不結の地
「お待たせいたしました、ご注文の茶碗蒸しと、スパゲッティです」
「いえーい♪ お兄ちゃんが絶対見てないって保証がある食事ってサイコー! 何処に隠れても大丈夫な場所だったら息が詰まる食事してないとだもんね。あーんとかやるのかな、やっぱり」
「……もしそれをやるなら俺の方からやらせてくれ。触れないように努力する」
「だいじょぶだいじょぶ、こっから見てるけどここって本当にお客さん来ないんだね。安心して食べよ!」
自分が見てるから何より信用出来るのだろう、俺もそんな彼女を信じて大人しく食事に手をつける事にした。今はデートなんて忘れて、単に飯を食いに来ただけという意識で行こう……それをデートというのではないか? なんて言うべきではない。変に気にして後々動きがぎこちなくなっても嫌だし……ご飯を食べるだけなら一魅とも姫篠ともした事がある。俺のトラウマに理解がある女子なら、普通に過ごす事が可能だ。
―――そういえばアイツ、まだ透明人間について調べてんのかな。
あれ以降接触がないけど途中で飽きてやめたのだろうか。それならそれで構わない、あの件は終わったのだから。厳密にはまだ少しだけ謎が残っているものの、踏み込むべきではないと判断した。それは証拠を抑えてもないのに犯人を逮捕するようなものだから。
「ん~おいしっ。ここ、これからも利用しよっかな。気楽でいいもんね?」
「その方が旅館の人は喜びそうだな。あ、でも繁忙期はやめとけよ。例えば……ゴールデンウィークとかな。地元民が利用するななんて決まりはないけど全然食べられないぞ。あーそうだ、家族と喧嘩した家出先なんかには丁度いいかもな。日帰りでも泊まりでも、危険はないし」
「何それ、お兄ちゃんと私が喧嘩するって言いたいの? あーでも、たまにはそういうのもありなのかな。私がうざがってるってのを教えてあげないといつまで経ってもあんな調子じゃ疲れちゃうし。高校卒業したらすっごい遠くに行こっかな。誰も関われないくらい遠く」
「随分未来を見てるんだな。まだ高校一年目だぞ? そういうのって卒業間際になって考える物だと思ってた」
「ええー神坂守命君ってこの町が好きなの? 私はあんまし好きじゃないよ、恋愛を急かすのはまあいいんだけど……圧が凄いじゃんなんか。お兄ちゃん、普段は都会の方に居るんだけどこことは全然違うんだって! 私もそういうとこに行きたいな、誰かを好きになるのくらい……自由にさせてよ。あ、透明人間の話はともかくね? 別にそれとこれとは無関係だと思うし」
「ん、なんでだ? 透明化を避ける為の方法として恋人を作るってのは……寒いから厚着をする、暑いから脱ぐ、うるさいから音量を下げるみたいに直感的じゃない。関連性があると俺は思ったけど……」
「だって、関係あるんだったら私達が子供の頃から知らないと変じゃない? 透明人間って……記憶に残らないんだから忘れたのはともかく、ずっと前からそんな現象が確認されてるなら注意喚起くらい出来るでしょ? でも、そんな話誰も知らなかった」
確かに生徒の誰一人としてこれを実際に起きうる危険の話と受け止めていなかった。放送部に提供する面白いネタ程度の認識だったらかラジオに投稿されたのだ。一方で担任はずっと前からそれが続いている事を仄めかした……だから決して無関係ではない筈だ。尤も、俺は彼女にその話をしなかった。無関係と思われても仕方ない。
「抑圧されてる気分ってどんなだ?」
「へ?」
スパゲッティをフォークに絡めつつ、ふとした疑問を口にする。
「俺は一魅のお陰……せい……どっちでもいいけど、ここに来るまで色々揉めてさ。小学校から知り合いの奴に詳しい話を聞いてくれたらいいんだけど、恋人を作れって圧は少なくとも両親からはないんだ。みんなそれよりも……見えない友達が存在しないと認めろって圧をかけてくる。もう諦められたけど」
「……別に、こんなもんかなとは思ってるよ。お兄ちゃんはうざいけど、こんな町で育ったんだからそりゃ妹に彼氏が居ないのは心配かなとは思う。ま、勝手に彼氏を採点して別れさせようとするのもどうかと思うけどね! 私の眼を信頼してないって事じゃん! 酷いよねホントっ」
食事が終わったらまた演技に戻らないといけないし、そろそろ恋人同士のパワースポットとやらにも向かわないといけない。だからだろうか、二人共食べる速度が同じなのは。この時間が一秒でも長く続いたらいいなと思いながら食べる食事は、いつにも増して味わい深い。
―――普通に友達として、ここに来たかったな。
恋人のフリなんて息苦しいから、お互いの為にも早く終わらせよう。花影も本来こういう場所は彼氏と行きたかったはずだ。その件については申し開きのしようもない、どんな事情があったとしても……俺のせいと言われたら、そうなる。
「この後はここを出て……神社に行く。もう少しだけ付き合ってくれ」
「あはは、結構上手いこというね!」
「へ?」
「交際と演技続行の二つがかかった”付き合ってくれ”でしょ? もっちろん分かってる。お兄ちゃんを騙す為には何でもやらなきゃねっ」
旅館を出る際には視線を散らさない。これはお忍びデートでも尾行を警戒するモノでもなく、表面上は普通のデートだからだ。ただ隣に並んで歩いているだけの男女がどうして周りを気にする必要がある。
「美味しかったねー、あそこ!」
「だろ? この旅館のご飯が絶対上手いのはもう知ってたからな。お腹も一杯になったしそろそろ行こうぜ」
「行くって、何処へ?」
「それは行ってからのお楽しみだ。なんて、実はもう分かってるんじゃないか?」
「ん~どうだろ?」
事前に場所は言ってあるが、これがまともなデートならサプライズの一つでもと画策するのが男心ではないだろうか。真っ当に喜びそうなデートを考えた時、目的地は秘密にするような。どうせ近所だから秘密にしたところでと言われたら返す言葉もないが、暗黙の了解があっても尚秘密扱いにしておくのがコミュニケーションではないか。
「ま、直ぐに着くよ。お前、前にあそこ行きたいって言ってたもんな!」
「え? そんな事……うーん」
ラジオでの会話を如何に繋ぐか考え続けてきたお陰か、存在しない過去や思い出をすらすら空で言えるようになってしまったのは喜んでいいのだろうか。俺も軽く調べたがあそこはゴールインしたいという恋人ならまず足を運ぶ場所らしいから、俺達が以前から恋人だったならその話をしていても不思議はないと考えたのだ。花影は家出の件といい嘘を吐くのはともかく慣れてはいないようなので曖昧な返事しか返してくれなかったが十分だ。向こうの尾行だって気づかれない努力をしないといけないから、話の一つ一つを精査する余裕はない筈。
信号に差し掛かって、足を止めた。
「あーあ、運が悪いな。早く信号が変わると良いんだけど」
「もう、そんなに行きたいの?」
「行きたいに決まってるだろ! ずっと行きたかったんだけど、そっちの部活の都合が取れなかったじゃないか!」
「あーまあね? ごめんごめん、部活優先って訳じゃないんだけど、あんまりアンタに予定合わせてると皆に色々言われちゃうし。今度はこっちから誘うから予定空けといてよ! 深夜以外は大丈夫っしょ?」
「本当か? お前、そう言ってよく忘れてるような」
「忘れてないって! ……あ、青だ」
信号を渡り、実のない話を続けながら目的地に向かう。地元は地元なので、彼女の兄が尾行しているなら彼にも察しがついているだろう。住宅と住宅の間にある石畳。まるで現代の一部分が切り取られ、そこだけがタイムスリップしてしまったように古めかしく、奇妙な雰囲気を携えた無人の神社。
「―――あ、ここね!」
「そう、ここだ」
遥か昔に名前を失ったその神社は、境内に生えた縁結びの木に倣い、こう呼ばれている。
永久の地、不朽の愛を埋める場所と。




