでみたような気が」

「なんで自信ないの?」

「大事なのは入ってからなんだよ。とりあえず行こう。どうせ周りに人はいないんだ、恥ずかしがる必要はない」

 この神社は恋人たちに有名なスポットでありながら、神主が滅多に姿を現わさない事で有名な場所でもある。なら境内の治安は誰が管理しているのかと問われたら、神様というしかない。なんでと言われても……昔からここで悪さをする人間は消えてなくなるという噂があるからだ。神主の目撃情報が存在しない以上、誰の仕業と問われたら神様が丁度そこに居るから……押し付けるしかない。

「手水舎で手を洗うんだ。左と右と、それから口」

「……自分でやるの?」

「普通はそうなんだが、ここは恋人の聖地だからな。手を出してくれ。俺が清めよう」

 流石のトラウマも柄杓越しなら全く問題ない。左右の手を洗い、ついでに口をすすがせる。自分でこの手順を行う場合は左手を皿にして口をすすぐ為に後々手を洗わないといけないのだが、この神社では話が別だ。

「次は、俺に頼む」

「う、うん。同じ手順でいいんだよね」

 恋人のパワースポットとして有名なだけあり、ここでは共同作業が何かと求められる。この程度の共同作業も出来ない恋人は長く続かないとでも言いたいのだろうか、神主が居たら是非話を聞きたいが……それは本物の恋人とここに来る事があればの話だ。偽るだけなら神主なんて居ない方がいい。


 ―――次は?


「次からは変わらない。えっと、ご神体の方に行って、礼をするんだ」

 この際、本当は手を繋ぐらしいのだが俺にそれは出来ない。御利益なんて別になくても構わないのだがフリとしてのクオリティが下がるのは……いや、見逃すしかない。それが出来るならもっと積極的にボディタッチして露骨に恋人アピールをしている、そしてこんな神社にも行く必要はなかった。

「胸の高さで拍手を……二回」

「ふんふん」

「で、もう一回礼をする。この時にお願いとかしてもいいんじゃないか? 恋愛関係の……何かをさ」

 そこは個人の領分として踏み込まない。思想の自由がお互いにはある。俺の願いは勿論……誰にも見えない彼女に向けて。


 ―――弓水一魅が、俺以外の人にも見えますように。


 それはここに住まうらしい神様に願うモノではないかもしれないが、願わずにはいられない、彼女が救われるなら誰に願ってもいい。

「願ったか?」

「うん! 神坂守命君は?」

「勿論願ったよ。ただ、こういう願いは口に出さない方がいいらしいからお互い内緒にしとこう。恋人なら、お互いが何を願ったかなんて明白だからな」

 ここまでは普通の参拝だとして、最後の仕上げだ。恋人らしさを偽装する上で次の工程は参拝以上に大切だ。境内の隅に生えた木にそれとなく近づくと、後を追って花影がやってくる。

 見て分かるように、この木の枝には無数の紙が結ばれている。悪い運勢の出たおみくじを木に結ぶのに似ているが少し違う、これこそ恋人の儀式であり……二人は永遠であると誓う何よりの証明らしい。

「それじゃ、仕上げだ。この紙に結ばれたい人の名前を書いて一緒に縛る。もし紙に書かれた名前が互いを指してるならそのカップルは生涯円満だってさ」

「へー! えっと、この木の前にある紙を使えばいいんだよね? このちっこいの」

「紙を持ち込んでる奴は見た感じいないし、その方がいいだろうな。お金は……まあ取るか。そりゃそうだな」

「神様もお金が必要なんだねー」

「維持してるのは人間だしな」

 必要かそうでないかに拘らずお金を払う行為はある種の誠意の証明でもある。お金も払えないのに永遠の誓いをしたいだなんてちゃんちゃらおかしな話とツッコまれたら返す言葉もない。三〇〇円くらい誰でも払えるし、それっぽっちで永遠を誓えるなら安すぎるまである。

 問題は俺達が、誓える関係ではない事くらい。

「…………名前さ、もし一致しなかったらどうなるの? なんか災いとか起きる?」

「その心配、する必要あるか?」

「そうじゃなくて、マジの方でさ……今、近くに居ないから」

「……お前が結ばれたい人の名前を書けばいいさ。俺は……何も書かないからさ」

「一魅ちゃんじゃないの?」

「アイツは透明だからさ。神様にも見えないんじゃないか? …………とにかく、俺の事は気にするな。偽の恋人として、お前が本当に好きな人と結ばれる事を願ってるよ」

 ここに来たのは偽装工作だが、想い人が花影の心を燻らせているのも事実だ。神様にはどうかその願いを叶えてほしい。本物の恋人が生まれてくれたら透明化の心配もなくなるし、俺も女性に接触するリスクを完全に排除出来る。その過程はなんでもいい、俺が寝取られたでも、喧嘩したでも、何でも良いから。

 周囲の静寂に見守られる中、花影は黙ってペンをとった。しかしいつまで経っても、そのペンが動く様子は見られない。

「…………どうした?」

「………………ううん、なんでもない。ちょっと考え事してただけ。ね、この後どうする?」



















 その後、俺達は日が暮れるまで買い物デートをした。当てもなく騒いで歩くのは楽でいい。デパートには話題がそこら中に転がっているから気まずさもないし、尾行もこちらが主導権を握りやすい。演技抜きで話をしたい時は一時的に撒けばいいし、それ以外はぴったり張り付かせておけばまず疑われない。鬼ごっこで鬼をずっと翻弄しているような気分になって途中から本当に楽しかった。

 デートという建前も忘れそうな程。最後まで接触しなかったのは奇跡ではなく、彼女の理解あってこそだ。話してしまったのはうっかりだが、今は話して良かったと思う。気を遣わせてしまうようなら申し訳ないが、お陰で随分……演技はやりやすくなったから。

「結局何にも買ってないね! なんでだろ?」

「何か買うなら日を改めればいいよ。今日は楽しかっただけで十分じゃないか。な?」

 偽物の恋人がプレゼントなんて分不相応だ。彼女にはどうか本物の恋人と思い出を作り、欲しい物でもねだればいい。俺の存在は要らない。何処かで人生を振り返る機会に恵まれたのなら―――透明人間として扱われた方がいいくらいだ。

 駅前まで戻ってくると、誰に言われずとも別れの雰囲気が生まれてきた。そろそろこの演技を終わらせて、互いの時間に帰ろう。

「もう暗いし、家まで送るか?」

「アンタ、家知らないでしょ? 良いよ自分で帰るから。また学校でね?」

「……ああ、学校でな」

 去っていく彼女の背中を彼氏として最後まで見送っていると、不意にその足が止まって振り返った。



「楽しかったよ! ホント! うん、嘘じゃないから!」

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